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雲の上で愛を

あらすじ

 雲が大好きな4歳の女の子、空。空の夢は雲の上で雲の王子様と結婚式を挙げる事。夢か、現実か、空はその違いに振り回されながらも夢に辿り着く。辿り着いた先で起こる様々な問題と幸せとは……。

プロローグ

 みなさん、一度は空を見上げて、色々な形の雲を想像したことがあるのではないだろうか。羊にうさぎ、他にもたくさん。真っ白のふわふわの雲。時には黒くなったりもする。この物語はそんな雲の世界を想像した夢の世界である。

新発見

 私は雲田 空(くもた そら)。まだ4歳の女の子。お父さん、お母さんと飼い犬の虹とピクニックに行くのが大好き。お母さんお手製のお弁当と虹のご飯を持って、近所の公園に出かける。
 寒さも去って、暖かくなった春の土曜日。いつものようにピクニックへ出掛けた。桜柄のレジャーシートをひいて、髪をなびかせながらお弁当を食べた。虹は満足げにご飯を食べている。ご飯を食べ終えて一休みしたら、虹とボール遊びをした。虹はボールをくわえて、空の手のひらにポンと落とした。空は、一汗かいて、レジャーシートに寝転んだ。隣には目を瞑ったお母さん。空は目を開けたまま、広くて青い空の景色を見ていた。空はお母さんに聞いた。
「お母さん、あの青い中に浮かぶ白い綿はなに?あっちは羊さんに見えるし、あっちはライオンさんに見える」
お母さんは微笑みながら言った。
「あれは、雲って言うんだよ。色々な形があるから動物にも見えるね。空の中に浮かぶ真っ白な雲。空、あなたの心の中にも、雲があるのよ」
「私の心の中にも雲があるの?じゃあ私の心もあの雲のように綺麗なんだね!」
空は雲を知って、雲と自分が繋がっている気がした。その日から空は、雲が大好きになった。

ソラ雲

 雲に興味を持った空は、雲の絵の文房具や雲の服、ストラップなど沢山の雲に囲まれた。周りの友達には、あまりの雲への愛の強さに馬鹿にされることもあったほどだ。そしてついには、2年生の時に雲のキャラクターを描いた。名前は、
「ソラ雲」
名前からも分かるように、空と雲をかけ合わせた可愛い雲のキャラクターだ。ソラと同じ2年生の女の子。身体は人間と変わらないが、服、帽子、靴等が全て、雲柄の物を身に付けている。ソラ雲は将来、雲の王子様と結ばれて、雲の上で結婚式をしたい、という夢を持っている設定である。そんな雲の上での愛の物語が、空の頭の中で広がっていた。空の頭の中は波瀾万丈な物語でいっぱいだった。

頭の中の物語

 ある日、ソラ雲が庭で遊んでいた時のことである。一週間前の誕生日に買ってもらったトランポリンで、10回跳ぶことを目指して元気よく頑張っていた。ついに、10回目!最後の10回目のジャンプで、足がトランポリンの布を沈ませると、誰かに下から押されたかのように、勢いよく跳ね上がり、そのままソラ雲は空をめがけて飛んでいってしまったのである。そこの世界は……。

