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塙 将一さん 小山弓具 九代目代表(東京・神田)

※このインタビューは2017年にお伺いした内容です。

出版社や老舗の料理屋、古書店が集まりオフィスビルが並ぶ街、神田。靖国通りから一本入った道路沿いに在るそのお店は、的(まと)の看板が目印の老舗弓具店、小山弓具です。

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小山弓具は弓道人口の拡大に重要な役割を果たしたお店です。先代の小山雅司さんが開発した、学生や初心者も手に入れやすく扱いやすい“グラスファイバー”という素材を使用した弓が登場したことで、多くの人が弓の世界に入るきっかけを掴むことができました。

江戸時代から続く小山弓具の九代目、塙 将一さんが弓道の世界に飛び込まれた最初のきっかけは、意外にも奥様との出会いでした。

たまたま、奥様となられる人が弓具屋の娘さん。ちょうど結婚のタイミングで小山家にお店を手伝ってもらえないかと言われ「何かお役に立てるなら」と引き受けることに。そこから8年もの修行の時期を経て、正式に小山弓具のアトツギとなられました。

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現在は先代と一緒に、ご家族でお仕事をされています。

自身にとってまっさらな世界へと飛び込んでから16年以上が経つ塙さんに、仕事への思いをお聞きしました。


全く、予想していなかった人生

ー奥様とのご結婚が決まるまでは、弓に触れたことも無かったのですよね。そこからアトツギになられるわけですが、継ぐことを決めたタイミングはいつ頃だったのでしょう。

高校までは野球をやっていましたし、前職はサラリーマン。弓道をやっていたわけでもなかったのですが、ちょうど結婚のときに会社の規模も大きくなるタイミングで、人手が足りず手伝ってもらえないかと言っていただきまして。何かお役に立てれば、頼ってもらえるなら、という気持ちで引き受けました。

ーもちろん、小山弓具にとっては初めてのことですよね。江戸時代から続く伝統ある小山弓具の後継、そのプレッシャーはありませんでしたか。

以前は営業の仕事をしていて、物を売ることはそこまで苦にはなりませんでしたが、まさかここまで“つくる”仕事だとは思っていなかったので最初は戸惑いもありました。

ー今の生活は、昔は全く想像されていなかった人生ですよね。

全然想像していませんでしたね。八代やってこられたレールがあって、そこに乗せてもらえたからこそやれているんだと思っています。

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ーご家族一緒に働かれているということですが、先代であるお義父様もお店に来られていらっしゃるのですか。

ええ、いつもお店には来てもらっています。私もまだまだ未熟なんで、いろいろアドバイスいただいたりする場合もあります。そうですね、やっぱり安心です。


修行は、浅く広く。全部の工程をできるようになるまで


ー小山弓具へ就職される方は、やはり弓道をやってこられた方が多いでしょうか。

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そうですね。大学で弓道をやっていた方がうちのホームページで募集してるのを見て、来てくださる場合が多いです。

ー入社したら、まずは修行でしょうか?

ええ。まずは店舗で全体的な流れを見てもらいます。埼玉の大宮と、新潟にも工場があるのでそちらにも行ってもらい、つくる工程も理解してもらいます。
弓道には弓もあるし矢もあるしカケ(※弓を引く際に使用する弓具。鹿皮製で手袋のように右手に装着し、弦から親指を守る)もあるので、全部の工程をさらっとはできるようにしてもらいます。

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ー全部ですか。

そうです。他の弓具屋さんですと専門があったりする場合もありますが、うちにはいろんな弓具を買いに来る人がいます。小売店として、一応全部を説明できるようにしておく必要があります。浅く広く、全部の仕事を覚えていただきます。

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ー弓を売ることにおけるハードルとはなんでしょうか。

弓を引く人口は約10年間横ばいなのですが、弓師や弓具店の数はどんどん右肩下がりですね。昔は皇居の近くというのもあってこの辺も100何軒と弓具店があったようですが、今じゃ東京周辺の弓具店といったら10軒くらいまで減っています。
そう簡単には始められない商売だし、お店もこれから修行する人を受け入れるのに苦労している、それがこの業界の問題点とも言えるかもしれませんね。

