見出し画像

justInCase 少額短期保険設立を振り返る

2016年に設立されたjustInCase 。共同創業者である代表の畑加寿也と、CAOの小泉洋夫の出会いは、今から約20年前に遡ります。互いに社会人1年目のタイミングで、保険業界内でコンサルタントとクライアントという立場で出会い、2016年、小泉が当時の職場からの退職の連絡をした際に、justInCaseの構想をすでに持っていた畑が小泉を誘い、もう一人のメンバーを加えた3人での船出となりました。少額短期保険会社(※)立ち上げまでにはさまざまな困難があったといいます。畑と小泉に、設立にまつわるエピソードや、これから少額短期保険会社の設立を考えている事業者の方々に向けたアドバイスを、少短の社長の経験を持つアライアンス部の中江が聞きました。

(※)正式名称は「少額短期保険業者」ですが、本記事内では、分かりやすさの観点から「少額短期保険会社」と表記しています。



登壇者紹介

株式会社 justInCase / justInCaseTechnologies
代表取締役 / CEO, Co-founder 畑加寿也


保険数理コンサルティング会社Millimanで保険数理に関するコンサルティングに従事後、国内外の投資銀行や再保険会社から、商品開発・リスク管理・ALM等のサービスを保険会社向けに提供。
プログラミング: VBA / Swift / Python / Ruby.
日本アクチュアリー会正会員
米国アクチュアリー会準会員  京都大学理学部卒(2004年)

株式会社 justInCase
取締役,Co-founder 小泉洋夫

保険業界、資産運用業界にてアクチュアリーとクオンツの狭間で生きる。資産と負債の双方のモデリングおよびデータ解析に従事。「機械学習の95%は前処理」が持論。
好きなプログラミング言語: SQL / Python / R / F# / Scheme / Julia / Haskell / PureScript,
日本アクチュアリー会準会員

インタビュアー

株式会社 justInCaseTechnologies
Business Analyst 中江則夫
新卒で損保会社に入社し、主に企業保険営業・商品企画を中心に経験。その後、少短会社へ出向・転籍、4年役員・3年社長を務め、2023年4月jictech入社。少短の新規設立・新商品開発を支援する少短設立ナビ事業を立ち上げ中。


中江:お二人はjustInCaseの創業メンバーですが、まずはどのような思いで少額短期保険会社をつくることになったのかということからお聞かせください。 

畑:これはですね、そこに少額短期保険っていうのがあったから、というのが正直なところです。当時、なにか新しいもの作りたいと考えて海外事例を調べる中で、保険契約を引き受けることができる保険代理店の一種であるマネージング・ジェネラル・エージェント(MGA)のような、保険代理店でありながら、保険商品開発やアンダーライティングの権利も併せ持つビジネスに取り組む海外のスタートアップ企業が増えていることを知りました。
日本ではMGAは馴染みのないものでしたが、それに近いものとして少額短期保険があることを知り、ぜひやってみたいと思いました。今でこそ少額短期保険会社は120社を超えていますが、当時はまだそこまでメジャーではありませんでした。

小泉:私は保険会社を何社か経験していたので、少額短期保険であれば、保険会社にいるときにはできなかったことができるのではないかと可能性を感じました。その時は未来しか見えてなかったのですが、今振り返ってみると色々感じることはありますね。

設立までの道のり

中江:なるほど。新事業の構想から2016年まで期間的にはどのくらいかかったのでしょうか。

畑:会社は構想の最初の段階でつくったので、設立よりも2018年7月の開業までの方が大変でした。

小泉:1年半ぐらいかかっていますね。

中江:会社の設立自体は早かったんですね。

小泉:元々は10名ぐらいのグループを作って、P2P(※1)でロスを自分たちでコントロールする仕組みを試験的にスタートさせました。それが2017年のことです。それを財務局(※2、以下、当局)に持って行ったところ、前例が無いこともあって折衝が難航し、約半年かけて協議したのですが、実現には至りませんでした。

(※1)P2P:Peer-to-Peerの略。相互扶助によりリスクをカバーし、実際に支払われた保険金総額を契約者数で除したものをベースとして、保険料を事後的に徴収する仕組み
(※2)少額短期保険業を行う場合には、本店等の所在地を管轄する財務局長の登録を受ける必要があります(保険業法第272条)