雲の上で

 空まで跳んで行ってしまったソラ雲は勢いがだんだんと弱まり、停止して今度は下に落ちていってしまった。すると、ふかふかの何かがソラ雲を受け止めてくれた。ソラ雲はお尻の下に目をやると、まさかの雲が受け止めてくれていたのである。ソラ雲は恐怖感と同時に、嬉しさが込み上げてきた。
「雲だ!大好きな雲だ!え、本当に雲?まさか雲の上に乗れるなんて!」
ソラ雲は昔から雲の上に乗ることが夢だったので、とても喜んだ。しかし、現実に戻ると、ソラ雲は雲の上。地上とは程遠い場所にいて、家に戻ることが出来ないと分かると、涙が溢れた。その涙が流れ落ちて、雲の上に静かに零れ落ちた。すると、涙が触れた雲の場所から徐々に色が変化し、真っ白で綺麗だった雲は真っ黒になってしまったのである。次第にソラ雲が乗っている雲以外の周囲の雲も黒くなっていった。するとなんだか、激しい音が響いてきた。何の音かとソラ雲は雲の隙間から下を覗いてみると、そこには沢山の雨が降っていたのだ。ソラ雲はまさか、まさかとは思ったが、ソラ雲が流した涙が雲に触れて、それが雨となって地上に降り始めてしまったのだ。ソラ雲はとてもショックだった。自分のせいで、大好きな雲が真っ黒になって雨を降らしてしまったと思ったからだ。ソラ雲は泣きながら、黒い雲の上で寝てしまった。
 目を覚ますと、そこには真っ白な雲が。あんなにも真っ黒だったのに。ただ、少し違和感があった。
「雲が見える……?あれ!?さっきまで雲の上にいたはずなのに!」
目を覚ましたソラ雲は自分の部屋のベットの上にいて、窓を通して雲を見ていたのだ。そこでソラ雲は夢だった事に気がついた。だが、とても複雑な気持ちだった。家に帰れた安心感と、夢だった雲の上に乗る事が本当に夢だった事。あたかも本当に起こったかのような現実味のある夢だった。ソラ雲は、次は本当に雲の上に乗れると期待して毎日を過ごした。だが、その日がやってくることはなかった。
 2年後、4年生になったソラ雲はまた雲に乗るために行動を起こした。夢ではトランポリンを跳んだら雲の上に行く事ができた。もしかすると、またトランポリンを跳べば雲の上に行けるかもしれない。そう思ったソラ雲は庭に出て、再び10回トランポリンを跳んだ。すると……またもや10回目のジャンプで雲まで飛んで行く事が出来たのである。ソラ雲は満面の笑みで喜んだ。しかし、雲の上に来たのは嬉しかったが、雲の上でする事が無かった。やっと雲の上に来れたと言うのに、このままでは帰りたくない、と思った。とりあえず自分の部屋を作ってみようと、手の届く範囲で周りの雲をかき集めた。すると、どこからか声が聞こえた。
「おーい、おーい。」
男の子の声だった。ソラ雲は辺りを見渡すが、人の姿はない。すると、ポンッ!と雲の中から男の子の顔が飛び出してきた。ソラ雲は驚くあまり固まってしまった。男の子ではあるが、その姿は人間ではなかった。顔、身体、髪の毛まで全てが雲でできている。
「く、く、雲人間!?」
ソラ雲は自分の目を疑った。何度も目をこすって確認しても男の子の姿は消えなかった。
「よーーーーいしょっと」
男の子は雲の中から身体全体を現した。身体までも雲であったので、足は雲そのもの。男の子は雲の上に乗っているような状態で、足をつくことはなく、ふわふわと浮いていた。
「君はどこから来た、誰なんだい?」
男の子はソラ雲に聞いた。ソラ雲は震えた声で、
「わ、わ、私は、雲の下の地上から来た、ソソ、ソラ雲って言います」
と言った。すると男の子は言った。
「僕はクラウドランドのクラウディだ。よろしく。って、え!まさか君は地上から来たのか!?ここにどうやって来たんだ?」
ソラ雲は右手を強く握りしめて答えた。
「私はそ、その、トランポリンを跳んだら……」
クラウディは焦るように言った。
「ト、トランポリン!?ちょっとよくわからないけど早く地上に帰らないと!」
ソラ雲は悲しい顔をして聞いた。
「もう少し雲の上にいてはだめですか?」
するとクラウディは険しい顔をしてこう言った。
「いいか、よく聞いて。今は晴れていて、雲の上も平和に思えるかもしれないが、もうすぐ台風がやってくる。クラウドランドは僕の家族が繋がった構造になっているんだけれど、台風が来ると強い風で家族がバラバラになってクラウドランドが壊れてしまうんだ。そうなると、君も地上に帰れたとしても、元の自分の家には帰れないかもしれない。なぜなら、雲はどこまで飛ばされるか分からないから。もしかすると、ブラジルまで行ってしまうかもしれない。そうなったら君は一生家族に会えなくなるかもしれないんだ」
ソラ雲は信じられなかった。
「そ、そんな……」
「でも、今すぐ地上に帰るにはどうしたらいいの?」
クラウディは目を大きくして答えた。
「地上に帰る方法は一つしかない。それは、僕の兄さんを探すことだ。クラウドランドには唯一地上へ行くことが出来る階段があるんだ。その階段を持っているのは僕の兄さんだけなんだ。僕も飛ぶことが出来るから地上へは行けるんだけど、階段を通らない雲人間は、地上に行くと溶けてしまうんだ。しかも僕は今、台風調査のためにクラウドランドを離れていて、兄さんの居場所が分からなくなってしまったんだ。クラウドランドは君から見て右手の方向にあるんだけど、雲は動き続けているから微妙に場所が変わってしまうんだ。でも僕もこれからクラウドランドに帰るところだから、一緒に探しに行こう!台風は1週間後に来る。だからそれまでに兄さんを探して、君は地上に帰るんだ!」
ソラ雲はよく分からなかったが、早くお兄さんを探さなくてはならない、とクラウディと共にお兄さんを探すことに決めた。だが、そこで一つ問題があった。クラウディは雲だから空を飛ぶことが出来るが、ソラ雲は飛ぶことが出来ない。急がなくてはいけないと分かっているが、雲から雲への移動は危険なものだった。一歩間違えれば、地上へ落下してしまう。クラウディは迷った末に、ソラ雲を抱きかかえて自分の雲の上に乗せて飛ぶことにした。ソラ雲は心臓をバクバクさせながら微笑んだ。前から強い風を感じながら、1日でクラウドランドまでの半分の距離を進むことが出来た。あっという間に日は落ちて、近くの雲の上で夜を過ごした。
「グゥーーーー」
ソラ雲のお腹がうなった。
「お腹が空いているんだね」
クラウディはそう言って、何かを作り始めてくれた。そういえば、ソラ雲は雲の上に来てから何も食べていなかった。そもそも雲の上に食べるものがあるのか、と不思議に思いながらご飯を待っていた。するとクラウディは笑顔で私にご飯を渡してくれた。
「はいっ!どうぞ!クラウディ特性くもにぎりだよ!」
それは、雲をおにぎりの形にして塩が振られている物だった。ソラ雲は引きつった顔でくもにぎりを受け取った。
「あ、ありがとう。雲って食べられるんだね。でもこの塩はどこから?」
クラウディは答えた。
「雲ってすっごく美味しいんだよ!塩はね、兄さんが地上から調達してきてくれたんだ。さっき地上への階段の話をしただろう?」
ソラ雲はうなずいて、くもにぎりを口に入れた。口に入れた瞬間驚いた。まるで綿あめかのように口どけが良かった。しかし味は、ほとんど無味で塩の味しかしなかった。少し湿っていて、食べ物と飲み物の両方を満たしたようなおにぎりだった。水分補給にはなったが、お腹は全く満たされなかった。それに対してクラウディは弾けた笑顔で幸せそうにくもにぎりを頬張っていた。育つ環境が違うと食べるものや好みも変わるんだ、とソラ雲は実感した。
 雲の上で一夜を過ごし、朝になった。再びクラウディに乗ってお兄さん探しを始めた。すると、なんだか雲が黒くなってきた。ソラ雲は嫌な予感がした。
「クラウディ、雲が黒くなってきたよ。雨が降るんじゃない?」
ソラ雲がクラウディにそう声をかけると、クラウディはスピードを上げて答えた。
「そうだね。もうすぐ雨と雷が落ちる。特に雷はとても危ない。だから雨が降ってくる前にできるだけ前に進もう」
それから30分飛び続けると、ソラ雲の腕に1粒の水滴が。
「クラウディ、雨が降ってきた!」
ソラ雲の掛け声でクラウディは近くの雲の上で停止した。するとクラウディはポケットからマントのような物を取り出し、2人をマントで覆った。
「クラウディ、このマントは何?」
ソラ雲が尋ねると、
「このマントは雨からも、雷からも身を守れるマントなんだ。雷なんて日常茶飯事だからね。こんな道具1つでもないと僕たちは生きていくことが出来ないんだ。このマントがあるから安心してね、ソラ雲」
と低い声でクラウディは言った。ソラ雲はクラウディの頼もしさに目を輝かせた。1時間ほど飛び続けたところで問題は起きた。
「ドンッ!ビリビリッ」
「えっ……クラウディ?」
ソラ雲は心臓が止まったかのように頭が真っ白になった。信じられないことに、クラウディの腕が雷に打たれてしまったのである。マントは一人分の大きさで作られていたため、クラウディはソラ雲が怪我をしないようにと、自分の腕を犠牲にしてソラ雲の身体全てを覆ってくれていたのである。クラウディは急降下し、近くの雲の上に落下した。
