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お料理な男たち【プロローグ~第1章(全5章)】

プロローグ


 わたしって、全然料理ができないんですよ。「凝った料理を作りそう」とか、「家庭的に見える」とか、よく言われるんですけど、全然料理ができないんですよ。「マイナスギャップ」ってわたしは呼んでるんですけどね。ほら、よくギャップがあるほうがモテるとかって言いますけど、それってプラスのギャップだけなんですよね。
 どのくらい料理ができないかっていう話を始めると、もういつも周りからドン引きされちゃうんです。

 大学生のときに初めてカレーを作ったんです。固形のカレールーを買ってきて、パッケージの裏に書いてある作り方を見ながら、野菜を切って、肉と炒めて、水を入れて、煮立ったら…と、そこまで料理したらルーを入れれば出来上がりじゃないですか。でも固形のルーを大きいままで入れるのは変だなって思って。
 で、実家の母がやっていた豆腐の切り方を思い出して、形も似ているしって、手の上にカレールーを乗せてグイッって包丁を入れたんですよ。ルーが固いから勢い余って手の平がグッサリ切れて、カレーどころじゃなくなって、病院に駆け込んで、三針縫いました。 
 だって、どこにも「ルーの割り方」なんて書いてなかったんですよ。手で割ればいいなんて、誰も教えてくれなかったですし。中学校の家庭科でカレー作ったときなんかは、たしか、じゃがいも係でしたしね。

 でも、こんなわたしでも、好きな男性のためになら、ちょっとは頑張ろうって思うんです。
 「料理は女性がするもの」なんていうことはだいっきらいで、常日頃から男女平等を訴えるわたしでも、そりゃあ、やっぱり好きな男性には、「料理が上手だね」って言われたいじゃないですか。

Ⅰ チョコレートの男性ひと

 
 もう初めて見たときから、「この人だ」「なんて良い出会いなんだろう」って思ったんです。
 彼は鉱物の研究者なんですけど、もう、これでもかっていうくらい、鉱物が好きなんです。夜なんて、鉱物と一緒に寝てるんじゃないかってくらい。
講演会で鉱物について話す彼の姿を見たら、誰だって彼のこと好きになるんじゃないですかね。少年みたいに目をキラキラ輝かせて話すんですよ。
年齢も四十歳くらいなのに、全然そんな風には見えないんです。
 わたし、鉱物なんて全然興味なかったんですけど、その講演会の帰り道に、ついつい鉱物の本を買っちゃいましたもん。図書館でも、鉱物の本を探したりして。彼と同じ物を共有すると、彼に近づけた気がするんです。
 
 ジョギングしていても、道端に転がる石が気になったりして。石だって鉱物じゃないですか。街の中って舗装してあるから、意外と石って無いんですよね。だから石を発見した時には、もしかしたら貴重な鉱物かもしれないって、すぐに拾って、ウエアーのポケットにしまってまた走るんです。なんか彼と一緒にジョギングしているような気分になれて、快走しちゃうんですよね。

 初めて彼と会ったのは、会社帰りに初めて立ち寄ったエアプランツと鉱物を専門に扱うショップです。その時にはもちろん、わたしは鉱物が欲しかったんじゃなくて、エアプランツという植物を買ってみようと思ってショップに入ったんですけどね。
 わたし、部屋には緑が欲しい派なんですけど、どういう訳か鉢植えの植物がいつも枯れてしまうんです。そういう人を「砂漠の手」っていうらしいんですよ。だからって造花じゃ絶対イヤで。 
 そしたら同僚の女の子が教えてくれたんです。エアプランツなら大丈夫かもって。エアプランツは植物だけど、土が無くても、水遣りをしなくても枯れないっていうじゃないですか。わたし、何かいきなり閃いてしまって。運命の導きとしかいいようがないですね。   