畑:当初のプランでは、保険業法の対象外となる1000人未満でテストケースとして進行させつつ、少額短期保険のライセンスを取りに行こうとしていたのですが、結局それは無理という話になりました。
とはいえ、ベンチャーキャピタル(VC)からの資金も入っていたので、なにかローンチしなければいけないということで、当初のアイデアをそのまま商品化した「スマホ保険」を第一弾商品として販売しました。

小泉:今では機械学習の利用は他分野では一般的ですが、機械学習を使って個人のリスクに応じた割引をするというのは、当時は新しい取り組みでした。それを導入してスマホの修理費用をカバーする「スマホ保険」をスタートしたのが2018年の7月1日のことですね。

畑:我々以外で、少短設立前に1000人未満という形でPoCをやったという事例はあまり聞いたことがありませんし、単純に推奨はできませんが、規制はきっちりと守りつつも、前例の無いことにチャレンジすること自体は重要なことだと思います。
※PoC:Proof of Conceptの略。概念実証。

中江:P2Pを実験的とはいえ業界に先駆けて実施していたというのはすごいですね。

小泉:当時は友達割引を設定して、1人紹介したら5%割引、10人紹介すると最大50%割引といった仕組みで運用していました。

畑:そういう意味では、後に出す「わりかん保険」は、かたちこそ変わりましたが、そのときのリベンジマッチともいえますね。

あの頃を振り返って

中江:少額短期保険の設立を振り返って今どんなことを思いますか。

畑:約半年かけて議論していたP2Pスマホ保険が販売できないと決まったときには、さすがにがっくり来ましたね。

中江:それはそうでしょうね。その一方で、少額短期保険をつくるやりがい、魅力みたいなものについてはどうでしょうか。

畑:振り返ってみると、個人向けの損害保険商品をつくるという意味では、通常の損害保険に比べてだいぶ柔軟な風土が醸成されており、当局側に協力的な雰囲気があるので、そこは新規参入者にとって大きな魅力だと思います。

中江:当局も協力的だったんですね。

畑:はい、皆さん協力的ですし、やはり生命保険や損害保険のライセンスではできないことができる点も魅力ですよね。

中江:当局も先進的な取り組みに挑戦する企業を応援するべきという考え方になっているんですね。

小泉:我々の場合は時代の波もありますよね。ちょうど「FinTech」とか「InsureTech」という言葉が出てきたタイミングだったので、その波に乗れたんじゃないかなと。
誰がいつ何をやるかっていう話で言うと、「いつ」という意味では最適な時期だったと思います。
ただ、保険は国によって制度や歴史、法律が違うので、海外事例をそのまま日本に持ち込めるわけではなく、日本独自の手法を確立しなければならないというところが難しさでもありますし、ある種の参入障壁でもあるのかなとは思いますね。

畑:そういう意味では、設立の時、最後に苦労したのが、内部規程の整備ですね。我々はコンサルティング会社を一切使っていなかったこともあり、この点では非常に苦労しました。

小泉:規程は作る時も大変ですが、その後の運用やアップデートもやっぱり重要なので、作って終わりではないんですよね。「仏作って魂入れず」といったことになるとすぐに形骸化してしまいますし。その意味で、本当に使わないものは、規程といえども削除・整理していくことも大切だと思います。

畑:ほぼほぼ自分たちでつくった当社でも、規程に魂を込めるのは難しいことでした。仮にコンサル会社を入れる場合でも、完全に任せるのではなく、「自分たちで作る」という意識を持つことが1番重要だと思います。

中江:たしかに、規程は見直していかないと形骸化しやすいと思います。

小泉:少額短期保険会社には、会社を運営していく難しさと、保険事業特有の難しさの両方がありますね。この業界も、いまやいろんな事業会社が参入して、ある意味で参入障壁は下がってきていると思いますが、一方で、保険会社特有の業務やリスク管理を担う人材というのは引き続き必要なので、人材の確保や教育に関しての難しさはあります。それだけの人材を揃えるって、なかなか大変なことですから。

畑:本当にそうですね。中江さんも損害保険会社にいらっしゃったときに比べると、少額短期保険はどうしても限られた人数で全体を見ないといけないので、事業の全体像が掴めたんじゃないですか。