「クラウディ、クラウディ?ねえ、大丈夫?クラウディ……」
ソラ雲は涙目でクラウディの名を叫んだ。クラウディは腕を押さえながら微笑んだ。
「大丈夫だよ、ソラ雲。僕は全然大丈夫だから、君は先に一人で進むんだ」
ソラ雲は涙が止まらなかった。
「嫌だよ。クラウディと一緒に2人でお兄さんを見つけるんだから。しかも私、1人じゃ見つけられないよ」
ソラ雲は自分に出来る事は無いかと必死に考えた。しかし人間とは違って、クラウディの身体は雲でできている。だから何をしたら治るのかも分からなかった。ソラ雲はクラウディに尋ねた。
「腕を治すにはどうしたらいいの?マントみたいにポケットに何か入っていないの?」
するとクラウディは左のポケットを私に近づけた。ソラ雲がポケットに手を入れると、ビンのような物が出てきた。
「これに、僕の腕の雷の電気を吸い取って欲しいんだ。そうすれば、僕の腕の痛みは和らぐ」
クラウディは残っている力を振り絞ってソラ雲に説明した。
ソラ雲はうなずいてクラウディの腕の電気を吸い取り始めた。するとクラウディは大きな声で叫んだ。電気を吸い取ることは、身体への負担が大きく、痛みが伴うようだ。ソラ雲は息が止まりそうなくらい苦しかったが、必死に電気を吸い取った。電気を吸い終えると、クラウディは笑顔で、
「ありがとう」
と言った。
ソラ雲はつい、クラウディを抱きしめてしまった。
「クラウディが死んじゃったら私、悲しいどころじゃないんだから!もう絶対無茶はしないで!本当に良かった」
クラウディはソラ雲の背中をさすりながら眠ってしまった。
 1日後、クラウディが目覚めると、黒い雲は一つもなく、真っ白な雲で埋め尽くされていた。
「起きた?体は大丈夫?雨も雷も収まったみたいだよ。もう少し休んでから行こう」
ソラ雲はクラウディの目を見てそう言った。ソラ雲は地上にも帰りたかったが、クラウディを危険な目に遭わせてまで頑張るべきなのか、自問自答していた。地上と空。近いようで遠いこの2つは、こんなにも生きる環境が異なっていて、空はこんなにも危険なんだ、と心が苦しかった。 もう何も危険なことは起こらないだろうと安心していた時だった。前方からうなり声が聞こえてきた。
「グオオオオオオーーーー」
恐る恐る顔を上げてみると、そこには恐竜の形をした雲が現れたのである。
「キャー―――――!」
ソラ雲は思わず叫んでしまった。
「大丈夫だソラ雲。僕には倒す方法がある。ただ、アイツが近づいてくると大きく揺れるからしっかりつかまっていろよ!」
クラウディはそう言って、恐竜の口から吐き出される強風をぎりぎりでかわした。だが、恐竜を倒さない限りこの危険から逃れることは出来ない。すると、クラウディは何かを思い出したかのようにポケットに手を入れた。取り出したのはさっき腕から吸い取った電気が入ったビンだった。クラウディはそれを恐竜に向けて投げつけた。すると恐竜は、体中に電気が広がり、一瞬にして爆発した。クラウディもソラ雲も肩を落とした。少しも気を抜くことが出来ないこの状況に、2人は疲れ果てていた。
「あの恐竜は……何だったの?」
ソラ雲は幻でも見たかのように、クラウディに尋ねた。
「あれはね、ただの偶然なんだ。強い風が吹いたりすると、近くにある雲同士がくっついたり、離れたりして様々な形を作りあげてしまうんだ。それがさっきみたいに恐竜とか、動物とかになると、なぜか魂が宿って襲ってくるようになったんだ」
「クラウディがいてくれてよかった。私一人だったら今頃……」
ソラ雲は少し弱気になっていた。
 再びお兄さんを探しに飛び始めたが、飛びながらソラ雲はクラウディにこう伝えた。
「クラウディ、本当にありがとう。でも、クラウディを危険な目に遭わせてまで私、地上に帰りたくないよ。だから、もういいよ」
クラウディは少し黙り込んでから答えた。
「僕だって、ソラ雲に辛い思いをさせたくないんだ。僕もクラウドランドに帰るのだから、諦めるよりも必死に兄さんを探そう」
クラウディの覚悟は揺るがなかった。ソラ雲はうなずいて、自分も頑張ろう、と覚悟を決めた。その後も、度々雨や強風、雷に襲われながらも2人は一つになって立ち向かった。すると、何やら見たことのない形の雲が見えてきた。
「あれがクラウドランドだ!ソラ雲、もうすぐ着くぞ!」
ソラ雲は疲れ切った声で
「やったあ、、あと少しだ、、」
と答えた。クラウドランドに到着すると、そこには雲とは思えないほど立派で大きな雲のお城があった。
「ここは父さんのお城なんだ。だから兄さんは地上への階段を持てるんだ。まあ、僕には何もないんだけどね。だから台風調査さ」
すっきりとした顔をしてクラウディは言った。
あまりの豪邸に、ソラ雲は疲れも吹っ切れたかのようにお城の周りを走り始めた。
「えー!すごい、すごすぎる!これはまるで芸術だね、雲でお城をつくれるなんて!」
「そんなに喜んでくれてうれしいよ。それよりソラ雲、兄さんを探さないと。明日には台風が来るよ」
「そうだね、急がないと」
「兄さんの部屋はこっちだ」
「コンコンッ」
クラウディのお兄さんの部屋をノックすると、雲の扉が開いた。
「失礼します」
2人は声を合わせて中に入ると、そこにはとても身長の高いクラウディのお兄さんがいた。
「兄さん、紹介するよ。こちらは人間界のソラ雲ちゃん」
クラウディがソラ雲を紹介すると、ソラ雲は震えた声で
「よ、よろしくお願いします」
と言った。
するととてもやさしい声でクラウディのお兄さんは言った。
「よろしくね、ソラ雲さん。私はクラウディの兄、クラウドです。今日は、何の用かな?」
クラウディは食い気味で答えた。
「明日、台風が来るだろ?その前にソラ雲を地上に返さないといけないんだ。だから、階段を貸してほしいんだ。頼む」
クラウドは急に怖い顔をして言った。
「そうか。階段を貸すのは問題ないが……。よく聞いてくれ、ソラ雲さん。階段で地上に戻るということは、二度とこの世界には戻って来れないことになる。それでもいいかね?」
ソラ雲は考え込んだ。地上には帰りたい。でも、クラウディが危険な目に遭ってまでここに連れてきてくれた。二度とここに戻って来れないということは、二度とクラウディに会うことが出来ない。ソラ雲はすぐに決断することは出来なかった。そんな時、クラウディが言った。
「ソラ雲は地上に戻るんだ。僕はずっと上から君を見守っているから。いつかまた君と必ず会える。僕はそう思うよ」
ソラ雲は納得出来なかったが、クラウディの気持ちを尊重することにした。だが一つ、ソラ雲はお願いをした。
「私、必ず地上に戻りますから、一つだけお願いしてもいいですか?実は私、雲の上で結婚式を挙げることが夢なんです。まだまだ結婚式を挙げる年齢でもないですが、どうか、クラウディ君とここで結婚式を挙げさせてください!お願いします!」
クラウドは下を向いて悩んでいたが、
「うん、いいだろう。台風が来る前に急ぐよ」
と快く許可してくれた。クラウディも驚いた顔をしていたが、一緒に結婚式の準備をしてくれた。時間がない中での結婚式なので、簡単なセッティングだが、式場が出来上がるにつれてソラ雲はわくわくしてきた。突然の結婚式で、参加者はクラウドだけだったが、夢だった雲の上での結婚式を行うことが出来た。仮だけれど、クラウディとソラ雲は、雲の上で愛を誓った。ソラ雲にとっても、クラウディにとっても幸せな時間であった。すると、辺りは暗くなり、次第に雲が黒くなってきた。クラウドは叫んだ。
「台風が迫ってきているぞ!ソラ雲さんは急いで地上へ戻る準備をして!」
ソラ雲はすぐに準備を終えて、クラウドは階段を設置し始めた。ソラ雲はクラウディに感謝の気持ちを伝えた。
「クラウディ、本当にありがとう。私が勝手にこの世界に来てしまったから、危険な目に遭わせて本当にごめんね。クラウディの頼もしさと優しさが本当にかっこよくて、大好きだよ」
ソラ雲は涙をこらえることが出来なかった。するとクラウディは言った。
「ソラ雲、泣くなよ。僕の方こそ、本当にありがとう。君と出会えて、様々な感情に出会えた。僕はこの世界に孤独を感じていたけど、君がいると思うだけで寂しくないよ。絶対にまた、必ず会えるからね。会おうね。またね。ほら、台風が来る前に早く行って」
ソラ雲はクラウディを抱きしめて最後に気持ちを伝えた。
「絶対会うからね。危険な世界だと思うけど、台風になんか負けないでね。クラウディ、またね」
ソラ雲はクラウディから離れると、振り返ることなく走って階段を下りて行った。
「走ったら危険だから気を付けるんだよーー!」
最後にクラウドが叫んだ。その瞬間にクラウディは泣き崩れてしまった。
「僕の初めての友達……。いや、初めて愛した人。僕、絶対にまた会いに行くから」
「クラウディ、頑張ったな。お前なら絶対にまた会えるよ」
クラウドはクラウディの背中をさすった。気がつけば辺りの雲は全て真っ黒になっていた。その後も目の前の危機に立ち向かうクラウドランドであった。