 で、そのショップの中は、岩や材木の上に見たことも無い植物がくねくねしていたり、空中から丸い植物がぶら下がってピンクの花が一輪咲いていたりして、凄く異国ムードムンムンだったんですよ。
 店にはわたし一人だけがお客だったので、ヒゲ面の店主さんが色々なエアプランツを細々と説明してくれて。
 わたしはその中で、深緑の尖った葉が密生してる小さい株の「カウツキー」って名前のがいいなって思って、選んだんです。その時でした。彼が入って来たんです。
 わたしは小さいカウツキーの株を両手で包んだまま、石のように固まっていました。運命の男性としか思えなくて。ヒトメボレです。
「先生、ちょうど良い時に来た。このお嬢さんにカウツキーを着生させる岩を選んでくれよ」って店主さんは彼に言いながら、わたしの手からカウツキーを取り上げ、奥の作業台へ持って行きました。
「わかった。じゃあ一緒に選びましょうか」と、彼が言うんです。
「えっ…はい。よろしくお願いします」そうは答えたけど、正直、訳わかんないですよ。岩を選ぶって何ですか?

 彼がわたしを促して連れてってくれた隅にある大きい木箱には、大小の石ころが詰まってました。彼は手にしていた書類袋を置くと、長い指先で石ころを掴んでは、わたしに説明しました。
「これは花崗岩だから空洞が少なくて駄目ですね。あれが良いのだけれど…あ、これどうですか?」
 彼がわたしに向けて、幅が二十センチくらいでココアのような赤茶色のゴツゴツした岩を差出します。
「い、いいですね。綺麗ですよね」とか何とか相槌を打つわたしに、
「これはメキシコの荒れ野にある岩なんですよ。ほら空洞が沢山あるでしょう?たとえ砂漠のような所でもこの岩の窪みにエアプランツは着生して乾燥や風を防げるんですよ」と。まあ、そういうことらしいんです。
 彼がその岩を店主さんのとこへ持って行くので、わたしも後ろからついて行ったんですけど、背の高い彼の後ろ姿が、何かすごく知的な感じで、うっとりしてしまいましたね。
 店主さんがカウツキーを岩の窪みに移しながら、わたしに言うんですよ。彼が鉱物の研究者で、この店に展示してある鉱物標本をセレクトしてくれているっていうようなことを。
 店主さんは、彼をわたしに紹介してくれていたんだと思います。それで、わたしは、きっと彼は独身に違いないって確信しましたね。
すると、わたしの脇に立っていた彼が、急に気が付いたようにクルッと後ろを向いて、
「そうだ、忘れるところだった」と、石ころを入れた木箱のところろに置いてた書類袋を取りに行って、持ってきたんです。 
 彼は、ガサゴソと数枚のチラシを取り出し店主さんに言いました。
「これ、例の講演会の案内です。興味のある方がいれば…」
「おう。置いてってよ。何ならそのお嬢さんにも渡したら?」
 それを聞くや否やわたしは、間髪を入れずに答えましたよ。
「はいっ。是非行きたいです!」わたし、即決女子ですから。

 出かけた彼の講演会は、科学館で始まった特別展示「地球・鉱物の謎展」開催記念のものでした。
彼はホールの舞台に一人立って、スライドを映しながら講演してるんです。カッコ良かったですね。わたし、うっとりしていて内容はほとんど覚えていないんでけどね。でも、彼の鉱物への愛はすごく感じたんです。話すことがいくらでも有るって風で、講演時間もオーバーして。わたし的には長く彼を見れて、嬉しかったなあ。
 残念だったのは、講演の後に彼と話すことが出来なかったこと。連絡先を教えてもらおうと思っていたんですけどね…最初に会った時に聞けばよかったのに、わたしとしたことが不覚でした。
 
 ところがです。やっぱり運命なんですよ。講演が終了してわたしがポーッとロビーの椅子に座っていた時、突然、彼が目の前に立ったんです。わたし、飛び上がりましたよ。だってもう凄くないですか?遥か彼方の舞台で見た彼が、わたしの傍にいるんですから。
「聴きにきてくれてありがとう。壇上から姿が見えていたんで…」
わたしに気が付いていたんですから凄くないですか?しかも、わたしにお礼まで言うんですよ。わたしもう舞い上がってしまって。良かったですとかナントかカントか受け答えしましたよ。講演での話はよく覚えていない中で、わたしは健闘したと思いますね。だって、ちゃんと、彼と連絡先を交換できたんですからねっ。

