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ロシアンショックに揺れる北洋材産地・(株)石甚

世界の木材貿易が相当のマグニチュードを伴って激震を起こしそうだ。震源地はロシア。来年(2009年)1月からロシアは、針葉樹丸太の輸出に対して80%もの高率課税をするという。世界全体の丸太輸出量の4割強を占めるロシアがこの措置に踏み切った場合、事実上の輸出禁止状態に陥り、世界の木材需給は大きくバランスを崩すことになる。その影響は計り知れない。前例のない「ロシアンショック」を前にして、日本の北洋材製材産地はどのような対応をしているのか。80%という数字に信憑性はあるのか。もし実現されれば、産地としてどのような選択肢が残されているのか。遠藤日雄・鹿児島大学教授が、日本一の北洋材製材産地・富山を訪れ、この問題に切り込む。

トップランナー・石灰会長が語るシベリアの変貌

  かつて日本海沿岸には大小の北洋材製材が展開していたが、1980年代後半から90年代初頭のバブル期にかけて、富山湾に一極集中するような形で、北洋材産地が再編された。大阪、名古屋、東京の三都を睨む扇の要に位置する富山の北洋材製材は、その後ロシア材の安定確保を背景に大きく羽ばたいた。製材品は、野縁、胴縁などの小割類が多いのが特徴だ。(株)石甚(石灰甚一・代表取締役会長、富山県射水市)は、その北洋材製材のトップランナー的存在である。ロシアに関する同社独自の豊富な情報をもとに、石灰会長が遠藤教授の問いに答える。

遠藤教授
  一口にシベリアというが、とてつもなく広大だ。

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北洋材製材について説明する石灰甚一会長(右)

石灰会長
  シベリアは、大雑把に3地域に区分できる。極東地区(ハバロフスクや沿海地方など)、東シベリア地区(イルクーツク州など)、西シベリア地区だ。日本に馴染みの深い北洋材産地といえば、極東のエゾマツ、カラマツ、東シベリアのアカマツとカラマツだ。

遠藤
  伐採量ではどのような特徴があるのか。

石灰
  シベリア全体では、ソ連崩壊前までは約3億2800万㎥(80年)の伐採量があったが、崩壊後は9700万㎥(96年)にまでダウン、現在は約1億㎥だ(99年)。

遠藤
  ロシアは、90年代後半に破綻国家になった。それに伴い、伐採量もピーク時の3分の1にまで減ったわけだ。樹種別生産量に変化はあるのか。

石灰
  1961年から1992年まではエゾマツ:カラマツ:アカマツ:ベニマツが5:3:1:1という比率だった。それが現在ではエゾマツ:カラマツ:アカマツ:ベニマツ=1:5.5:3.5:0に変化している。カラマツの52%は合板用だ。

伐出のルール消える、需給も崩れ丸太価格は低迷

遠藤
  シベリアの伐採現場ではどのような変化が起きているのか。

石灰
  ペレストロイカからソ連崩壊に至る過程で伐採のバランスが崩れてしまった。ソ連時代の対日ロシア材輸出には一定のルールがあった。現地にはエクスポートレスなどのシッパー(輸出業者)が3〜4社あり、四半期ごとに輸出量と価格を決めていた。それがソ連崩壊後の民営化に伴って、雨後の筍のようにシッパーが増え始めた。現在は200社もある。彼らが伐採権を購入して伐採するようになった。つまり出材のルールがなくなって産地における需給バランスが崩れてしまった。

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在庫が少なくなった北洋材貯木場

  もう1つの変化は、輸送方法だ。ソ連時代には、伐採丸太を流送で河口まで運んでいた。例えば、北極海に注ぐレナ川流域では伐採丸太は筏に組まれて河口のチクシまで運ばれ、そこからベーリング海を渡って日本へ入っていた。したがって、青カビ問題なども発生しなかった。それが今では鉄道輸送に切り替わってしまった。