夢物語

 果てしなく長い階段を下りていたたソラ雲は、我が家を見つけて安心した。しかし、あと少しという最後の一段で、つまずいて転んでしまった。目を覚ますと、ソラ雲は自分のベッドの上にいた。
「真っ白い雲……。あれ?雲を見ている……。え、まさか、まさか、また夢だったの!?」
ソラ雲は今度こそ信じられなかった。
「あり得ない。そんなはずがない。私は確かに覚えている。クラウディとクラウドと……。クラウドランド。雲人間。私、おかしくなっちゃったのかな」
雲の上での出来事は現実のように感じていたけれど、雲人間なんているはずがない、と冷静になった空は夢だったと自分に言い聞かせた。しかし、忘れたくない、大切にしたい夢だったため、空は起きたことをノートに残しておくことにした。
 こうして空は、ソラ雲を自分に重ね合わせて、夢を通して雲の上での愛の物語を作り上げたのである。

おばあちゃん


 空は、作った雲の上での愛の物語をお母さんや友達に話した。しかし、誰一人まともに受け入れてくれなかった。
「本当に夢でしかあり得ない物語だね」
「子どもっぽいね」
「絶対雲の王子様なんていないよね」
空は沢山否定されて、馬鹿にされている気持ちになった。とてもショックだった。しかし、一人だけ共感してくれた人がいた。それは、空のおばあちゃんである。私の作った物語を聞いておばあちゃんはこう言った。
「空、あなたはすごいわね。こんなにも現実味のある夢を見ることが出来たのだから。おばあちゃんが子どもの頃ね、海の王子様と出会う夢を見たことがあるの。だけど、空みたいにはっきりとしていなくて、おばあちゃんは夢だった、と納得してしまったの。でも、空は本当に現実に起こったのかもしれないわね。だってこんなにも細かいところまで物語が続いているんだもの」
空はとても嬉しかった。まるで空が見た夢を、おばあちゃんも一緒に見てくれていたかのように感じられたから。おばあちゃんは話を続けた。
「空の夢が本当に夢だったのかは、大きくなったら分かるよ。実際におばあちゃんは、おじいちゃんと海で出会ったのだから。おばあちゃんにとって海の王子様はおじいちゃんだったの。何があるかは、まだわからないのよ。フフッ」
空はおばあちゃんだけでも理解してくれて自分の記憶に自信を持つことが出来た。他の人が分かってくれなくても、自分だけは必ず信じ続けようと空は決めた。

