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見た目はキモくないのに避けられるおじさんの特徴について考えてみた


「僕だけは大丈夫」
「僕はおじさんじゃない」


なんでやねん。
そういうふうに思ってる人が一番厄介なんだわ。


※心臓の弱いおじさんは、ここで回れ右してください。



おじさんって、何かと叩かれがちじゃないですか。
おじさんは叩いていいしキモいとか言ってもいい風潮。
かわいそうに・・・

色々なおじさんがいます。

(これはポップで可愛いおじさんの図鑑)


清潔感に難あり。
若い女の子に無意識にセクハラ。
会社内でのポジションどりに必死な社内政治おじさん
逆に、自席にただ存在しているだけになっている無気力おじさん
会議やイベントを盛り下げる「俺はわかってる」おじさん

やっぱり、嫌ですよね…
キモいもんはキモい。


しかし、そういったわかりやすい嫌悪感ではない気持ち悪さを感じることがここ数年で何度かあり
今週はその正体についてずっと考えていました。
(ずっと考えるな、そんなこと)

応援しているよ
尊敬しているよ


昔からそう言ってくれて、お仕事も依頼してくれる
おじさんたちがいます。
結構たくさんいます。笑

私の活動を本当に応援してくれて、実際に、本を買ったり周りの人に勧めたりしてくださるし、お仕事もいただいている。

でも…特に開業してから、違和感が増すばかりなのです。

時々連絡が来て、返信したりやりとりするたびに
ザワザワと嫌な気持ちになって
「ああ、やっぱり適当な理由をつけて断ればよかった」
と思ってしまうのです。



気遣うふりをして、自分の要求を通すことだけ考えている


とにかく、お茶しようと言う人。

「あなたのところまで車で片道1時間かかるので
できる打ち合わせはオンラインで、納品は郵送でしたい」

と思うも、訪問前提で、とにかく会う=お茶しようと言われる。
私が1時間かけてそちらに行くことについて、ちゃんとお礼を言ってもらったこともない。

いや、正直さ。好きな人だったら、話したい人だったら、1時間でも何時間でもかけて、お茶するよ。若い人でもおじさんでも。


あまりに突然電話が来ることが続くので

「必要事項はなるべくメールでお願いします」

何度も何度も伝えても
「僕は電話の方が得意なんですよね…」
「話さないと伝わらないこともあるのですが…」と、折れてくれない人。
挙句、母が亡くなる1ヶ月前、それどころではないときに
理由をちゃんと話して「今は新しいお仕事の話も、電話もできない」と伝えても、そのことについての気遣いの言葉ひとつもなく
返ってきた答えは

「いつか話させてください」

だった。
なんだか、体の力が抜けてしまった。

ちなみに、仕事上必要で「今電話大丈夫でしょうか?」と言われて断るほどの電話嫌いでもない。むしろ、嬉しいと思う相手だっている。


だから、行為そのものではなくて
「尊敬、応援している」と言いながらも
こちらのことなど何も考えてくれない姿勢が嫌なんだと思う

なんでここまで、相手のことを見ずに自分都合で話ができるんだろう
この人たち、本当に私のこと、想ってくれてるんだろうか。

本当の意味でアンラーニングする気はない


こういう人たちは、数年越しに会っても、昔話や、同じ話ばかりをする。
別にネガティブな話や愚痴を言うわけじゃない。
自分の専門分野の勉強も、お仕事も、地域活動も、本当にまじめにされていると思う。
外に出たいと言う気持ちもあるんだろう。
だから、業界でも少し浮いている。

でも、そこから変わらない。ずっと。

私はもう、独立して8年経った。
まちのイラスト本を作って自費出版していた大学生のお姉ちゃんでもないし
公務員でもない。
地元を出て、夫の働くまちへ引っ越しもした。

