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突然の報告会

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ご覧いただきありがとうございます。
このお話は続編になります。
初めての方は是非一話目からご覧ください。

◼️突然シリーズ
第一話:突然の辞令
第二話:突然の仙台
第三話:突然の辞職宣言

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仙台への内示が出た3日後の月曜日。

わたしはいつもより少し早い時間に会社へ向かっていた。
5月とは思えない強力な太陽光が私の顔をじりじりと刺激する。
いつもより早く起きたのはこのギラギラの太陽のせいだ。
昨日、私の怠惰が生み出した遮光カーテンの隙間から、この太陽は私の顔を覗き見していたのだ。
多少の隙間で遮光カーテンの防御力がこれほどまでに低下するとは思わなかった、と少々むっとしながらホームで電車をまつ。

電車に乗る時間はほんの20分程度早いだけであるのに、電車の座席にはぽつりぽつりと空白がうまれていた。
珍しい光景に少しばかり感動を覚える。
空席はあるものの、10分程度で会社の最寄駅に着いてしまうという事実から、立ち上がる労力を考え私はあえて電車の扉によりかかった。
窓から流れていく街並みをぼーっと眺める。

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「異動の準備を進めなければ。」
部長との話し合いにてそう決心したわたしだったが、ここ直近の土日まったく準備が進まなかった。
しなかったのではなくできなかったのだ。

社会人になってから知ったのだが、内示というのはあくまで「仮決定」、または「予告」のようなものである。
そのためこの時点では異動が確定してないため、このあと出る「本辞令」にて人事内容が変わる可能性がある。
内示以降、人事内容が変わる可能性はかなり低いらしいが、万が一もあり、内示が出た段階では他の社員には公にしてはならない、という決まりになっている。

そのため、業務引継ぎ・移動時期の調整・家探しなど、他の社員の力を借りなければならない準備は独断で進めるわけにもいかず、ただただ手持ち無沙汰な二日間を過ごした。

暇な時間は余計なことを考えさせる。
土日で特に予定がなかったわたしは暇になる時間が増えれば増えるほど誰かに異動について話したくて仕方がなかった。

特に同期の「ゆうこ」。
ゆうこは同期という部類ではあるが、親しい友人のような関係だと思っている。
その証拠にゆうこにはどんな話も一番に伝えていた。
仕事の相談も、プロポーズされたという話も包み隠さず話している。
プライベートでも一緒に遊びに行く仲だ。

会社のルールを守るのであれば、今回の異動について、
社員であるゆうこには本来伝えてはならない情報となっている。
実際、数日後の本辞令でゆうこに確実に知られることは分かっているが、直接わたしから話したいというのが本音だ。
とにかく私はゆうこにはいち早く伝えたかったのだ。
だが結局、伝えるか伝えないか判断できることなく土日が終わってしまった。

一方、旦那の土日はとても有意義だったようだ。
金曜日から楽しそうにパソコンに向かっていることには気がついていたが、何をしていたか判明したのは日曜日である。
彼は様々な仙台周辺の物件を検索し、その一覧をわたしにみせてきたのだ。

当社の福利厚生の関係上、好きな物件を選べるわけではないが確かに地域の特徴など調べておくのは重要だとは思う。
が、あまりにもキラキラした目で新居を列挙してくる旦那を見て思わず笑ってしまった。

愛いやつめ。
わたし以上に仙台を謳歌する気満々じゃないか。

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会社の最寄駅につき、電車から降りる。
主要駅でもあることからか、電車とは違いこちらは多くの人で溢れていた。
先ほどまで空席があった電車もすぐに満員になる。
私は人混みに紛れながら、しかしスムーズに改札を抜けた。
その時、後ろから私の名前を呼ぶ声が聞こえた。
ゆうこだ。

「おはよう〜、朝会うの珍しいね!」
朝から笑顔が眩しいゆうこにつられてこちらも笑顔になる。
さすがゆうこ、毎日余裕を持って会社来てるのね。
始業10分前くらいに駆け込む私とは大違いだ。