再開


 空は幼い頃から雲に興味を持っていたため、雲について沢山の勉強をしていた。中学・高校では理系に力を入れ、高校卒業後は気象の専門学校に通い、気象予報士になった。毎日雲に関わる仕事をし、忙しない毎日であったが、雲を嫌いになることは一度もなかった。
 久しぶりに年末年始に実家に帰った。相変わらず空の部屋は雲だらけ。懐かしいと思いながら、雲の上での愛の物語について書いたノートを見つけた。それを読みながら、きっかけであるトランポリンを見に行きたくなった。急いで庭に向かうとそこにトランポリンはなく、芝生が広がっていた。
「お母さん、庭にあったトランポリンはー?」
空がお母さんに尋ねると、
「あーあのトランポリンねーもう使わないからリサイクルショップに出してしまったわよ」
とお母さんは言った。
空はとてもショックだった。お母さんはトランポリンが空にとってどれだけ大切であったか知らなかったが、まさかリサイクルショップに出しているとは思わなかった。
「お母さん、トランポリンいつぐらいに出した?」
期待を込めて尋ねてみると、
「うーん、たしか1週間くらい前だったかな」
お母さんは不思議そうに答えた。空はもしかしたらまだトランポリンがあるかもしれないと思い、近くのリサイクルショップに駆け込んだ。するとそこには、かつて空が使っていたトランポリンが、店の入り口に置いてあった。まるで空を探していたかのように。再び家の庭にトランポリンを置こう、と決めた空はリサイクルショップの店員さんに声をかけた。すると空は、足を止めて持っていたカバンを落としてしまった。空が見たその店員さんは、あの時雲の上で会った、クラウディにそっくりだったのだ。店員さんは空を不思議そうに見つめた。空はつい言葉にして泣いてしまった。
「ク、クラウディ。生きてたのね。ズズッズズッ」
それを聞いた店員さんは、
「も、もしかしてソラ雲なのか?」
あの時と同じ、目を大きくして空に尋ねた。空がうなずくと、2人は抱き合い、泣きながら笑い合った。
「でもどうしてクラウディがここにいるの?地上に来たら溶けてしまうんじゃ……」
空が不思議そうに聞くと、クラウディはこう答えた。
「実は、どうしてもソラ雲に会いたくて、兄さんに地上への階段を譲ってもらったんだ。でも、ソラ雲に合うためには人間にならないといけないと思って、階段を下りたら人間になれるように、僕が新しく開発したんだ!でもやっと会えた。この店で10年間待ち続けたんだ。ソラ雲がどこにいるかも分からなくて、唯一雇ってもらえたこの店で」
空は驚きと嬉しさでもう一度クラウディを抱きしめた。だが、空には一つ疑問があった。それは雲の上でクラウディに会うことが出来たのは、現実ではなくて夢だったはず、ということ。
「クラウディ、私ね、クラウディと会ったこと、夢だったはずなの。でもこうして現実で物語が続いていた。これって一体どういうことなんだろう?」
空はクラウディに事実を話した。すると笑いながらクラウディは言った。
「あーそのことね。ごめん!実は、雲人間が実在するということは地上に住んでいる人間に知られてはいけないんだ。だから現実ではなかったと思わせるために、僕がソラ雲の事実を夢にすり替えてしまったんだ。ごめんね」
空は鼻で笑って言った。
「なーんだ、そういうことだったのかー。でもどうして今は地上にいられるの?」
するとクラウディは少し恥ずかしそうにして言った。
「実はね……僕が兄さんから地上への階段を譲ってもらう代わりに、次期クラウドランドの王様になる兄さんの役職も僕が引き受けないとならなくなったんだ。だから今は、僕がクラウドランドの王様……。だから地上に来て、ソラ雲に会おうが僕の自由ってわけさ!」
空は目を真ん丸にした。
「えっ、王様!?待って待ってクラウディ王様なの!じゃあ私そんな、王様と会っていたら雲人間の皆さんから怒られちゃう」
空が慌てていると、クラウディは空の頭の上に手を置いて、
「大丈夫、みんなには未来のお嫁さんを迎えに行く、と言ってあるから」
と言った。
「えーーーーーーーーーーー!わわ私がお嫁さんんんん!?」
空は驚くあまり白目になって倒れてしまった。
「大丈夫か!?ソラ雲!」
クラウディは慌てて空の身体を起こした。
「だ、大丈夫……じゃない!え、どうするの、そんな、人間と雲人間の結婚なんて、どうやってするの!?」
空はパニック状態だったがクラウディは落ち着いていた。
「大丈夫、人間界では雲人間が認められないと思うけど、雲人間界ではいつも上から人間を見ていたから、公認だよ!だからまた雲の上で結婚式を、今度は現実で行おう!」
空はずっと信じられないままであったが、結婚式の準備をするうちに実感が湧いてきた。小さい頃から夢だった、雲の上での結婚式を行えることに、嬉しさと幸せを感じた。

雲の上で愛を


 空は雲の王子様と雲の上で結婚式を挙げる、という夢を果たしたのだ。結婚式当日、さすがに家族には噓がつけなかったため、空のおじいちゃん、おばあちゃん、両親そして全雲人間が出席した。雲のバージンロードを父と歩き、クラウディへとバトンが渡された。雲の上で愛を誓い、雲の上で誓いのキスをした。二人は人間と雲人間という結ばれることのない糸を固く結んだのである。家族写真を撮るとき、おばあちゃんは空の隣に来て言った。
「空の夢は、ちゃんと現実たっだわね。おばあちゃん本当に嬉しい。きっと空が自分のことを信じ続けることが出来たからだね。本当に、おめでとう」
空はうなずいて、
「ありがとう」
と言った。そしてお互いに目を合わせて微笑んだ。結婚式に参加した全ての人が、クラウディと空の結婚を祝った。そして2人は、雲の上で永遠の愛を誓ったのである。

雲の上での生活


 空は、人間界を理解してくれる雲人間界で、クラウディと一緒に暮らすことにした。雲の上での暮らしは、クラウディが王様であることもあり、クラウドランドの大きなお城に住んでいる。小さい頃からの夢である雲の上で、毎日を過ごすことが出来るなんて、今でも夢のようであった。台風や雷等の危険な時は、雲人間全員で地上の私の実家に避難している。雲での生活の利点は、色々な国にクラウディの力で無料で行けてしまうことだ。空の食料は地上の物でないと喉を通らないため、食料の分だけ地上でのアルバイトで稼ぎ、調達している。
 結婚してから2年後には長女が、そこからまた2年後には長男が誕生した。雲人間と人間の子どもであるから、子どもたちは雲人間にも人間にもなれる特殊な身体になった。2人が小学生になってからは、平日は実家で面倒を見てもらい、地上の小学校に通っている。休日や長期休みには、クラウドランドに来て飛び回ったりして遊んでいる。雲で自由に遊具をつくれるため、滑り台にブランコ、雲のトランポリン……。雲の上での生活の方が、子どもたちは楽しいようだ。

