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ロシアンショックに揺れる北洋材産地・柴木材

第51で述べたように、ロシアは来年1月から針葉樹丸太の輸出税率を25%から80%に引き上げる計画だ。事実上の丸太禁輸措置である。その目的はロシア国内の木材工業化促進、つまり丸太ではなく付加価値をつけた製材加工品を輸出することにある。すでに西ロシアには国内外の資本が進出し、製紙・パルプ、製材工場の建設が始まっている。しかし、ロシア極東では工業化のためのインフラ整備や肝心の木材企業の育成が遅れている。こんな窮状の中で対日製材品輸出は可能なのか――遠藤日雄・鹿児島大学教授が、前号の(株)石甚に続いて北洋材製材メーカーの柴木材(株)(富山県高岡市、柴秀木・代表取締役社長)を訪ね、今後の展望を探る。

実質丸太禁輸で対日輸出の主力は羽柄材製品に

  柴木材は、北洋材産地・富山でも老舗の丸太挽き製材工場として知られる。それだけに極東を中心としたロシア産地の事情には精通している。

遠藤教授
  ロシアの輸出税率80%アップという情報には、どこまで信憑性があるのか。北朝鮮、中国、ロシア(旧ソ連)など旧社会主義のDNAを継承している国々は、当初、とんでもないことを言い出し、その後、周囲の様子を見ながら落としどころを探っていくというのが外交の常套手段だが。

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北洋材製材の現状を説明をする柴社長(左)

柴社長
  たしかに突飛な高率課税だが、実施の可能性は十分にあるとみたほうがいい。むしろ問題は、その後のロシア側の収拾策だ。

遠藤
  どういうことか。


  弊社の挽いているエゾマツは主としてロシア極東地域に多く賦存している。極東地域産品の輸出先は、立地上日本と韓国が中心にならざるをえない。丸太から製材品になっても基本的には同じだ。

遠藤
  ということは、ロシアにしてみれば日本の製材品市場、特に北洋材の得意とする胴縁やタルキなどの羽柄材市場を狙って製材品を輸出してくるということか。


  そのとおりだ。ただ問題は、電力などの基盤整備が遅れている極東でそれが可能かどうかだ。

遠藤
  安定供給ができないということか。


  そうだ。それに加えて、もっと重要なことがある。

こだわり多い日本市場、参入には独自ノウハウ必要

  柴木材は、エゾマツ丸太をロシア極東から輸入し、胴縁やタルキを中心とした下地材(羽柄材)を製材して大阪、名古屋、東京を中心に販売している。工場は、出始めの頃のツインバンドソーで丸太を太鼓挽きし、角材を割っていくというシンプルな製材ラインだ。これとは別に、原板の再割ラインも設置されている。長年、北洋材製材で生き抜いてきた同社には、日本の羽柄材市場に「売れる製品」を供給する様々なノウハウが蓄えられている。


  一口に羽柄材といっても、そのサイズや選好度合いはバラエティに富んでいる。製品の長さでいっても、京間(建物の基本モジュールで主に近畿地方で使われる1間の長さ。1間=6尺≒1・8m)はアカマツ主体の4mサイズ、関東間は今でこそアカマツ主体の流通になったが、もともとはエゾマツの3・8mだった。また、中京は白物選好度合いが高くエゾマツが好まれる。長さは3・8mだ。だから、単純にスタンダード製品(汎用規格品)をロシアで大量生産して日本へ輸出しようとしても無理がある。

遠藤
  確かに、日本の羽柄材市場は、地域によってサイズは違うし、材色に対する選好度合いも異なる。


  もう1つ。エゾマツはアテが多い木だ。丸太の段階で見た目にはわからないが、羽柄材に製材してみるとそれがよくわかる。弊社では、丸太を熟覧しながらこのアテを克服して製材している。ロシアの製材技術で、これができるかどうかだ。ちなみに、日本のエゾマツ羽柄材製材工場は4、5社しかないが、市場のニーズをきっちりと把握して製材している。

