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急増するエンバーミング◆思いはせる時間「より良きものに」【時事ドットコム取材班】(2023年03月01日10時00分)

 失った家族を生前の姿に近づける「エンバーミング」が急速に広がっている。新型コロナウイルス禍や、時代の移り変わりで葬儀が小規模化していることも影響しているという。少子高齢化が加速し、多死社会を迎える日本。大切な人との「お別れ」はどのように変化していくのだろうか。(時事ドットコム編集部 谷山絹香

 【時事コム取材班】

新型コロナ、突然の別れ

 2020年3月、横浜市泉区にある葬儀関連会社「フューネラルサポートサービス」に、カナダ人の男性から「父が亡くなった。火葬をお願いしたい」と連絡があった。亡くなったのは、クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス号」の乗客。当時、クルーズ船は、新型コロナの集団感染が大きく報じられていた。

 遺族は世間の風評を気にし、「火葬された遺骨を持って帰国するしかない」と考えていた。そんな遺族に、同社の代表ロバート・ホーイさん(57)=カナダ出身=は「エンバーミングをすると、きちんと顔を見てお別れしていただけますよ」と声を掛けたという。

フューネラルサポートサービスのロバート・ホーイ代表=2023年2月1日、横浜市泉区

 エンバーミングとは、全身を消毒・洗浄し、生前の姿に近づけるための修復や化粧などを施す「遺体衛生保全技術」のこと。一般社団法人「日本遺体衛生保全協会(IFSA)」によると、防腐処置によって葬儀を急ぐ必要がなくなり、火葬までの間、ドライアイスなしに最大50日、故人との時間を過ごすことができる。

 ロバートさんには新型コロナ感染者のエンバーミング経験はなく、実績のある海外事業者から助言を得て、防護服着用などの感染対策を徹底した上で実施したところ、遺族から「何もできないと思っていた。本当にありがとう 」と感謝されたという。ロバートさんの下には、コロナ感染を理由に葬儀社から「火葬しかできない」と伝えられた遺族からの相談もあるといい、「新型コロナの影響で、エンバーミングへの注目度が高まっているのではないか」と話す。

処置は年間7万件

 IFSAによると、日本に初めてエンバーミング施設ができた1988年の実施件数は191件だったが、大手葬儀会社が参入して増加。95年の阪神・淡路大震災で注目を集めると、2000年には1万件を超え、新型コロナウイルス禍が始まった2020年には4万2760件に達した。その後も年間1万件以上のペースで増え、22年は7万件を上回るという。

エンバーミングを行う処置室(フューネラルサポートサービス提供)

 加藤裕二・IFSA事務局長は「コロナ禍で、家族や親戚など近しい人だけで執り行われる葬儀が増えた。その分、『故人にしてあげられること』に注目が集まっているのではないか」と急増の背景を分析する。他方、技術を持った 「エンバーマー(遺体衛生保全士)」をどう確保するかが課題になっているという。

 エンバーマーになるためには、専門学校に2年間通った後、IFSAによる資格認定試験に合格するか、海外で資格を得る必要がある。2022年4月時点の資格保有者は296人で、実際にエンバーマーとして働いているのは210人程度。加藤事務局長は「葬儀に関わる仕事はそもそも担い手が少ない。エンバーミングの認知度をさらに高める必要がある」と訴える。

「自問自答の毎日」

 現役エンバーマーにも話を聞くことができた。東京都中央区の葬祭関連会社「ジーエスアイ」の牛渡一帆さん(39)は約10年前、「人を相手にする仕事がしたい」と、建設現場で働くとび職から転職し、31歳のときにエンバーマーとして働き始めた。

エンバーマーの牛渡一帆さん=2023年1月26日、東京都中央区

 印象に残っているのは、先天性の病気で亡くなった5歳の男の子。「さびしくないように」との両親の希望で、病室で一緒に過ごしたぬいぐるみをビニール袋に入れて処置室に置き、童謡を流しながら実施した。両親はお通夜の前、男の子に七五三の袴を着せてあげることもできたそうだ。牛渡さんは「エンバーミングでも、大事な人を亡くしたマイナスの気持ちをプラスにすることはできない。自分には何ができるのか、自問自答の毎日です」と話す。

 エンバーマー2年目の和田典子さん(34)は真剣な目付きで「ご遺族の望みに答えるため、引き出しをたくさん持っていないといけない。一件一件が学びです」と語った。

これまでに500人ほどを担当し、「(生前の姿と)少し違う」と言われたこともあるそうです。「遺族が、どんな故人を覚えていたいと考えているのか、どういう故人でいてほしいと思っているのかをきちんとくみ取れるエンバーマーになりたい」と力を込めていました。後半で紹介します。

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急増するエンバーミング◆思いはせる時間「より良きものに」(時事ドットコム)