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政治的「つながっている」系の欺瞞

ひろゆき騒動の余波

辺野古付近を訪問した西村ひろゆきさんと沖縄タイムスの阿部岳記者との場外乱闘はSNSで火がついて一般メディアでも報じられました。

その後、同紙は今月25日、脳性まひで車いす生活をする活動家の方が抗議船に乗ったとの記事が掲載されました。

「沖縄の人々が米軍基地に翻弄(ほんろう)され、基地を押し付ける当事者の政府がそれを眺める構図は、今回のひろゆき氏の言動にもつながっている」と指摘する。抗議船から見た現場の様子は、自身の会員制交流サイト(SNS)で発信していく方針だ。

この流れで障害者を持ち出す意味、意図はなんでしょうか。基地問題は地域全体の問題で無論、障害を持つ住民も当事者であり関心事です。

しかし抗議活動において障害者を強調する意味とは? 例えば離島への連絡船がバリアフリー化しておらず障害者にとって不便だったという趣旨ならば分かります。離島に住む障害者の困難な生活というのは確かに報じる意味があります。

これはご本人が言う通り「つながっている」という思想が垣間見えます。

マスコミ、活動家が多用する手法

ひょっとしたら辺野古基地推進、容認する障害者もいるかもしれません。しかしそうした障害者はまず紹介されることはないでしょう。基地に反対する障害者にマスコミ的な意味があります。

それは基地問題、障害者、民族問題、貧国問題、労働問題、左派が好む全ての問題は根底で「つながっている」という考え方です。もっと考え方というほど「考えていない」ので手法と評した方が適当でしょうね。

沖縄問題にハングル文字の抗議文があった、本土の無関係の団体のノボリがあった、これなどは典型的な「つながっている系」。

先に挙げた問題はそれぞれ前提、背景、歴史的経緯がまるで異なります。また解決方法はそれぞれのアプローチがあるはずなのに「つながっている」という大看板を持ち出します。

ある問題が紛糾している時に別の活動家が「つながっている」と訴えやってきて便乗して騒ぐ。要するにつながっているとは無関係の分野に介入する一種の口実にすぎません。一種のバズワードで活動家がよく使うフレーズです。

当事者の間ではほとんど盛り上がっていない問題なのになぜか無関係の活動家が騒ぐ現象。これは左派の活動にありがちです。

それも発端は「つながっている系」活動家の存在が大きい。

今回のひろゆき氏の言動にもつながっている

どこがどうつながっているのか上間さんに説明を求めたところで満足がいく回答はないでしょう。単に「つながっている」という修辞を踏襲したにすぎません。

逆に「つながっている」という理由を根拠に介入しなければならないほど、実は個別の問題は言うほど盛り上がっていないという証左でもありますが。


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