遠藤
  なるほど。80%課税後のロシアの収拾策というのはそういうことか。ロシアにしてみれば丸太は事実上禁輸に踏み切ったものの、日本で製材品が売れないとなると、何のための丸太禁輸かわからなくなる。

極東に日本向け製材工場開設へ、投資家が動く

  北洋材産地・富山では、丸太挽き製材からの撤退や原板再割製材へのシフトなど、路線転換を急ぐ企業が相次いでいる。文字どおり、深刻な岐路に立たされている。


  それにしても80%という税率は、日本の北洋材丸太製材にとっては「死の宣告」に等しい数値だ。

遠藤
  かりに80%の高率課税が実施されたらどうするのか。


  さしあたり2つの選択肢が考えられる。1つはロシア極東に製材工場を開設してエゾマツの原板を購入し、日本のニーズに合った製材をすることだ。もう1つはロシア産地の穴埋めとして他の外材産地を探すことだ。

遠藤
  では、最初の選択肢について聞きたい。極東に投資するところはあるのか。


  ある。ロシア国内外の投資家の動きが活発化している。日本からも製材機械をロシアに売却し始めている。極東では内外資本による大型木材プロジェクトや、製材・集成材、パーティクルボードなどの工場開設の動きがある。極東の潤沢な天然林資源に目をつけている投資ファンドもいると聞いている。

遠藤
  社会主義国だった旧ソ連時代とはだいぶ様子が違っている。確実に市場競争の時代に入ったことを窺わせる。それにしてもインフラ未整備の極東で資本投資がされたとしても、大手と中小零細の格差が広がる可能性がありはしないか。


  下手をすると、ロシア極東全体の地盤沈下につながる危険性は否定できない。

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柴秀木・柴木材(株)代表取締役社長

代替候補はカナダ産スプルース、懸念は「スギ離れ」

遠藤
  2番目の選択肢の検討に移ろう。これはポスト北洋材産地の模索ということになる。貴社で製材しているエゾマツは、末口径26〜27㎝のオールドグロスだ。樹齢100年以上の良質材。素直だ。これに代わる産地は、例えばどこか。


  カナダ内陸部(インテリア)産SPF(北米産針葉樹であるスプルース、パイン、ファーの略称)のS(スプルース)だ。40㎝下の節の少ない丸太であればエゾマツの代替材になれる。問題はインテリア(内陸部)からコースト(沿岸部)の港まで運ぶ流通コストをどう低減するかだ。

遠藤
  なるほど。エゾマツ(英名・EzoSpruce)はスプールスだ。だが、カナダ産スプルースはロシア産エゾマツに比べると目が粗いと思うが。


  少々目粗でも、市場でそれなりの製品を安定供給できればユーザーから認知してもらえるだろう。

遠藤
  日本のスギはどうか。


  一時、ロシア材タルキの代替品としてスギが使われたが、今、そのスギ離れが進行している。

遠藤
  2年ほど前、欧州産ホワイトウッド間柱の価格高騰で一時スギにシフトしたことがあったが、ここでも最近スギ離れがあると聞いている。なぜか。


  間柱は別として、タルキの場合、節の問題は製材技術でカバーできる。だが、スギは柔らかくて釘持ちが悪い、折れやすいなどのクレームが出たからだ。

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北洋エゾマツの胴縁、スギで代替できるのか

遠藤
  終戦後、北洋材輸入が再開されたのが1954年。あれから55年余が過ぎた。今、ロシア丸太輸入半世紀に幕を閉じる可能性が大きいにもかかわらず日本のスギがこれに代替できないというのは寂しい限りだ。


  木材市場とはそういうものだ。外材が入りにくくなったから即国産材だというわけにはいかない。そうは木材問屋が卸さない(笑)。乾燥も含めて外材に代替できる条件を真剣に考えるべきだ。

『林政ニュース』第341号(2008(平成20)年5月28日発行)より)

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