中江:そうですね、必死に勉強しましたね。 

畑:保険業界出身者といえども、今まで見たことのない分野にタッチしないわけにいかないので、そういう意味では良い環境だと思いますね。

小泉:まさに私が生命保険会社にいた時は、その部署の仕事しか知らなくて、 保険というものの全体がどう流れているかということを、今考えると何にも理解せずに仕事していましたね。

畑:支払い査定とか、配属されたことがなかったら本当に分からないですからね。 

小泉:知識としては知っていても、全然体感していませんから。少短を始めたことで、今では、募集からマーケティング、代理店管理、契約管理システム、保険金査定・支払い、経営全般まで、全体像が理解できるようになりました。大手の保険会社が少額短期保険会社をつくる背景には、そういう狙いもあるんじゃないかなと私は推測しています。

畑:社員が小さな会社の経営を経験できるという意味では事業会社にとってメリットがあるでしょうし、金融事業の大変さを知るという意味でも価値があるでしょうね。

「あのときこうしておけばよかった」と思うこと

中江:私が少短に入ったのは、もう会社が安定した頃でしたから、そこは想像しかできませんが、最初は大変だったでしょうね。今、設立から6年が経って、あの時こうしておけばよかったということはありますか。

小泉:細かい話ですが、「こういうデータを取得して、こういうかたちで持っておけばよかったな」というのはいっぱいあります。最初にデータ構造が決まってしまうとなかなか変えられないので、それを集計するために、プロセスが3つ4つと増えて、「最初からこのかたちで持っていたら、プロセスは1つで終わっていたのに」って思うことがあるので、ぜひそういうところを、今後始める方は事前にしっかり検討された方がいいと思います。

中江:そのあたり、私は詳しくないのですが、事前にしっかり決めるというのは難しいことでしょうね。

小泉:最初にデータ構造をつくった時には、当然、少短の決算などを経験していないので見えていないことも多く、後になって「この時にこの数字が必要になるのか」とか、「これは手入力でやっていたけど、ここに入れておけばよかったな」といったことが結構ありました。

中江:データの持ち方以外にもありますか?

小泉:そうですね、近年、justInCaseは商品が増えてきており、生命保険・医療系と損害保険系が混じっているというのが面白さでもありますし、難しさでもあります。私はどちらかというと生命保険寄りの人間だったんですが、用語ひとつとっても、損害保険の被保険者と生命保険の被保険者では意味が異なるので、システム的にはどう整理すべきか等、 そういうところはようやく今、知見が溜まってきているかなとは思いますね。

畑:確かにそうですね。

小泉:こうしておけばよかったっていうところ、畑さんもあるんじゃないですか。

畑:時間を巻き戻せるなら、まずは半年での開業を目指すでしょうね。その方が短期的にも長期的にも良かっただろうなと。作る商品の順番とか座組に関して、もう少し違うアプローチでも良かったのでは、という気持ちはありますね。

小泉:それと、我々はオンラインで始めたにも関わらず、ウェブマーケティングの知見が全然なかったので、そういうところはきっちり抑えておいてもよかったかなとは思いますね。

中江:システムはご自身で作られたのですか?

小泉:最初はパッケージのシステムを使っていました。ただそれはデータベースだけで、直接保険とは関係ないシステムでした。

畑:最初はパッケージでやった方がいいかなと思ったんですけど、我々の場合、すぐに限界が来たので、自社のエンジニアで今の「joinsure」のベースになるものを作って乗り換えました。

中江:当時はまだ数人の組織でしたよね。

畑:5人とかですね。今考えれば無謀な感じはしますね。

中江:でも皆さんやりがいがあったと思います。いろいろ大変だったと思いますが、みんなで同じ方向を向いて突っ走るって、きっと楽しかったでしょうね。

小泉:そうですね。ただ、状況も変わってますから、今言ったことが、今から始める方に当てはまるかというと、もう6年前の話なので、今だったらまた全然違う話だと思います。監督指針も変わっていますし。

畑:そうですね。マーケティングの手法も変わっていますし。

小泉:今だったらチャットGPT前提のオペレーションになっているかもしれないですね。

畑:それは間違いないですね。最終確認は人がやるにしても、オペレーションは自動化しておいた方がいいでしょうね。それと、少額短期保険会社でなくてもできることもあるので、 保証とか、自家共済とか、専任共済もそうですけど、いろんな手段を並列で考えたらいいんじゃないかなと思います。というのも、少額短期保険会社の設立は比較的大変なので、他の手段からまずやってみるっていうのもいいんじゃないかなと思いますね。

少短設立を検討している方へのアドバイス

中江:これからの方へのアドバイス、他にもありますか?