ーこれはもうイメージですけど、弓師になるまでの修行は厳しくて続かないという人も多いのではないでしょうか。

昔は「見て覚える」という感じがありましたけど、今はもうそんなに厳しくないので長く続けていただいている方が多いです。手取り足取り、弓は弓師、矢は矢師、カケならカケ師といった人に付いて学んでもらいます。

ー塙さん自身、敷き写ししてくださる周りの方に教えていただいたのですか。

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ええ、ただその頃はまだ見て覚える時代でした。見て盗むのにはものすごく時間がかかるんです。何を盗んでいいのかわからなくて心が折れてしまう人もいます。今はある程度のところまで手取り足取りです。その辺は一番変わって来たところですね。その先は自分の努力であったり、周りの人の仕事を見て覚えて行きます。



なにを変え、なにを守るか


ー先代は、学生や全くの初心者にも手が届き扱いやすいグラスファイバー製の弓を開発し、弓道界の底辺拡大に大きく貢献されたそうですね。そこからさらに塙さんの時代になり、変えたことをお聞かせください。

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今は物が溢れている時代ですからね。新商品を開発するというよりは、品質を上げていくことを目標にしています。より、良いものをつくる。

ーデザインを工夫するのでしょうか

そうですね。学生さんが使うアルミ矢に竹風の細かいプリントをして竹矢のような見た目に変えてみたり、本当に目先のところから。店に来る方は実際に時間をつくってきてくれているから、細かいところでも毎回変化があって楽しんでもらえば、また来たいなと思ってくれると考えています。

ー実は私(インタビュアー)も学生時代に弓道をやっていて。今日は一年ぶりに来ましたが、かゆいところに手が届く便利な商品が増えていて変化を感じました。

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商品がいつも一緒だと、店から足が遠のいてしまう。小さなことでも変え続けて、実際に店に来ていただきたい。インターネットが便利な時代にはなったのですけど、Face to Face で、というのは大事にしていきたいと思っています。

ー逆に、塙さんが「ここだけは変えないほうがいい」と考えている点はどこでしょうか

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やはり一番は先ほども言った通りFace to Faceであることですね。お店を守っていくためには一番大事なことだと思っています。

ー先代もそのような考えだったのですね。

そうですね。先代もそういう考え方でした。だからこそ、そこは守っていきたい。お客さんとのコミュニケーションの中で貰う情報は多くあります。

ー意思疎通のできる環境を変えないでいきたいということですね

はい。会社の中でも同じで、お店自体が大きくなることはいいことなのですが、あまり大きくなりすぎると目が行き届かなくなってしまいます。本当だったら一店舗のままのほうが意思疎通がしやすいですが、そうも言っていられません。


会社の規模は変化しても、Face to Faceは変えない

ー店舗はここだけではありませんね。

はい。埼玉の大宮と、藤沢にもあります。新潟に工場があり、そこから全国の弓具店に卸したりもしています。

ーその規模になったのは塙さんが後を継がれてからですね。新潟の工場にも行かれているのでしょうか。

はい。向こうはお客さんと全く接することがないので、お客さんから得た情報を伝えてあげないと、やってて何を目標につくってるかわからないんです。まめに行くようにしています。

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ーそこで交流があるとモチベーションが違ってくるでしょうね。それに、けっこう遠いですし、離れてるからさみしいかもしれませんね。

はは笑 今はテレビ電話とかもあるっちゃありますけどね。でもまあ、そうなんですよね。

ーどのくらいのペースで行かれるんでしょうか。

月に一回は行きますね。マメにいくようにはしています。



自分が手がけたものを売るのは、特別な喜び

ーこの十数年の中で、いろいろなことがあったと思いますが、“辛かった”“堪えた”ことはどんなことでしたか。

すべてが新鮮だったので、堪えたってことは全然なかったんです。弓道って固いイメージがあったんですけど、そんなこともなくて。とはいえものすごく儲かる仕事ではないですから、家族を食べさせていくだけでも精一杯、それはあります。

ー仕事をされる中で、塙さんが、面白いなと感じた瞬間はどんな時だったのでしょう。

昔やっていた営業っていうのは商品を売ってるだけだったんです。今って自分が手がけたものをつくるっていう喜びがありますからね、お客さんに目の前で喜んでもらえるんです。
自分が手がけたものを喜んでもらえるっていう喜びがある、これは特別です。仕事も、毎日やってるので、最初は全然できなかったことも毎日やってると突然できるようになったりする。そういうこともある、それはやっぱり楽しいですね。