一大事

 幸せな暮らしをしていた矢先、クラウドランドには危機が訪れていた。結婚式を挙げてから、地上に行きたい、という雲人間が増えてしまったのだ。クラウディは、自分だけが地上に行けるのもおかしいと思い、開発した人間になれる薬を誰でも使えるように配布した。ただし、地上に行く時は、絶対に雲人間の姿を人間に見られてはいけない、という条件で。しかし、そう上手くはいかなかった。薬を利用した約半数の雲人間が、誤って地上で雲人間の姿で動き回ってしまったのである。今までずっと雲人間として生きてきたのだから、無理もない。そんなこともあり、人間界では、
「雲人間が出現!?」
と、テレビや新聞、SNSで拡散されてしまったのである。最も恐れていた事態が起きてしまった。クラウディは薬の使用を禁止し、回収した。そして、地上にいる雲人間は全員クラウドランドに戻るように指示した。
 すぐにクラウドランド一族の会議が行われた。
「このままでは、クラウドランドが破壊されてしまう。人間の力といったら恐るべきもので、きっとあっという間にこのクラウドランドに辿り着いてしまう。何か方法はないか……」
そう言って頭を抱えたクラウディ。すると、空が声を上げた。
「台風を起こすしか無い」
みんなはその言葉を聞いて恐ろしい顔をした。
「そんなことをしたら、この世界も危険にさらされるし、何より、君の家族が住んでいる所にも危険が及ぶんだぞ!?」
クラウディは珍しく大きな声で空に強くあたった。しかし、空の目は、覚悟を決めている様子だった。クラウディは、その様子を見て、
「わかった。じゃあ台風を起こそう。台風を起こす前に、クラウドランドを宇宙まで避難させるのだ。ただ、どうやって台風を起こすかだ」
空は言った。
「私に考えがある。私がこの世界に来た時、涙を流して雲に触れた瞬間、地上に雨が降り始めたの。だから、このクラウドランドの全員が涙を流せば、大雨になって台風が起きるんじゃないかな」
「本当にそれで上手くいくかな」
クラウディは不安げな顔をした。
「でも他に方法が無いんじゃないか、クラウディ」
クラウドが空の意見をフォローしてくれた。
「そうだね。じゃあまずはクラウドランドを避難させよう。クラウドと子どもたちは、一緒に避難してくれ」
 こうして、クラウドランドの大移動が始まったのである。クラウドランドの避難を終えると、全員が一斉に泣き始めた。雲人間だから、泣くことは容易いことだった。すると、ゆっくりと雨は降り始め、涙が一つにまとまるように、台風の渦がでし始めた。雲人間界にも強風が吹き始め、危険に晒された。それでも、我が世界を守るために、全員が必死に食らいついて涙を流した。台風が最大の域に達した。その瞬間、地上から大きな叫び声が聞こえてきた。空は心苦しかったが、みんなでクラウドランドの方へ避難した。
「おじいちゃん、おばあちゃん、お母さん、お父さん、どうか無事であって。どうか、どうか」
やはり、空はとても心配だった。それでも自分の家族を守りたかった。雲の上の世界を、守りたかった。
 次の日、あっという間に台風は過ぎ去った。空は急いで地上へと向かった。そこは震災が起きたかのようにたくさんの家が壊れ、水浸しになっていた。空は、地上に来て初めて、自分が犯してしまった事態に気がついた。
 実家に戻ると、実家は崩れていた。空は腰を抜かして号泣した。
「おじいちゃん、おばあちゃん、お父さん、お母さん!どこへ行ったの。帰ってきて」
すると、後ろからクラウディがやって来て、空の肩に手を置いた。すると、何やらガサガサと音がした。なんと、庭の地面の中から家族全員が出て来たのである。
「あー怖かったわね。この穴があって良かったわー」
家族は口々にそう言った。
「え?おじいちゃん、おばあちゃん、お父さん、お母さん?生きててくれたの!?」
空は驚いた顔をして尋ねた。
「実はね、ご先祖様が戦争の時の防空壕をとっておいてくれたの。しばらくは土に埋まっていたんだけれど、空が雲の上の世界に行くと分かってから、こんな事もあろうかと防空壕を復活させておいたのよ」
おばあちゃんは笑顔でそう言った。家族は誰一人空を責めることなく、笑顔で空の前に立っていた。空は、家族全員を抱きしめた。
「本当にごめんね。みんなを危険な目に遭わせて。みんな、ありがとう」
「空も家族を守りたかったんだろう?その気持ちに嘘は無いのだから、そんなに謝るな。こうしてじいちゃんたちも生きている。そんなに自分を責めないで胸を張って生きるんだ」
おじいちゃんはそう言って、空の背中をポンッと叩いた。空はさらに涙が溢れて来た。すると、太陽が空達を照らし、そこには太陽を囲むように、丸い虹がかかった。
「見て!珍しい形の虹だよ!きっと僕たちを色付かせてくれているんだ!」
クラウディがそう言うと、みんなは空を見上げて笑顔になった。その虹はまるで、雲の世界も、地上の世界も、境界線はなく、繋がることで幸せになれる、と示しているようであった。
 地上でのニュースは、
「台風は雲人間によるもの。人間への挑発だ。しかし丸い虹がかかった。これは雲人間を襲うべきではないことを伝えているのかもしれない」
というものになっていた。
雲人間による仕業だとバレてしまったが、今後お互いに襲うことはなく、平和な世界が広がっていった。しかし、地上の環境は悲惨なものとなってしまった。空は何か出来ないか、と何度も地上に足を運び、復興支援を行った。実家が農業をやっていたため、あらかじめ収穫していたお米や野菜を使ってカレーやシチューなど様々な料理を作って無料で近所の人々に配り歩いた。配り歩いた先の人々は、口々に、
「ありがとう、ありがとう」
と言ってくれた。空は、何もしていないこんなに優しい人々を危険に晒してしまった、取り返しのつかない事をしてしまった、と反省した。空の支援は微力なものだったが、人間の力は偉大なもので、2年も経てば、あっという間に元に戻ったように回復した。空は一安心した。でももう二度と、台風を起こして人間を危険に晒すような事は絶対にしない、と心に決めた。