遠藤
  鉄道輸送となると、当然コストがかかる。

石灰
  そのとおりだ。ロシアは今、インフレだ。輸送コストは嵩むし人件費はあがる。それなのに山元の丸太価格は一向に上がる気配をみせない。山元のシッパーには、やる気をなくしている業者が少なくない。

遠藤
  80%の高率課税で丸太価格を一挙に上げようというロシア政府の魂胆が透けてみえる。

フレート高も重荷、北洋材製材は成り立たない

  ロシア政府は昨年(2007年)2月に木材輸出税の改定を発表。丸太については、同年7月から6.5%(㎥当たり)を20%にアップした。これを今年4月から25%に、来年1月から80%に引き上げるとしている。逆に針葉樹製材品は、昨年6月から3%が無税になっている。

遠藤
  丸太にとっては重い重い課税だ。

石灰
  現行の20%課税で、アカマツ丸太の場合、良質材で175ドル、普通材で165ドル、目粗(材)で155ドルが相場だ(いずれも㎥単価でCIF=丸太価格+保険料+船運賃)。これにインフレ状況下での人件費やフレートアップがさらに重圧を加える。もはや北洋丸太を原料とした製材経営は成り立たない。

遠藤
  石甚の製材の概要を教えて欲しい。

石灰
  弊社はアカマツのみの製材だ。丸太は、主として東シベリアで伐採されたものだ。ここでは直径30㎝以上の丸太を伐採しており比較的良質材が多い。ナホトカやウラジオストクから富山新港に輸入されている。

遠藤
  丸太消費量はどのくらいか。

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荷積みされる北洋材製品

石灰
  丸太で月7000㎥。このほか原板2500㎥を再割している。

遠藤
  どんな製品を挽いているのか。

石灰
  原板も含めて主として野縁、胴縁などの小割類だ。かつては関西へ85%販売していたが、今では関西は20%程度。残りは関東、中京、東北、北信越だ。

代替樹種のスギに不安、原板再割も選択肢だが…

遠藤
  ずばり聞きたい。80%課税はありうるのだろうか。半分の40%程度に引き下げられるという情報もある。ロシアにしてみれば80%の高率課税をしてすぐに自国の木材工業化が促進される見込みは少ないのではないだろうか。

石灰
  弊社なりに全力で情報を蒐集しているが、残念ながら今のところ判断材料に乏しいのが実状だ。

遠藤
  とすれば、80%課税を前提に今後のあり方を議論せざるをえない。ポスト北洋材として日本のスギはどうか。

石灰
  スギに関心がないわけではないが、不安材料のほうが大きい。今、弊社に入っているロシアのアカマツは100年生の天然林(オールドグロス)だ。目も込んでいる。それでもユーザーからは節に対しては厳しいクレームがある。日本のスギ人工林のうち北洋アカマツに匹敵する良質材が蓄積としてどのくらいあるのか。また地域的な分布状況はどうなのか、代替樹種として不安が残る。たとえスギで代替したとしても、釘持ちが悪いなどの難点がある。

遠藤
  ニュージーランドのラジアータパインはどうか。

石灰
  やはり節が多いのが欠点だ。

遠藤
  そうなると残された選択肢は限られてくる。厳しい言い方で失礼になるが、北洋材製材そのものから撤退するか、丸太製材から撤退して原板の再割加工に転換するか、卸し問屋に転換するかだ。

石灰
  今のところ課税率が決まった時点で今後の策を考えようと思っている。弊社としては消去法だが、ロシアから原板を輸入して再割することも選択肢の1つとして考えている。

遠藤
  原板なら輸出課税はゼロだ。しかも人工乾燥処理(KD)されて入ってくる。したがって、石甚の工場に設置されている10基の人工乾燥機は要らなくなる。

石灰
  厳しい厳しい「ロシアンショック」前夜だ。

『林政ニュース』第340号(2008(平成20)年5月14日発行)より)

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