ー毎日やっているうちに突然できるように。それは弓を引くのに少し似ているかもしれませんね。

そうですね。それでできたと思っても実際はできてなくて。そこを突き詰めるのは、難しいなぁと感じます。



私の代で、途切れないように

ー塙さんが思う、先代の仕事のすごいところはどこでしょう。

やっぱり、学生弓道の裾野を広げたのはグラスの弓(グラスファイバー製の弓)だと思うんでこれはやっぱすごいなと思います。

ー答えにくいかもしれませんが、ここは先代を超えていきたい、というところはありますか。塙さんの代になってからお店の規模も大きくなっているようですが。

とりあえず、私で途切れないようにはがんばる、っていう気持ちです。何を越える以前に、全然雲の上の存在なので。任されたことを地道にやっていくのがいちばんだなあと思っていますね。まだまだ、畏れ多いです。笑

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ー次の世代に求めるものを聞かれて、今の段階で何か思うところはありますか。

やっぱり、お店が大きくなることはいいことなんですけど、あまり大きくなりすぎてしまうと、目が行き届かなくなってしまうことが多いんです。本当だったら私も一店舗のほうが私の目が行き届きますけど、そうも言ってられないので。
ただ、なるべくお客さんを大事に、地元のお客さんを大事にしていきたいというところは、これからも変わらないのかなと思います。



(じじのあとがき)
口数少なく、職人としての凛とした佇まいが印象的な塙さん。仕事場でのインタビューには緊張しましたが、ご家族が出入りする温かい仕事場の雰囲気に和ませてもいただきました。「目標は、私の代で途切れないように」と、謙虚な姿勢で地道に伝統を守ろうとするのと同時に、的確に必要な変化を取り入れながらアトツギとしての仕事を地に足つけ果たす姿は、きっと誰かの仕事観に響くものがあるはずです。



2020 アトツギのいま

インタビューから3年。伝統文化の注目のされ方には新しいムーブメントが起こり、情報発信の形も多様化しました。弓道の世界もその例に洩れません。

また、現在は新型コロナウィルスの世界的な拡大という事態に伴い、弓道界もまた、大会の中止や弓道場の閉鎖というかつてない状況を経験しています。

伝統を受け継ぎ、次の伝えていく立場から塙さんは今、何を思い、活動されているか2020年の今、伺いました。


弓道の「道」へすすむ第一歩に

ー近年、弓道を身近に体験できる施設が新しく登場したり、弓道をテーマにしたアニメが人気を呼んだりという話題も耳にしました。弓具屋さんとしてご商売をされる中で、このような新しい盛り上がりの雰囲気を感じることはあったでしょうか。

最近は身近に手軽に弓道体験ができる施設が増えてきています。
弓道は年齢や体力に左右されずに楽しめるところが魅力ですので、たくさんの人に知っていただきたいです。
アニメやドラマなどで取り上げていただくことも多いです。
特にアニメは、世界への発信力もあるため海外のお客様からの問い合わせを受ける事が多く盛り上がりの雰囲気を感じています。
商売に結びつくまでには時間がかかりますが、競技スポーツとして弓道を体験していただくことにより、日本文化である弓道の「道」に進んでいただける一歩として考えています。


伝統文化を発信するSNS

ーご商売に結びつくまでには、やはりそれなりの時間を必要とするのですね。入り口が身近になっても、弓道の「道」を進んでいけばその先にはさらに底知れない魅力があるのですね。

SNSでの発信にも積極的に取り組まれているのも拝見しました。どのような反応があったでしょうか。

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弓道人口の7~8割は学生が占めています。
学生の情報手段のほとんどがSNSとなっているので積極的に取り組んでいます。
SNSは、世界に手軽に素早く情報をお客様に届けるメリットがあります。
新商品などの情報を発信することでお客様の反応をすぐに受ける事により次の新商品に役立てることができます。
しかし、最近はどの弓具店もSNSを使った宣伝をしているので、情報が埋もれないように発信して行く事が難しくなっています。

