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新井輝

  学生時代の同級生に嘘ばかりつくやつがいた。名前は新井輝。輝きと書いて『てる』と読む男だ。自己紹介から嘘をつくような奴だ。
 「はじめまして新井輝です。てる君って呼ばれてました。犬を飼っています。セントバーナードです。」
犬好きの俺は休み時間に彼に話しかけた。犬なんて飼っていなかった。彼曰く、犬好きで犬種まで言った後話しかけてくるような奴に悪い奴はいないのだそう。俺は映画の悪役が飼ってるピットブルとか強そうな闘犬が好きだからそうとも限らない気がするが黙っておいた。

 そこから彼とはなんだかんだ仲良くなった。妙なやつだが彼もぽやっとしてる僕のことを警戒しなかったし、俺も不思議なやつに興味を惹かれたからだ。

 彼はこの一件の後も事あるごとに嘘をつき続けた。笑える冗談からあきれるほど適当なもの、どちらかわからないもの、もう名前さえ嘘で彼自身何が嘘で何が嘘じゃないのかわからないくらい嘘をつき続けた。

 入学して三日目に後ろを歩いていた隣のクラスのやつが俺が落としたハンカチを拾った。礼を言おうと名前を尋ねたらそいつが答える前に奴が答えた。
「橘圭太くんだよね?窓際の席だっけ?授業中校庭眺めるのいいよね。」
まるで旧知の仲のように口にした言葉は橘君を無言でその場から立ち去らせた。
「なんで知ってんの?」
思わず僕は聞いた。奴は朝食の内容を答えるようにすらすらと答えた。
「スーパーパワーさ。君が考えてることもわかるよ。昨日から斜め前の席の子の足癖が悪くて気になってる。」
「きもちわりぃやつ。」

 後日分かったが奴は1年全クラスの座席表を覚えていたのだ。加えて退屈すぎる授業の代わりにクラスメイトを観察していたらしい。橘君は数学のクラスで、僕のことは、まぁ、ただの当て勘だった。実際足癖は気になっていたので恥ずかしかった。

 僕らが2年生の中間テストでは全科目満点を取った。どうやったのか聞いたら堂々と「カンニングした」と言った。授業中も寝ていることがあったので先生に呼び出されていた。誇るべき成績と面倒な問題をいっぺんに抱えた奴は顔色一つ変えていなかった。常につき続けた嘘の中でも特に印象的な嘘はこの二つだ。それとは別に、決まったタイミングで奇妙なことが起こっていた。長期休暇のたびに奴は連絡が取れなくなるのだ。もはや恒例になっていたので誰も気にしてはいなかったが、休み明けの奴はどこか違って見えた。

 最初の長期休み明けに俺は聞いた。
「休みの間何してたの?」
奴は言った。
「アメリカにいたよ。西海岸から東に向かって観光してんの。」
「嘘でも羨ましいな。金はどうした?」
「俺ってCEOなのさ。」
「今のうちに出資させてくれ。宿題は?」
「燃やした。俺には必要ないからね。」
「環境には配慮しろよ、CEO」
この頃の僕は奴の言うことを全て冗談と受け止め、冗談で返すことにしていた。すかしたやり取りをしすぎて先生には海外ドラマの見過ぎだと言われた。

 一度だけ長期休み中に奴から連絡がきたことがあった。なんとなくためらったが電話を取った。いつものやる気のない声だったが、少し高揚していた。
「やぁ、元気かい?旅行に行くならイギリスとアメリカどっちがいいかな?」
「贅沢な質問だ。アメリカかな。君はまだ横断しきってないんだろ?」
「空を飛んだからもう済んだよ。俺の話じゃなくてお前に聞いてるんだ。」
「どっちも行けばいいだろうスーパーマン。僕ならそうだな、やっぱりアメリカ。今ちょうどサリンジャー読んでるし。昨日ならシャーロックホームズ読んでたからイギリスだったけどね。」
「いい趣味をお持ちだな。俺は両方行った。ケープコッドは綺麗な町だったし、ハロッズは香水の匂いがプンプンしてたね。」
「インチキするなよホールデン。俺も行きたいな、ケープコッド。」
「数年したら呼ぶぜ。まぁわかったよ、アメリカね。ありがとう、いい休みを。」
「うぃ。」
奴が単純に旅行の希望を聞いてくるとは思わなかったが深く考えないことにした。

 3年生になった。奴はパソコン部の部長になっていた。俺は奴がパソコン部だったことも知らなかった。そもそも帰宅部だと俺には言っていた。俺は幽霊部員だった部活の部長になったことを奴に尋ねた。奴は言った。
「まず生徒会と取引してパソコン部の予算をあげた。その後それを土産に部長の座を頂いたわけ。」
「悪徳弁護士みてぇだな。生徒会には何をあげたんだい?」
「生徒会長の悪事の証拠。2年の時から俺のカンニングの噂を耳にしてしつこくてね。あいつが俺から小テストの答案買おうとしてきた時の会話を録音したのさ。」
「許可のない録音は証拠にならねぇよ。マイク。」
「読書に加えて海外ドラマまでみんのか。それより弁護士っていいな。」
「国のために検事にはならないでくれよ。冤罪で人が死にそうだ。」
「考えとくよ。」

 奴がなぜパソコン部の部長になったのかは卒業間際にわかった。奴は学校のパソコンを使ってAIの開発をしたのだ。パソコンを使った授業の補佐だけでなく、先生方の予定や授業の進捗管理、出欠確認まで学内のIT化を推進していた。
 3年の夏の出来事だった。僕含めみんなが進路を決めて受験勉強をしている中奴はパソコン室に籠りそれを成し得たのだ。

 そして卒業式、誰も奴の進路は知らなかった。僕は尋ねた。
「天才少年は卒業後どこで力を使うのかな?」
「アメリカさ。」
「じゃあ会えなくなるな。」
「大丈夫、スーパーマンだぜ俺は。パスポート持って領空侵犯するさ。」
「身元の引き受けにはいかねぇぞ。」

 こうして卒業した僕は大学一年の一学期を無事に終えた。新しい環境に身を置いてひと段落した時奴から電話がかかってきた。
「久しぶりだね。日本はもう夏休みだろ?」
「あぁ、久しぶり。そうだけど、今どこにいるんだい?」
「アメリカさ。AIの開発もいいけど弁護士になろうと思ってね。」
「ハーバードからわざわざお電話ありがとうございます。」
「スーパーパワーかよ。新歓パーティが楽しみ。君も来るかい?」
「、、、まじで冗談だよな?3年間友達やってたけどお前の嘘は全部本当なんじゃないかって思うよ。」
「普通そんな奴と3年も友達やらねぇよ。ところで英語での自己紹介って名前だけでもいいかな。それともお前と初めて会ったときみたいに何か言ったほうがいいかな。」
「あぁ、友達が欲しければ嘘つきだって言ったほうがいいと思うぜ。」
「それはわざわざ言う必要がないんだよ。」
「どういうこと?」
「Cause,  my name is tell a lie.」

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