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森林経営に革新をもたらす前田林業(株)

かつて「一雨千両」という言葉があった。一雨降れば森林が成長し、そのぶん資産価値があがるという意味だ。立木価格が低迷している現在、この言葉は死語に近いが、こうしたいわば「待ち」の姿勢が日本の森林経営を旧態依然としたものにしてきたことは間違いない。ところがここ数年、国産材の需要拡大に機敏に対応する形で、企業者スピリットをもった森林経営者が現れ始めた。彼らに共通しているのは、第1に、川下の需要動向を分析しながら的確な伐採行動をとること、第2に、伐採・搬出作業を安易に下請けに出さずに内部化し、素材生産の技術革新に乗り出していることだ。そこで、遠藤日雄・鹿児島大学教授は、岡山県の「新生産システム」(林野庁補助事業)にも参画している前田林業(株)(本社=兵庫県伊丹市、前田繁治・代表取締役社長)の伐採現場を訪ねた。遠藤教授を出迎えたのは、同社の前田多恵子専務取締役。林政審議会委員もつとめる論客である。

山元土場で最適仕訳、スギA・B材の価格差縮小

前田林業(株)は、岡山県津山市と西粟倉村、三重県津市、和歌山県有田川町に社有林を保有している。総面積は約550haに及ぶ。前田専務が遠藤教授を案内したのは、岡山県西粟倉村に広がるスギ・ヒノキ人工林。約100haの社有林のうち、20haで収入間伐(保育間伐)を行っている(水源かん養保安林指定地)。間伐率は30%。フォワーダで搬出されてくる材を山元土場に集積、ここで仕訳けし、最適販売先に出荷している。

遠藤教授
出材と仕訳け・出荷先の現状を教えてほしい。

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森林施業の現状について説明する前田専務(右)と遠藤教授

前田専務
末口径級14㎝以上のスギ、ヒノキを間伐し、A材、B材のみを搬出している。スギのA材は、地元の原木市場へ、小曲がりやシミがあるB材は、合板用として販売。ヒノキのAA材(A材の最上級クラス)は地元の原木市場へ、ヒノキA材とB材(B材+の上級クラス)は地元の大手製材会社へ出荷している。

遠藤
大手製材会社との間では「新生産システム」の協定取引が行われているはずだが。

前田
大手製材会社とは毎月価格交渉をしている。市場の市況表をもとに、双方で着地点を探りながら調整している。決済は、月末締めの翌月10日現金払いだ。

遠藤
A材とB材の割合や価格はどうか。

前田
スギについては、A材とB材を仕訳ける意味がなくなってきている。この山から出材しているスギの70%は合板用に直送している。3か月ごとに価格交渉をしており、オントラ(山元土場渡し)で、㎥当たり8500円程度。合板工場は、長さ4m・径級14㎝上という条件に合えば全量受け入れてくれる。細かな仕訳け作業がいらず、市場手数料(約15%)も不要になるので、どうしても合板用直送が多くなる。

遠藤
ヒノキはどうか。

前田
ヒノキは合板用には出していない。ヒノキの材価は下がっているものの、まだ2万円以上を維持しているからだ。昨年は、直材が㎥当たり2万5000円、小曲がりが2万1000円だった。

遠藤
この土場はよく整理されている。仕訳伝票もわかりやすい。

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山元土場でA材・B材を販売先向けに仕訳する

前田
ファミリーレストランで使われている注文端末のソフトを改良して、仕訳伝票作成機をつくった。どの材がどこに出荷されるのか、一目で理解できるようにしている。

素材生産作業班を整備、3年後に5千㎥供給へ

前田林業は、創業者の前田熊太郎氏(前田専務の祖父)が経営していた証券会社「前熊商店」が昭和8年に株式の担保として奈良県御杖村の森林を取得したことがきっかけとなり、林業界に参入。2代目社長の繁治氏が働き盛りに病気(胃潰瘍)で倒れたこともあり、前田専務が家業を継ぐ決心をしたのは中学3年の冬だったという。聖心女子大学を卒業し、大手住宅メーカーに勤務した後、1年のフランス留学を経て森林経営に身を投じた前田専務は、既成概念にとらわれない斬新な着想で、作業現場に新風を吹き込み続けている。

遠藤
ここの現場作業はどこかに委託しているのか。

前田
作業道開設も含めた伐出作業は、(株)鳥取林業サービスと㎥単価契約をして行っている。ただ、当社にも現場作業員が3名いる。これから素材生産量を増やしたいので、体制整備を進めているところだ。

遠藤
具体的には?