ーたしかに、SNSで検索すると、全国の弓具屋さんのアカウントがそれぞれあります。弓道文化の根強い盛り上がりを感じますが、その中でしっかり情報発信をしていかなくてはいけないという、これまでにはなかった難しさもそこにはあるのですね。


何百年と変わらない、流行のないものだからこそ

ー新型コロナウィルスの感染拡大による、大会の中止や弓道場の閉鎖、人数制限というこれまで経験しなことのないこのような事態は、特に、一年一年が濃密で貴重な学生弓道に寄り添ってこられた小山弓具さんにとって、大きな出来事と思われます。

普段お越しになるお客様やこれから弓道を始めたいと思っている方へのメッセージ、小山弓具さんのほうで取り組まれている感染症対策のことなど、何かございましたら伺ってもよろしいでしょうか。

今回の出来事で今までの成果を披露する大会などが中止となり、大変悲しい思いをしている人がいると思うと心が痛みます。
弓道は生涯スポーツですので、学生弓道が終わったとしても社会人では弓道で自己を高めていけますので是非とも続けて欲しいと思います。
これから弓道を始める方も弓道は体力に合わせて弓道具を選ぶことができますので、長くゆっくり続けることができます。
弓道具を選ぶ際にはお客様との距離が近くなるため、なるべく対面を避けるなどの感染症対策には万全を期していますので、安心してご来店ください。
また密を避けるために、店内の人数制限なども行っています。


ー取材の中で、Face to Faceのやりとりを会社の中でもお客様とのやりとりでも大切にされていると言われていました。

人と会うことが一時的に規制もされたことで、やはり実際に会うことの大切さを感じたり、逆に会わなくてもコミュニケーションをとれるようにするための工夫などもあったかと思われます。どのようなことを考えたか、聞かせていただけますか?

最近は、通信販売で弓道具を購入することができます。だからこそ、これまでのようなコミニュケーションをとることが難しくなってきています。今回の出来事で通信販売のご注文が増えました事は、大変嬉しいことなのですが、果たしてその弓道具がその人に合っているのかが心配になるのも正直な部分です。
やはり、Face to Faceのやりとりで相談しながら弓道具を選んでいただける大切さを感じました。ここは、これから新しいコミュニケーションの形も考えていきたいと思っています。
弓道具はその時代の流行などなく何百年も変わりません。長い期間使用できるので、お客様とは長いお付き合いになります。これからも、小山弓具は良い相談役となっていきたいです。


ー時代や社会の変化に対応した販売の仕方を取り入れながらも、「本当にその人に合った弓道具を使ってもらいたい」という思いを強く持った塙さんの抱える正直な不安。

答えていただいた質問の答えの中には、何百年と変わらない、お客さんからの信用を積み重ねてきた職人さんの言葉がありました。

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弓道を体験できる場所

弓道を体験したことがないという方や久しぶりに弓に触りたいという方は、東京では本郷三丁目の半弓道場ゆみやさん、千葉県成田市の新勝寺参道にある半弓道場、長野県松本市にある半弓松本、岐阜県高山市の飲み屋街で昭和4年から続く半弓道場、などなど、日本各地には様々な体験施設がありますので、お近くへ遊びに行ってみるのはいかがでしょう。

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岐阜県高山市「半弓道場」公式webサイト。庶民が弓を楽しむ場所は日本各地にあったそう。戦後間もない頃は神保町にもあったはず、とも聞きます。いつか古地図を確認してみたいです。


また、現在、期間限定で弓道写真家の奥野浩次さんによるWEB上の弓道写真展WEB KYUDO EXHIBITIONが開催されています。

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弓道文化の”今”を垣間見ることのできる展示。興味を持たれた方はぜひご覧になってください。

弓道は経験や道具がなくてもはじめることができるので、本格的に挑戦したいという方は地元の弓道場を探すところから始めるとよさそうです。
全日本弓道連盟「見学・入門 弓道を始めたい方」





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小山弓具 神田本店
東京都千代田区神田須田町1-6
10:00-19:00/(日)10:00-18:00
定休日 月・祝・夏季・年末年始等

北本支店
埼玉県北本市石戸5-127
定休日 月・火・祝・夏季・年末年始等

藤沢支店
神奈川県藤沢市弥勒寺3-9-19
定休日 月・火・祝・夏季・年末年始等



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