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大人になってからの「友達」のはなし

ここ数週間は、人と会う機会が多かった。

会いたい人に会いに行ったり、遊びに来てくれる人がいたり、オンラインでしゃべったり。普段あまり人と関わるタイプではないわたしにとっては、珍しいことだ。

もともと友達が多い方ではなかった。親しい人が数人いれば十分。幼少期からずっとそんな感じだったけど、23歳でいったん人生をリセットした時にLINEも含めあらゆるSNSを消してしまったので、20代中頃は特に人間関係が乏しく、端的に言えば友達は0人だった。

そもそも「友達」の定義が、ずいぶんと狭かったと思う。もっと広く考えたほうが人生が楽しいのかもしれないと、最近は思うようになった。辞書で引いてみても、もっとライトな意味のような気がする。

【友達】
互いに心を許し合って、対等に交わっている人。一緒に遊んだりしゃべったりする親しい人。

デジタル大辞泉より

「大人になってから友達をつくるが難しい」みたいな話もよく聞くが、わたしはむしろ、20代後半以降から友達が増えてきたような気がしてる。

「友達」の定義を自分のなかで広げたということも理由だろうけど、もっとも大きな要因は、わたし自身が自分を偽らなくなったことだろう。過度に人に合わせたり、自分に嘘をついたりしなくなったので、自分と合わない人は自然と離れていき、一緒にいて心地よい人達だけが残っていく。

しかし大人になってからの友達関係で難しいなと思うのは、子どもの頃のように何ともなく「あーそぼ!」と言いづらいことだ。大人になってしまったわたし達は、仕事に家庭にその他諸々に、忙しい人も多い。話したいなと思っても「きっと忙しいよなあ」とか変に気を遣って、なかなか会えなかったりする。

まあ長年の付き合いになってくれば、そんなに頻繁に会わずとも、どれだけ時間が経っても思い立った時に気軽に連絡できる。そういう友達も何人か居て、たいてい彼女達とは1年に1〜2回ぐらいしか会わないのだけど、それでもその関係が続いていると思える。そういう距離感が、わたしは好きだ。

ただ、まだそんなに付き合いが長くない場合で、合うなあとか、好きだなあとか思う人に対しては、なかなか気軽に連絡するのが難しい。友達と言っていいかどうか微妙な、「これからも話せたら嬉しいな」と思うような人たち。

それで、どうしても気軽に誘えないわたしが編み出したのが、「いっしょに何かをすること」だ。大人風に言えば、いっしょに仕事をすること。そうやって「何か」を理由にして関わり続けられるというのが、人間関係が不得手なわたしにとっては救いになっている。

そもそもわたしにとって仕事は「遊び」の延長なので、友達とともに取り組むのが自然なのだと思う。仕事という名の、真剣な遊び。大人だからこそできる遊び。

遊びは、上下関係がないのがいい。辞書にもあった通り、友達は対等な関係。それは年齢も職歴も肩書も関係ない。だって遊びなのだから。

ということで、これからもいっしょに遊んでくれる人達と、楽しく生きられたらいいなと思ってる。たくさん友達がいる必要はないけれど、まだまだきっと出逢えるような気がしてる。遊ぶように何かをしたり、楽しくしゃべったり、くだらない話ができる人達との関係を、大切にしていけたらいいな。


おわり


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