「おはよう。今日はたまたま早起きしたんだ」

「なるほど!じゃあ今日は会えてラッキーだね!」

癒し。
朝からこんな癒し受けられるのであれば早起きするのもいいかもしれない。
しかし私のふわふわした気持ちは即座にどしん、とあの後ろめたい気持ちに覆い被された。
ゆうことも会えるのも1ヶ月半…。
後半は引っ越し準備で遊べないと思うと実質1ヶ月…。
短すぎる。

「どうした?朝だから元気ない?」

いつもはよく喋る私が黙っているのを心配したのか、ゆうこはそう私に声をかけた。
その一言で私は「ゆうこは社員、同期以前に友人なのだ。」と。どうしても直接報告したい、そう思った。
会社のルールなんてもういい、言ってしまえ、と。

「ゆうこ!今日のお昼"半丸"に行こ!」

半丸とは私とゆうこのお気に入りのラーメン屋である。
頻度は週に一回にとどめているが、私個人としては毎日行っても良いと思っている。
塩ラーメンだが味がしっかりとしており、チャーシューと麺の相性が抜群。
そして何より上に乗っている春菊をスープに浸して食べるのがとても美味しい。
初めはラーメンに春菊?と鼻で笑っていたが、今はこの春菊なしなんて考えられない。 

「オッケー!じゃあまたお昼に!」
そう言ってさっていくゆうこに手を振り、私も自分の部署へと向かった。
廊下には窓から入る太陽光が反射しきらきらと光っていた。

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お昼休み。
朝方、辞令のことをゆうこに話そう、と決心した私だが、
ここにくるまでに何度が決意が揺らいだ。
やはり時間があると思考にブレが発生するためよろしくない。
善は急げ、思い立ったが吉日というが、これらの言葉は物事に対する勢いを低速させないための先人からの言葉なのだと理解した。

いつも通り、半丸の前でゆうこと合流する。
大人気半丸はお昼時も長蛇の列となるが、
会社からの距離が近いこともあり、急いで行けばすぐに入店できる。
この日も並ぶことなく席に着くことができた。

ラーメンを注文し、目的の品が来るまではいつも通り2人で他愛のない話で盛り上がる。
そしてラーメンが出てきたところで2人とも感嘆の声をもらす。
これもいつも通り。
そして一度食べ始めると私もゆうこも会話がピタリと止まる。
こういうところもゆうこと一緒にいて気が楽だなと思う。

ゆうこは意外とラーメンを食べるのが早い。
今日も私のラーメンが1/3ほど残っている時にはすでに食べ終わっていた。

私はゆうこがラーメンを食べ終わったのを確認し、
準備していた携帯の画面を見せる。
ゆうこは不思議そうに画面を見つめ、その内容がわかったのか、ハッと私に顔を向けた。
そこには私と母のLINEのやりとりが載っている。
私が母に異動について報告した際のやりとりだ。

午前中、私がゆうこに異動することを伝える方法について悩んでいた際、ふと、たまたまゆうこが私と母のラインを見て知ってしまったのならしょうがないのではないか、と言う発想に落ち着いた。
ゆうこに辞令が出たことを伝える、と言う結果は同じことになるが、その過程が私が意図的にやったことが、もしくはたまたまゆうこがそこに居合わせたのか、となることで大きく異なってくる。
内示を早く言ったところで会社から罰せられるなどされるはずもないが、これだけのことで私の心は多少心の安定を得ることができる。
また、声に出さないと言うこともあり、万が一他の社員に聞かれることも防げる。

ゆうこもそれを察したのが、口では言わずスマートフォンをいじる。
ラインの文面に何を打っているのか、ゆうこのその切なそうな表情である程度予測ができた。
悲しんでくれていることに多少の喜びを感じながら、私は引き続きラーメンを口にした。
ゆうこの回答を待つ。

ゆうこはものの数秒で文面を作成し、私に見せてきた。
悲しみが綴ってあるだろうと予測したゆうこのラインの文面を見た私は、驚きのあまりラーメンが気管につるりと入った。
そこにはこう書いてあった。


“ 異動なの!?私も異動なの。”


旦那と結婚して六ヶ月。
結婚式まであと四ヶ月。
わたしとゆうこの異動まであと一ヶ月半。

わたしと旦那様の波瀾万丈な人生はまだ始まったばかり。

続く。

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