前田
5月にプロセッサのオペレータ経験者を1名新規採用した。彼が入社したことで、プロセッサを中心に、チェーンソー(伐倒)、フォワーダ(搬出)の組み合わせで効率的作業を行えるメドがついた。当社の今年の素材生産量は3000㎥を予定しているが、3年後には5000㎥に引き上げたい。そのためには、自社で素材生産できる作業班を持つことが必要だ。

遠藤
現場社員の給与は日給月給制か。

前田
基本的にそうだが、4名のうち43歳と34歳の2名は月給制にしている。雨天の日など現場に出られないときは、間伐助成金の申請など事務作業をしてもらっている。現場で汗を流す人達の処遇改善、とりわけ社会的地位の向上に努めたい。

超高強力ポリエチレン繊維ザイルで集材範囲を拡大

遠藤
作業システムの改善にはどう取り組んでいくか。

前田
今夏にケスラー社製のハーベスタを導入する。造材処理能力を高めるため0・45㎥のベースマシンを採用することにしている。
もう1つ、超高強力ポリエチレン繊維ザイルを使ったウインチ集材に挑戦したい。

遠藤
超高強力ポリエチレン繊維ザイル? 初めて聞く名前だ。

前田
現在、各地で普及している低コスト作業システムは、高密路網とグラップル集材が主流だが、集材距離がグラップルのアーム長と樹高程度の範囲に限られる。もっと集材可能範囲を広げたい。そのためにはウインチ集材が有効だが、従来の鉄製ワイヤーを使っていたのでは、引き出しに時間と労力がかかり、生産性が低下する。
その点、超高強力ポリエチレン繊維ザイルは、軽量で強度があり、ウインチによる引き出しが容易になる。まだ国内では市販されていないが、欧州では使用実績がある。このザイルとあわせて、複数の材を同時に引き出せるチョーカーワイヤーも導入し、生産性の向上とコストダウンを図りたい。現場作業員の労働負荷も軽減できる。これはスイスで林業を学び、欧州林業に詳しい主人(前田滋・三菱UFJリサーチ&コンサルティング(株)研究員)の提案だ。

林業の甘さを排除、「営業」に全力尽くす

遠藤
今年に入ってから燃料不足、原料確保競争が一段と激しくなっている。一方で、新設住宅着工戸数が減少し、ムク製材を中心に木材業界の経営環境は厳しい。今後をどう展望しているか。

前田
私は、LPガス販売会社の代表もつとめているが、ガスと電気の競争は非常に厳しい。それに比べて、林業の世界はまだまだ甘いと思う。家を建てる人は限られていて、予算にも制約がある。その中で使っていただける完璧な商品を、国際競争に耐えられる価格で提供していくことが不可欠だ。国産材だから高くてもいいという理屈は通らない。丸い物を四角く切って売れる時代は終わった。

遠藤
ようやくビジネスライクな経営者が出てきたと感じる。

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「住宅メーカーの営業で3年間鍛えられたことが貴重な経験になっている」と話す前田専務取締役

前田
私が今、やるべきことは「営業」に尽きる。林業外の方々と情報交換し、人脈をつくることが将来につながる。来年から北洋材の輸出関税が80%に引き上げられると、国内林業にも大きな影響が出るだろう。すでに、今春あたりから、木質ボード用の原料として林地残材や枝条、根株を入手できないかという問い合わせが来るようになった。当社の素材生産量はたかだか年間5000㎥程度にしかならず、取引先を絞っていく必要があるが、その中で日本林業にとって最も有利な売り先を確保していくことが肝要だ。そのためにも、「営業」に全力を傾けたい。

(『林政ニュース』第346号(2008(平成20)年8月6日発行)より)

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