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そうだ、心霊スポットを作ろう!

 何度目だろうか。いやに湿度の高いこの季節は日差しがないだけで夜も暑いことに変わりはない。するとどうなるのか、冷たいものを口にして涼もうとする者もいれば、心の底から涼もうとする者もいる。

 心霊スポットに来るのは往々にして若者である。若気のノリというのはすさまじいもので何よりも儚いものだ。蛙や虫を幼いころに触れたが、今は触れないのと同じ儚さがある。ノリさえあれば恐怖すら楽しめる。

 そこで考えた。嘘の噂話を流すんだ。

 我ながら素晴らしいアイディアである。大学生と言うのは若さと時間のある生き物だ。ついにやってきた夏休み、暇を持て余すだろうことがわかっていた私は夏が始まる前からコツコツと動いていた。大学の近くにある大きな寺、その周辺の街灯が少なく不気味な坂に幽霊がでるという噂話をでっちあげた。会う人会う人に、あの坂はばあさんとかじいさんとか若い女とか首のない猫とか、そういった類の地縛霊がでるという話をし続けた。先輩から聞いたとか寺の人から聞いたとか微妙に変化をつけて、とにかく噂が昔からあるように見せかけたのだ。ただ共通しているのはそこで被害にあった人には切り傷があるという点だ。人なら刃物、猫なら爪かなという想像がつくからだ。何より実害があるというのはより恐怖を感じさせると思った。

 そしていざ夏が来た。待ちに待ったこの時、わざわざくだらない噂話を流して俺が何をしたいのかと言うと、怖いもの見たさで偽の心霊スポットに来た奴を驚かしたいのだ。欲を言えば俺が驚かしたことでそこが本当に心霊スポットになることを期待していた。

 駅前の陳列も歌もやかましい量販店で適当な白いワンピースのようなコスプレ衣装とおもちゃのナイフを買ってホクホクで家に帰った。
 確実に誰かが来るという保証はないのでとりあえず1週間、深夜0時から丑の刻まで着替えて坂で待つことにした。
 俺はカブトムシを取りに行く少年のようにウキウキで家を出た。この坂は特に民家が近いわけでもなく人通りも全くと言っていいほどない。森と寺だけが友達だ。考えうる最悪の事態は職務質問だろう。だがされたところで笑い話だ。そう開き直って、ひょっこり首を出しそうな我を押さえつけて衣装に着替えた。

 しばらくたった。誰も来ない。携帯を見ると時刻は2時半だった。好奇心だけで人間は時間を忘れることができると証明してしまった。収穫はなかったものの来るべき邂逅を想像してなんとか気持ちを保ち、帰宅した。

 次の日も坂へ向かった。深夜に帰宅したので昼まで寝たこの日はドンピシャでこの時刻にテンションのピークが訪れていた。そして待った。
 今日も誰も来なかった。

 時刻が変わりまた坂へ向かった。あまりにも誰も来ないので坂の右側にある寺の石垣によりかかりインスタを眺めていると、友達は各々旅行に行っていた。大阪のグリコ、沖縄の万座毛、ディズニーのホテル。情けない格好でたった1人、ただの坂で自作自演を決め込もうとしている俺には眩しすぎる光景だった。眩しいのは街灯がないからかもしれない。そういうことにしてカモを待ち続けた。
 いくら待ち続けてもカモはおろかネギすらこないのでその日も帰宅した。

 もう飽き始めていたがその日も1人、坂へと向かった。もう4日目だ。
 この日も何も起きなかった。20歳そこらの男が坂でコスプレをしている。これだけでもう十分ホラーではないかと自分を納得させようとしたが俺の意思が吹き消えることはなかった。そしてこの日も大人しく帰宅した。

 5日目、6日目と何も起きなかった。ここまでくると夜の散歩と変わりなかった。慣れとは恐ろしいもので6日目にはイヤホンをして誰か来やしないかと坂の下を眺めていた。

 そして最終日、1時間が立って誰も来ないのでまたイヤホンをして坂の下を眺めていた。30分ほどして、流行りの曲から懐かしい曲へとプレイリストが足を踏み入れた時だった。後ろから肩を叩かれた。慌てて振り返るとおばあさんが立っていた。猫背でよぼよぼで、下北沢で200円で売っていそうな柄のロングTシャツを着たおばあさんだった。

 「あんたここで何をしてるんだ?」

人を驚かそうとしていた自分が驚いてしまったことに一抹の恥ずかしさを覚えながらそのかすれた声に返事をした。

 「餌を巻いておいたので誰か来たら驚かそうかなって。でも先に僕が驚いちゃいました。」

聞こえているのか聞こえていないのか俺の自嘲をそのばあさんは無視して

 「そうかい、愉快な人だねぇ。」

と、にっこり笑った。思いのほかかわいらしい笑顔に心が落ち着いてきた。

 「けど誰も来やしないんですよ。お姉さんが初めてのお客さんです。なんだか恥ずかしくなってきたのでもう帰ろうかな。」

軽い冗談を添えてこの場の雰囲気をもっと和らげようとした。ばあさんは俺の顔を見て微笑んだ後、何も言わずに空を見上げた。急にキャッチボールが終了したので坂の静けさが肌に沁みた。ばあさんが何か話し出すんじゃないかと顔を見ていると俺の腕を触り、夜空を指さした。その指の先をみると見事な三日月と夏の大三角形が広がっていた。俺の心は完全に晴れた。

 「すごいや。」

思わずそう呟いた。

 「こんなの初めてみました。お姉さんはここでなにしてるんでs・・・。」

 感動して思わず話しかけたところで背中に冷たい感触が走った。
 頭から血の気が引いていく。視界がぼやけて、エアコンに当たり続けた時のような寒気に襲われた。全身から汗が吹き出し、背中から脚にかけて生暖かい何かが這っていった。

 俺は倒れた。

 横になった視界に薄っすらその姿が見えた。柄シャツのばあさん。右手には銀色の何か。視界のせいか脚がないように思えた。
 辺りが暗闇に包まれていった。
 寒い。

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 また夏が来た。俺は坂の下を眺めている。誰か来やしないかと。いつもと変わらない夏の日に今日も俺は坂にいる。違うことがあるとすれば、今年の夏はちっとも熱くないことだけだ。


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