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蜃気楼的世界観6

 目を開けると、紫色の星空と白い花畑。葉擦れの音が耳の奥までくすぐって、私の中にわだかまる感情をいっとき忘れさせてくれる。

「本当にこれで良いのか」

 声をかけられて、景色から視線を戻した。

 向こうに暁が立っていた。赤いスカートを風になびかせて、私をじっと見つめている。両手に持っていたはずの剣はなかった。

「暁……? ここは」

「お前は本当にこれで良いのか、と聞いている」

 断定的で、強い口調は変わらない。しかし今の暁には、私と対話しようという雰囲気があった。

 投げかけられた問いを、自分の内で問い返す。

 私は、本当にこれで良いのか。相手の良いように踏みにじられ、なじられて、負けようとしているままで。

「世界が終わろうとしている。二度目はない」

 暁は独り言のように喋る。まだ返事を求められていない気がして、私は発せられる言葉にただ聞き入る。

「お前がそこまで及び腰だとは思わなかった。以前はこんなではなかったはずだ。お前は何を失った?」

 問いかけられて、考える。いや、考える前に答えの方が浮かびあがってきた。

 いつもなら、浮かんだものをどう伝えれば良いか迷ってしまうところだ。けれどここでは、なぜか自分の心を話すことが楽で自然だった。

「……私にも分からない。クーガが、私は何かを忘れている、って言ったの。とても大切なこと。だから取り戻すために、ここへ来た」

「ならば、何故道半ばで終わりを受け容れようとしている?」

「だって……もう疲れたよ、こんな世界」

 うずくまって頭を抱える。

「辛いの。期待に応えられないことが。私に何を求めているかは分かるのに、応えようとすると『違う』と思ってしまう。それが苦しい。期待に応えなきゃ。言われた通りに――でも、心がついてこないんだよ。

 自分で考えるなんて無駄なこと。『失敗』に近くなる。私は『失敗』したくない。『間違い』たくない。だから」

「だから、諦めるのか?」

 言おうとした言葉を跳ね返される。諦めることを、失敗を避けようとすることを受け容れてもらえない。

 だったら、私はどうしたらいいの。

 近づいた気配に顔を上げる。暁が私を見下ろす格好で立っていた。

 肩に機械でない方の手が置かれる。力を込められるまま、立ち上がっていた。

「では、言い方を変えよう。ここで諦めるなど情けない。見損なったぞ、スズネ」

「えっ……?」

「私はお前に期待する。心の命じるままに生き延びろ。私に抗え。真実を取り戻すまで、諦めることなど許さない」

「そんな……」

 うろたえた。期待という言葉で支えられながら、けれど手を放される。自分で考えることを求められている。でも。でも。

「でも、もし間違えたら。取り返しのつかない失敗をしてしまったら……」

「くどい。残された時間は少ない。もうすぐ私は引き戻される。影の眠りの中に。だが、私の期待は変わらない。生き延びてくれ。ここで終わるな」

「暁」

「頼んだぞ。ディーバを、私たちを救ってくれ」

 肩に載った手の感触が薄れて消える。星々と花の白が眩しさを増して、何も見えなくなった。

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