仕事の内容もどんどん変わり、関わる人も増え
まだまだだけど、外に出て学び続けてる。

そんな中、地元を出たことをずっと残念がられたり
昔の話ばかりされることは
「行かないで」と引っ張られているみたいで、苦痛だ。

行かないで、と思うなら、あなたも勇気を出してみればいいのに。
自分の知っている世界の外に出ないのは、プライドだと思う。

人を応援しているフリをして「自分を見て」という気持ちが抑えられない


「あなたを応援している」
「作品をとてもいいと思っている」

は本当だと思う。

でも、こういう人たちにとって、私って

「しゃおりを応援している」
「繋がっている」
「作品を作ってもらった」

が、ステータスなんじゃないか?と思うようになった。
ツーショットをFacebookにあげられたり
「あなたのSNSに載せていいよ!」とやたら言われたりして、思う。

自分をそんな大層なものだと思っているわけじゃない。
でも、


あなたたちが本当に見て欲しいのって
自分なんじゃない?


というのが透けて見える時がある。
そんな人のための仕事は、だんだんできなくなる。

おじさんになって「自分を見て見て!」って言うことなんてできないから、人を応援する。人をほめながら、自分の話を聞いてほめてくれる人を探している。

冒頭の、お茶や電話をやんわり断っても、気づかないふりをして(いや、ほんと気付いてないのか?)なんとか約束を取り付けようとするのも…
もう、話を聞いてくれる人が、周りにいなくなってるんじゃないか。

無理に繋ぎ止めたい、と思う時、相手のことが考えられなくなる。
気づいているんだろうか
その行為、自分のことしか考えていないって。


おじさん。
あなたが敬遠される原因は


プライドと承認欲求。

どんなに隠しても、隠せない。

承認欲求は非常に醜いもので人はそれを本能的に感じ取ります。だから承認欲求から起こる行動はどんなに頑張っても人は認めてくれません。これは人間の本能です。

承認欲求は悪臭がする。だから、人は嫌うのです。

尊敬するなかまこさんのnoteより。ぜひ最後まで読んでください


自分だけはおじさんじゃないと思っている


多分、自分はキモいおじさんではないと思ってる、と思う。

老けてもいないし、太ってもいない。
若い子たちと同じ目線で話せる。
セクハラやパワハラもしない。
会社で権力を振りかざしたりしないし
まじめに身を粉にして働いている。
悪いことなんて何ひとつしていない。
他人の話にわかってる顔もしないでしょう
自分の会社をベストだとも思っていなくて
外の世界に興味もある。

だから、自分は大丈夫だ、って思ってるでしょう。

「自分は大丈夫だ」と思いながら
安全なところから出ることはせず
自分のプライドを捨てることもしない。

それでも、生きていけると思うよ。

「でも、自分を見てほしい」

それは、無理なのよ。

めんどくさい人だ、ってバレるのよ。

私だけじゃない
結構たくさんの人が、気づいてる。
でも「悪い人じゃないから」適度に距離を置く。

おじさんに限らない話だった

ここまで書いて、こういう関係性でモヤモヤした相手って
おじさんばかりじゃないな、と思った。
電話とかお茶とか、上辺の行動が悪いわけでもない。


年齢性別関係ない。
自分は行動足りず、どこかにダイブする勇気もない
でも、ちょっと興味はあって、
しゃおりと繋がってたい。
そういう「自分は動かないけど繋ぎ止める関係性」を作られるのが本当に嫌だ。


人とちゃんと繋がって生きていきたい


承認欲求の正体って、それなんじゃないかと思う。

そう思えば思うほど「繋ぎ止める」なんてことに労力を使ってないで
自分の現状を正しく認め
自分の人生を生きないとダメなのだ。


(ここまで読んでいただき、ありがとうございました!良かったな、共感したなと思ったら、スキ♡やXへのシェアをしてくれると嬉しいです!みにいきます〜!)



おじさんには可愛すぎるかもしれないけど、じぶせかノート、おじさんこそ取り組んでみて欲しいとも思った。


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