畑:まずはチャネルの確保が最重要だと思います。できれば、手数料を支払わなくても売れるチャネルがあるのが理想です。

小泉:チャネルの確保とも重なりますけど、少額短期保険の商品は特許が取れないので商品がコピーされやすく、似たようなものを出される可能性があります。そういう意味でもチャネルを確保していると、やはり優位性が大きいのかなとは思いますね。

畑:もう一つ、FinTechの文脈でいうと、やっぱり組み込み型保険が1番自然な形で売りやすいっていうのはあるかと思います。

中江:そうすると、やはりプラットフォーマーの確保っていうのが大事になりますね。

畑:そうですね、新たに設立される方が事業会社だとすれば、自社のサービスユーザーに、というかたちですね。で、その際、先ほども話した通り、無理に少額短期保険会社である必要はないかもしれないですし、ユーザーがどういうものを欲しているか、何がユーザーのためになるのかという視点で考えたら良いと思います。

小泉:少額短期保険という意味では、すでにユーザー層に少額短期保険なり保険なりの販売実績があって、それを自社でリプレイスするというのが1番理想的だと思いますね。少短の市場は伸びていますけど、なかなか顧客基盤を確保せずに売るというのは難しいので。

畑:代理店、自家共済、専任共済等、PoC的に取り組める形態がいろいろあるので、そこから検討を開始するのがいいでしょうね。

小泉:実際に検討を始めると、「大変だ」という意見は出てくると思うんですよ。少短といえども、金融事業は簡単にできませんから、PoC的にいろいろと模索することは大事でしょうね。

畑:集客(募集)、リスクテイク、オペレーションの3つの要素がある中で、事業会社であればすでに集客はできているわけで。リスクキャパシティやリターンを考慮した上で、外注した方がいい部分もあるかもしれません。リスクキャパシティだけあればいい、ということではありませんから。

中江:そうですね。少額短期保険は新しいリスクをとっていくビジネス、という側面もありますしね。

畑:ビジネスのアイデアはいっぱいあると思うので、マーケットがしっかりあって、新しいリスクに挑戦できて、オペレーションがそれに合わせてしっかり回るということが大事です。

中江:新しい商品をつくるのもなかなか難しいですね。

畑:でもそこは基本的に弊社のコンサルティングがあれば大丈夫かなっていう部分でもありますからね。開業の後のオペレーションがあまりにもハードだと思われがちですけど、そこは弊社がサポートできる部分ですし、商品もデータさえあればできると思います。

中江:熱中症特約をつくったときも既存のデータがあったのですか。

畑:熱中症特約はパブリックデータで私が作りました。搬送データ等は公表されていたので。パブリックデータ、自社データ、協業社が持っているデータ等を組み合わせれば保険をつくることはできます。

中江:最後に、これから少額短期保険設立を検討されている方へひとことお願いします。

畑:事業会社の方で、すでにチャネルも持っていて、新規事業として保険を検討している方には、選択肢は少額短期保険以外にもいろいろあるので、十分に迷われることをお勧めします。弊社はそこをコンサルという形でサポートさせていただきますし、最後にメリット・デメリットを比較して決めるところまでお付き合いしますので、少額短期保険会社をつくることありきではなく、柔軟に考えていただきたいというのが最もお伝えしたいことです。なぜかと言うと、少額短期保険会社をつくったのはいいものの、運営が大変だという事例はこれまでにもたくさんありますし、少額短期保険会社以外の可能性を見落とすことも多いので。そこまで含めたサポートができるという点は弊社の強みとして強調できると思います。
 
中江:ありがとうございました。


お知らせ

弊社は、グループ企業である株式会社justInCase​​での少額短期保険の運営実績や、保険業界における多数のシステム提供実績​​を活かし、企業の少額短期保険事業立ち上げをサポートする新事業「少短設立Navi」を開始いたしました。

少額短期保険設立に関するご相談・お問い合わせがありましたら、ぜひお気軽にお声掛けくださいませ。