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『ディケイド』 <ショートストーリー>

   作・Jidak

あ、ジェラート屋さんは今はもうないのか。
それもそうか。最後にこの公園に来たのは、4、5年も前だもの。
その場所には、くすみイエローがおしゃれなコーヒーの移動販売車が。
それにしても、桜、ふゎーって一気に咲いてしまった。
開花の時期はどんどん早まっている。
知ってるかな、大輝(だいき)はそれを。

「10年後の今日、ここで会おうよ」

明日アメリカに経つという日、この公園を2人で歩いている時、大輝がそう言った。
お父さんの仕事の関係で、高校卒業と同時にアメリカに行くことになった大輝。
あの頃、私たちはつきあってると言うには微妙な、かわいい関係だった。
「えー、いいなぁ、アメリカ。おっきいよね」
「そうだよ。うらやましいだろう」
そんなやりとりしかできなかった2人。
「10年ってディケイドって言うんだよ、英語で。かっこよくない? だから、10年後、会おう!」
「へぇ、ディケイド…。かっこいい。いいよ、会おう!」
大輝はただ仮面ライダーが好きだっただけだ。
きっとそうだ。
「彩美(あやみ)はもう結婚してたりして」
「どうだろ。大輝だって、一生日本には帰らなかったりして」
高校卒業したばかりの2人に、10年先のイメージなんて、何一つなく。

この10年、大輝とは連絡をとっていない。
目まぐるしく変化が起きる日々の中で、彼を、彼だけを思うスペシャルな余白はどこにもなく、それなりに楽しく学生生活を送り、社会人になった。
彼と呼べる人もできたり、離れたり。
そんな10年。

でも。

キラキラと美しかったあの頃の記憶には、笑顔の大輝が必ずいた。
そして、心が折れたりした時、なぜか大輝を召喚するクセがあった。
「大輝、どうしよう」とか、「大輝はもっとがんばってるもんね」とか。
私は、ずっと「イマジナリー大輝」を心の中に飼っていた。
だからだろう。
「10年後、会おう」という言葉は、風化することなくとどまり続けた。

それが今日。

覚えてるかな、彼は。
リアル大輝に会えるのだろうか。
しかし、約束がざっくりしすぎた。
時間を決めてなかった。
その話をしたのが夕暮れ時だったから。
そんなふうに思いながら、私はここにすでに1時間いる。
何人もの人が通り過ぎたが、それらしき人はゼロ。
なんで連絡先とか交換しなかったのだろう。
高校生の私たち、お願いだからしっかりして。

ただ、過ぎていく時間。

無理もない。
10年は長いよね。うん。
私だけが「ディケイド」って響きに魅了されてしまっただけだ。
何を期待していたわけでもない。
会えても会えなくても、何も変わらない。
今、ここでドキドキしながら待ってる時間、それ自体が宝物だ。

移動式カフェにはそれなりにお客さんが来ている。
コーヒーでも飲んで帰ろう。
「一杯ずつていねいにハンドドリップします」との文字が見える。

「おすすめブレンド、ください」

近くのベンチに座って、呼ばれるのを待つ。
ていねいな時間が過ぎていく。
キッチンカーからお店の人が出てきた。コーヒーカップを持って。
髪を後ろで結んで、メガネをかけてて、背がとても高かった。
あの身長では、クルマの中で頭がぶつかるのでは?
そういえば、大輝もバスケをやっていて、背が高かったなぁ。
アメリカでもバスケを続けたんだろうなぁ。

「お待たせしました」
「ありがとうございます。いい香り」
「今日のスペシャルブレンド、‘ディケイド’です」

え?

は?

私はびっくりしてメガネの奥の彼の目を覗き込む。
「…大輝?」
「よかった。いつ声かけようって、ドキドキしちゃって」
その笑顔は、まさに大輝の笑顔だった。
大輝は、今日の約束は覚えていたけど、時間がわからなかったらしい。
だから、この公園での販売許可を取り、私を待っていたんだそうだ。
張られてた。朝からずっと。
今日、私たちは会える運命だったんだ。

「あと少しで終わるから。いっぱい話そう。ディケイド分」

イマジナリー大輝にさよならを。

(終わり)

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