子ども達

 台風事件は解決したものの、それ以来、人間による雲人間への差別的目線が強くなった。子ども達もあっという間に大人になり、人間界での生活も充実していた。
 長女の名前は星子。星子は恋をする年頃になった。しかし、星子は大きな悩みを抱えていた。星子は地上の学校に通っていたから、出会いも地上で相手は人間だった。星子も人間の姿になる事が出来るから良いものの、ずっと雲人間を隠すことも出来ない。だからと言って、簡単に言えることでも無い。雲人間と伝えたら、怖がられるかもしれない、嫌われるかもしれない。せっかく作りあげてきた思い出と愛を、一瞬にして失いたくなかった。星子は、お母さんに相談することにした。
「お母さん、私、好きな人ができたの。付き合い始めたんだけど、相手は人間で、私が雲人間ってことはまだ伝えていないの。私、恋は諦めなきゃいけないかな?」
するとお母さんは笑顔でこう言った。
「諦めることはないよ。お母さんも、私が雲人間と結婚したことは家族以外には伝えていないの。でも、これから結婚したいと思う相手なら、怖いかもしれないけど伝えた方がいいと思うよ。それで怖がられたり嫌われたりしたら、その人はその程度だったってこと。あなたにはもっといい人が現れるわ」
星子は納得した顔をして、
「そうだね。私、自分を理解してくれる人と結婚したい!」
そして星子は翌日、彼氏に雲人間について話すことにした。
「じ、実は私、隠してたことがあるの。驚くと思うけど、ちゃんと聞いて欲しい。実は私、人間でもあるけれど、雲人間でもあるの」
彼氏は目と口を開けたまま固まっていた。口を動かすとこう言った。
「え、どういうこと?雲人間なの?噂には聞いていたけど、まさか、君が⁈そうか……」
やはりすぐには信じてくれなかった。星子は言った。
「やっぱそうなるよね。うん、大丈夫。私はそうなると思ってたから、申し訳ないけど、別れよう」
星子は立ち上がり、その場を去ろうとした。その瞬間、彼氏は星子腕をとり、引き止めた。
「待って、星子。ごめん、まだ頭が整理出来ていなくて。でも、僕は君を手放したく無い。君がどんな人でも、雲人間でも、僕は一緒にいたい」
星子は、振り返らずに涙を流した。人間界で雲人間の差別的目線がある中で、結婚など出来るはずがない。それでも、彼は星子を手放さない、と言ってくれた。星子は彼を大切にしよう、そう誓った。
 対して長男。長男の名前は晴夫。
晴夫は、星子とは対照的で、自分が雲人間であることを友達に言いふらしていた。それが原因で、次々と晴夫から友達が離れて行ってしまった。最初は気にしていなかった晴夫だが、次第に孤独を感じるようになり、人間界で過ごすことに抵抗を感じるようになった。そして、雲の世界にこもりがちになった。晴夫はあまりにもクラウドランドの自分の部屋でずっとこもっているため、心配したクラウディは声をかけた。
「晴夫、お前人間界には行かないのか?ずっと雲の世界にいて、今後はどうするんだ?父さん達がいなくなったら一人で頑張らないといけないんだぞ。雲の世界にいてはいけないこともないが、この先のことを考えた方がいいぞ」
それに対して晴夫は激怒した。
「わかってるよそんなの!でも僕には頼れる友達さえいないんだ!放っておいてくれよ」
クラウディは少し下を向いて、晴夫の肩に手を置いてその場を去った。どうせ自分の気持ちなんで分かってもらえないんだ、と腹を立てながらも父の言葉を思い返した晴夫。そろそろ自分の今後の人生について考えなくてはならないのだと実感した。久しぶりに部屋を出て、気晴らしにクラウドランドをブラブラと歩いていると、人間界とは違ってみんな晴夫に話しかけてくれた。晴夫はそれがとても嬉しくて、心が癒された。雲の世界は居心地が良かった。そこで、あるアイデアを思いついた。
「人間界がだめなら、雲の世界で生きていけばいいじゃないか。みんな人間界にばかりこだわって、僕の人生を狭めていただけだ。僕の人生は僕が決める」
そう考えた晴夫は、幼い頃によく遊んでいた雲公園へ向かった。そこには、幼い頃から雲の世界で仲良くしていた雨がいた。晴夫は雨に声をかけてみた。すると、雨は弾けるような笑顔で、
「晴くーん!久しぶり!会いたかったー!」
と言ってくれた。晴夫は嬉しくて、自然と笑顔になっていた。
 公園のベンチに座って、晴夫と雨はしばらく話した。雨は育った環境も同じという事もあり、晴夫の気持ちを理解してくれて、会話が弾んだ。次第に2人は定期的に会うようになり、お互いにかけがえのない存在となっていた。晴夫は意を決して気持ちを伝えることにした。雨は、言葉を詰まらせながらも、快く受け入れてくれた。晴夫は今まで感じたことのない幸せを感じ、
「よっしゃーー!!」
と叫んで、人生最大のジャンプをして喜んだ。2人はそれから2年間付き合って、結婚する運びとなった。そして、未だに関係にヒビが入っていた晴夫のお父さんに渋々報告することにした。
 お父さんの部屋に入ると、お父さんは腕を組んで険しい顔をしてソファに座っていた。晴夫は恐怖と戦いながら、震えた声で言った。
「父さん、僕は雨ちゃんと結婚することにしたよ。僕は雲の世界で生きていく。そう決めたんだ」
するとお父さんは沈黙した後に微笑んで、
「そうか、お前が決めたことなら喜んで尊重するよ。おめでとう」
と、少し寂しげに言った。お父さんと晴夫はお互いに笑い合い、幸せな空気に包まれた。2人の間にできた壁も、あっという間に砕かれた。
 それから、星子は地上で、晴夫は雲の上で結婚式を挙げた。クラウディも空も涙が止まらなかった。たくさんの波瀾万丈を乗り越えて、子ども達も幸せを手に入れたのだ。

雲旅行

 台風事件から10年が経った。人間界でも雲人間の理解が進み、ついには人間界から雲の世界へ旅行に行けるようになった。名付けて、
「雲旅行」
である。人間が雲旅行に来る事から、クラウドランドでは雲のアトラクションや雲のホテルなど、あらゆる観光施設が建設された。地上と雲の世界を自由に行き来出来るようになった。別の世界に住む生き物は、見たことがないからこそ偏見を持ちやすい。お互いに理解し合う事さえできれば、共存も簡単に出来てしまうのに。現在は、お互いの価値観を新たに知ることができて、人間がクラウドランドに住むことさえ出来るようになった。しかし、その暮らしは簡単なものではなかった。食べ物はすぐに手に入らない、友達がいない、環境が違う。最も、空が直面したように、雨や雷、台風など、地上では感じたことのない危険が日常茶飯事に起きてしまうのである。それを乗り越えられた者だけが、クラウドランドで生き延びることができた。夢を抱いて雲の世界に飛び込んできた者の中には、命を落とした者もいた。決して簡単なことではない雲の上での暮らしだが、雲人間が人間に優しく手を差し伸べ、支えてくれた。ただ、雲の上で住む良さもたくさんある。まず、お金がかからないことだ。雲の世界にはお金というものが存在しない。売り買いする物さえ全く無いからだ。そして夜には、最も近くで星を見ることができる。地上でのプラネタリウムよりも、星が綺麗に見える地域よりもはるかに綺麗に見える。これは、雲の世界で危険と戦いながら生きていく唯一のご褒美である。雲人間は、綺麗な星を見ることで、生きる力を得ているのである。
そして、雲の世界での人間の出入りが増加してくると、徐々に安全体制も整い、人間も暮らしやすい雲の世界になったのだ。

