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【悪事】スーパーの惣菜売り場のアルバイトで2年間盗み食いをし続けた。

【悪事】あくじ - 悪い行い。

 私は18歳から20歳になるまでの約2年間、アルバイトしていたスーパーの惣菜売り場で悪事を犯していた。
 午後4時から9時までの5時間を担当していた私の主な業務は、午前中に作り置きされた商品の品出し、値引き、期限切れ商品の廃棄処分、清掃が主だった。地方の寂れたスーパーのため客は少なく、夜の惣菜売り場は私一人で回すという形になっていた。育ち盛りの若い男が大人の目から逃れた厨房ですることといえばこれはもう一つしかない。

「盗み食い」である。
 
 いやいや、せめて「つまみ食い」とか廃棄処分になった商品を無断で持ち帰るとかなら分かるけれど、盗み食いはまずいだろ。そう思うかもしれない。そこは、安心していただきたい。もちろんそれらの行為もきっちり行なっていた。フライドポテトをつまみ食いし、蕎麦やいなり寿司を無断で持ち帰った。
 しかし、それでは満足できなかったのだ。廃棄処分になる惣菜は大抵人気がない物で、老人向けで味が薄かったり、野菜が軸の商品ばかりだった。当時の私が求めていたのはそんな小物ではない。私が求めていたのは「肉」と「揚げ物」なのだ(肉と揚げ物はこれまでの人類が求め続けてきたもので、未来永劫求め続けるだろうというデータがある)。そして、子供人気のあるそれらの商品は、私が空腹になる8時頃にはもう売り切れてしまっている。つまり、空腹が訪れる前に自分の分を確保しておかないといけないのだ。そのためには、そう、
「盗む」しかなかったのだ。
(善悪の話ではなく、確保するためにやれることはなにかという観点で考えて頂きたい)

 幸運なことに私は仕事がかなりできる人間だった。そもそも活発な若者が入ってくることを想定した仕事の割り振りではなかったらしく、若く、しかもそこそこ身体の大きい私にとってはほとんどの仕事が全力の20%以下の力で終わらせられるレベルのものだった。さらに業務における細かいスキルを磨いた結果、いつしか5時間あるうちのほぼ半分の時間で全ての作業を終えることが常となっていった。それから私は(これも相当な悪事なのでいつか詳しく告白する必要があるが)厨房で読書をしたり、ゴム手袋を着けて腕立て伏せやスクワットをした。その結果、みるみるうちに読書のスピードが上がっていき、ある程度の文章を書く力もつき、筋肉が育っていき、人一倍シャイだった私はある程度まで女の子と親密になれるようになっていった。
 あ、そう。筋トレをしていたということを書いて思い出したが、厨房での激しい筋トレ後のたんぱく質の摂取という観点でも、私は肉を盗み食いする必要があったのだ(それが私に盗みを働かせた最初の要因だったかもしれない)。
 夕方4時に出勤し、6時か6時半までには掃除以外の業務を終わらせる。そうして7時頃、私は値引き用の機械を持って惣菜コーナーへ行き、値引きシールを貼りながら今日自分が食べるべきものを吟味する。基本的にはその日の気分次第で変わったが「鶏ハラミの炭火焼風」が出ていて、それが残っていれば確実にそれを盗み食った。おそらく全ての惣菜の中で最もたんぱく質が豊富に含まれた商品だったと思う。無論、その商品の賞味期限は明日の朝までとなっていた。お腹の空きが激しい時は揚げ物バイキングから揚げ物を盗んだ。私は春巻きが好きで、その惣菜コーナーの売りが春巻き(チーズ春巻き、ピザ春巻きが美味かったなぁ)だったため、店頭に出す量が多くいつでも手に入った。私はそれらを厨房に持ち帰り、筋トレを数十分したあとゆっくりと咀嚼して食べ栄養をつけた。飲み物は厨房に持ち込んでよかったので、水もしっかりと摂りながら食事を楽しんだ。
 もちろん店内に監視カメラは付いていたし(そのスーパーは万引きが結構多かったらしい)、私の犯行現場にもばっちりその目は向けられていたが、ハラミなどのパック詰された商品は「期限切れ」あるいは「包装の破損」(日常からそういうことが多々あった)という理由で厨房へ下げるのはおかしい行為ではなく、裸で置いてある揚げ物やなんかは「髪の毛やゴミが付いていた」「穴が空いてしまっていた」という理由をいくらでもつけることができる。そして、そんな事実がないということはこの私以外知らないため、私がその事実を公表しない限りそれはこの世に存在していない、つまり「ない」のだ。包装は破損していたし、髪の毛は付着していた。なのだ。
 それでも、私自身が設けたルールとして、3品以上の盗み食いは「非人道的な行為」に値するというものがあった。そりゃそうだ、4品も5品も平気で盗み食いするやつと仲良くする気は毛頭ない。多くても3品、それは守るべきだ。
 たとえば、女性に車道側を歩かせない、目上の人より先に椅子に座らない、電車やバスが満席で、仕方がなく空いている優先席に座る際は、各停車駅や停留所で新しく乗車してくる人々の中に老人や妊婦がいないかを必ず確認する。もしいればすぐにでも立ち上がり「どうぞ」と笑顔で席を譲る。できることならその席が第三者に取られないよう上手く身体を入れて確保しつつ彼ら彼女らを確実に座らせる。そういった「あたりまえにできるべき行為」と何ひとつ変わりがないのだ。私は3品を守る。それをあたりまえのようにできなければ、どんなに金を持っていて、ハンサムで、社交性があったとしても一流の人間にはなれないのだ。
 そして私は2年もの間、多くて3品というあたりまえのルールを守り抜いた。そういった日本男児が持つべき誠実さ、誰も見ていなくとも最後まで規則を守るんだというその強い意志を、長い試練によって育むことができたのだ。
 
 あの2年間は自分にとって学びの2年だった。
 今ならばもちろん盗み食いだなんて悪事はしないだろう。ただ、過ぎ去った過去を振り返っても前には進めない。盗み食いした惣菜は排便になり、流されて、もうとっくに何かの養分になってしまっただろうし、当時いた私の上司も今どうしているかは分からない。ただこうして自らの悪事を正直に告白することで、悪事は成仏し、私の心は浄化され、研ぎ澄まされ、目指すべき「解脱」への一歩を踏み出し、更なる高みへと進んでいけるのではないだろうか。  
       、、
もう二度と盗み食いはしないだろう。

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