 次の日、直ぐに彼にメールを送りましたけど返事がなくて。でもわたしはメゲルことなく、時々は自分の近況報告を送ってました。だって彼は、鉱物の研究で世界を飛び回ってるんですから、日本女性のおしゃべりなんかも気分転換になるんじゃないかなって思って。だって孤独でしょう?研究者って。鉱物と睨めっこしているなんて想像を絶してるじゃないですか。わたしが彼に出来るのは、さりげない普通の生活で癒してあげることだって考えてたんですよね。
 最初にわたしが送ったメールから一ヶ月後に、やっと彼から返信が届きました。長い長いメールで、わたしが出した六通のメールに、一通ごとそれなりの「読みました」的な言葉があって、後は彼が研究に行ったアラスカやトカラ列島や、京都での鉱物学会のことが書かれていました。
 わたしはメールの最後に、それとなく素敵なカフェの話とか、美味しい料理があるバルとか、ワインの季節ですねとか、厭味にならない程度に誘っていたんですけど、ノッテきてくれないんですよ。
 彼に会えなくて、メールばかりで、部屋に帰れば、彼が選んでくれた岩にカウツキーが植えられていて、また彼を思い浮かべてしまうじゃないですか。切ないですよね。悶々とするだけで、秋まで三ヶ月そんな調子のメールを続けて、いくらわたしだって、もう終わりかもって思いだしますよね。ところが、なんと、わたしの運命の扉が再び開いたんです。

 わたしが朝、河原をジョギングしてた時です。その川には太古の樹木が埋まって化石になった埋もれ木が、所々に岩のように見えているところがあるんです。川岸近くでも見られる場所がジョギングコースの傍にあって、そこに様々な年代の人たちに囲まれた彼がいました。
 わたしのスピードはだんだん遅くなって、ついに河原で何か説明している彼を見下ろしながら足踏みをしちゃってました。
 そしたら彼が気が付いたんですよ、わたしに。話を中断して、わたしを見て大きく手を振ってくれたんですよ。そしたら皆も、彼の視線の方向を一斉に見るじゃないですか。わたし、見られながら足踏みを続けられるわけがないし。ちょっと私も頭を下げて頷いて、また走り出しました。心臓がドキドキして、「もうこれは運命だな」って思いましたね。
 
 でも、その後もメールの日々です。ジョギングしても彼に会うことは無かったです。あの日は市でやっている壮年大学の特別講師で一日だけ先生をしたんですって。それも一ヶ月分の長いメールで知ったんですけどね。
もう告白したいなって思ってたら、ちょうど世間はバレンタイン一色だったんです。告白する絶好の機会じゃないですか。
 わたしは、絶対に手作りチョコレートを贈ろうって決意したんです。やっぱりデパートとかに売ってる「一口四百円」みたいな、「有名シェフが作りました」的なチョコレートだと、つまらないなって。  
 インターネットで検索すれば、いくらでも「殿堂レシピ」みたいなのって手に入りますし。どこのだれが殿堂認定したのかよくわかりませんけどね。
 
 それで、初めて作ったにしては、上手くチョコレートができたんですよ。しかも、チョコレートをただ溶かして固めなおしたようなやつじゃなくて、ブラウニーっていうやつですよ。すごくないですか。さすが「殿堂レシピ」ですよね。誰でもそのレシピ通りに作れば、美味しい料理ができる。本当にすごいですよ。

 彼にチョコレートを渡そうと思って、勇気を振り絞って、もう電話で直接言うしかないって、電話をかけたんです。
 電話って緊張するんですよね。電話しようって思ってから、三十分くらい携帯を見つめたままでしたもん。でも、もう、いよいよ、時間も夜の九時を回りそうだったんで、「えいっ」って感じで発信ボタンを押したんです。何回かコールが鳴ったので、留守電に切り替わっちゃうかなって思った瞬間に、彼が出たんです。
 電話ごしで聞く彼の声って、すっごく素敵なんですよ。夜だったし、手短に用件を言おうと思って、チョコレート渡したいんですけどって、都合の良いときに会えませんかって聞いたんです。そうしたら、彼、何て言ったと思いますか。
「チョコレートは受け、取れません」
ただそれだけだったんです。いつもの少し高くて優しい声じゃなかったんで、わたしはすぐ察しましたね。もうダメだなって。
やっぱり「鉱物をプレゼントしたいです」とかって、言えば良かったんでしょうか…

第2章「花見弁当の男性ひと」につづく

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