雲から幸せを


 空はかつて、涙を流したことで雨を降らせてしまった。それから雲は、特に梅雨の時期には、雲の上で泣かないと決めた。しかし、雨を降らすことが出来るなら、虹をかけることも出来るのではないか、と空は考えたのだ。実際に空が地上にいる家族と再会した時も、綺麗な虹がかかっていた。きっとあれは、雲の上から雲人間達が笑顔で見守ってくれていたからだろう。だから、雲の上でクラウディや空、そして子どもたちが沢山笑い、幸せでいることが地上への幸せにもつながるのではないかと考えた。だが、空とクラウディ、星子、晴夫だけが笑顔で幸せな暮らしをしていても、なかなか虹はかからなかった。何回試しても、実現しなかった。空は、もしかすると私達だけでなく、他の雲人間や雲の世界で暮らす人間も含めて全員が幸せにならなければいけないのではないかと思った。決して簡単なことでは無いが、それが叶って初めて、空に虹はかかる。未だに意図的に虹をかける事は出来ていないが、空は全員の幸せを願い、毎日雲の上から愛を放ち続けている。冬にはその愛がハート型の結晶となって、地上に降り積もった。

おじいちゃんとおばあちゃんの出会い

 おばあちゃんが話していた海の王子様。その物語にも深い思い出があった。おばあちゃんの名前は海子。おばあちゃんのお母さんは、海のように青く澄んだ、綺麗な心を持って欲しいという想いを込めて、
「海子」
と、名付けたそうだ。空と同じように、名前に海が入っていることから海に興味を持った。休みには季節に関わらず海を訪れ、一日中海を眺めていた。海を訪れ始めて2年後のこと。いつものように海を眺めていると、水面に男性の姿が映った。海子は、きっとサメとか海の中の生物だろうと思った。その男性の影はゆっくりと海子に向かって近づいて来た。海子は怖くなって木の裏に隠れた。男性の影は砂浜に到着すると、その姿を表した。高身長でイケメンの男性。身体は人間と変わらなかった。でも海子には身体以外はハッキリと見えず、顔まではわからなかった。その男性は、海子に向けて貝を差し出し、中を開くと、そこから一粒の真珠が現れた。海子は一瞬にして心を奪われた。海子が男性に近づこうと一歩前に踏み出した瞬間、その景色は真っ暗になり、目を覚ますと布団の上だった。海子は夢だったのか、と残念に思った。しかし、いつかまた海の王子様が現れてくれるのではないかと信じて、欠かさず休みの日には海を訪れた。しかし、10年経っても海の王子様は現れなかった。
 大人になった海子は、海に関わる仕事がしたかったため、水上アスレチックのスタッフになった。いつものように、アスレチックを解放する前の安全確認をしていると、海子はアスレチックの繋ぎ目に足を引っ掛け、そのまま海へと落下してしまった。海子は運悪くアスレチックの下に入り込んでしまった。海子は泳ぐことは出来たのだが、ライフジャケットを着用していたため、浮力がアスレチック側に働いて、上手く前に進むことが出来なかった。海子は溺れてしまい、息が出来なくなった。すると、誰かが海子の手を取り、砂浜まで救い出してくれたのである。海子はしばらく意識がはっきりとしなかった。1時間ほど経って目を覚ますと、そこには高身長でイケメンの男性が立っていた。
「お姉さん、目を覚ましましたか?気分が悪いとか、痛いところはありませんか?」
お兄さんはキラキラとした目で心配そうに声をかけてくれた。海子は目をハートにして、
「え、ええ、大丈夫です」
と、答えた。男性は安心してフゥッと息を吐くと、海子に微笑んだ。
「ああ、本当に良かった。意識が戻らなかったらどうしようかと思いましたよ」
「す、すみません本当に。助けてくださってありがとうございました。何か、お礼させてください」
海子は申し訳なさそうにそう言った。2人は着替えて近くのカフェへ向かった。最初はお互いに緊張していたが、同い年、海が好き、という共通点から意気投合し、頻繁にご飯に行くようになった。時には一緒に海へ行って男性が得意なサーフィンなどを楽しんだ。真珠をくれるようなロマンチックな海の王子様では決して無かったが、海子は彼が自分にとっての海の王子様だと思った。こうして2人は愛を育み、結婚をした。もちろん、結婚式は海で挙げた。そこで一つの奇跡は起きた。結婚式で男性が海子の薬指にはめた指輪は、大きな真珠のついた指輪だった。海子は夢の話は男性に一切していなかったのに、このような奇跡が起きた事に驚き、涙した。海子の中では、夢に出て来た海の王子様は、本当にこの男性だったのだ、と確信してしまった。そんな海の王子様は、空のおじいちゃんだ。海子はこの人を選んで良かったと思った。
 こんな海子の愛の物語を、おばあちゃんは孫の空と重ね合わせたのだ。おばあちゃんの夢は現実になったとは言い切れないかもしれないが、夢が叶ったも同然だった。だから空の夢に期待し、現実に起こった事に喜びが溢れたのだ。
 海子は海の王子様はとてもかっこ良く、ベタ惚れしていたみたいだが、悲しいことにおじいちゃんはほとんど覚えていない様だった。
「わし、そんな男らしい事をしていたかね?おばあちゃんと出会った時の事は覚えているけど、おばあちゃんを助けていたんだっけ?」
おばあちゃんはおじいちゃんに出会った時のことを何度話しても、おじいちゃんは訳のわからない事を言って笑っていた。これもまた、愛なのかもしれない。
 おばあちゃんの時代から不思議な出来事は起こっていた。雲の世界があったように、まだ知らない夢の世界が存在しているのかもしれない。そんな夢の世界をあばあちゃんから孫へ受け継がれて、きっと後世にも受け継がれる事だろう。知らず知らずのうちに、家族の中で愛が受け継がれていた。


長文を最後までお読みいただき、ありがとうございます!初めて小説に挑戦しました。拙い文ですが、お楽しみいただけたら幸いです!


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