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四月 桜はいまだ一分咲き 2

 入社式の社長のスピーチで深い眠りについてしまった私は、休憩をはさんで始まった各部の説明のトップバッターで話し始めた
経営企画部のちょーイケメンな先輩を見て、あっというまに眠気がふっとんでいくのを感じた。

 「経営企画部は英語でいうとCorporate Planning Department。
会社の経営方針や進むべき道、あるべき姿を経営者とともに模索する部署です。
 予算や中期経営計画なんかで皆さんが今後働く部署とも密接に連携してゆくことになると思います。
 今日は、部署の仕事内容の説明をしてくれって言われたんだけど、
せっかく新入社員全員と話せる機会なんで、
僕が新入社員の頃に読んですごく感動した本の話もさせてもらいたい。
ヘンリーミンツバーグという人を知ってますか?
 菊池正君」
 イケメン先輩が名簿をたどりながら、いかにもラグビー部出身みたいな、ごっつい新入社員の男の子を指名した。

 「…知りません…」

 体がでかいわりには消え入りそうな小さな声だが、しーんとした会議室ではよく通る。
 私も知らん、誰!?ヘンリーミンツバーグって。ハンバーグなら大好きだけど。

 「大丈夫、知ってることを期待したわけじゃないから。
ヘンリーミンツバーグっていう人は、カナダのマギル大学の経営大学院で
テニュアになってる経営学とか組織論で有名な学者だよ。
この人がNot MBAsっていう著書の中で書いていることなんだけど、僕なりの解釈で説明させてもらうよ。」

 と言いながらイケメン先輩はホワイトボードに大きな正三角形を描いた。
頂点にはART、底辺の角には左下にSCIENCE, 右下の角にはCRAFTと書いた。

「アートは理念とか直感と言い換えてもいいね。
 サイエンスはこの場合、分析かな?
で、クラフトは経験。
 この三つはビジネスパーソン、もしくはマネジメントとしてどれもとても重要な要素だ。

 理念は会社の方向性を決めてゆく上で必要不可欠なポイントだし、全てのアイデアは『これだっ!!』っていう直感から生まれるよね。

 我々の会社は商社だから、いわゆるラーメンからミサイルまでなんでも取り扱うことができるけど、そこに一本筋の通った理念がないと単なる中小企業の集団になってしまう。
 でも、理念だけが独り歩きしても誰もついていけない。

 さらに、理念を語る前に徹底した分析が必要だと思う。
 これがサイエンスだ。
攻めていきたい分野・地域があったら徹底的に分析する。
 鳥の目で大きく俯瞰するマクロ分析とか、逆に消費者の目線でいわゆる虫の目で細かく見るミクロ分析、Politics政治、Economy経済、Society社会、Technology 技術という4つの視点から分析するコトラーのPEST分析とか、 この案件は行ける!と腹おちするまで徹底的に分析を行う。

 でも、分析だけやっていても、ビジネスは成立しない。
学者じゃないからね。
 理念という進むべき方向性があって、それを裏打ちする分析があっても、
自分の経験がないと競合に勝てるはずはない。

 経験ってなんだろう?それは自社のノウハウであったり、
過去の成功・失敗体験であったり、製造業の人だったら技術なのかもしれない。
 会社がもっている人的、物的資産と言い換えることもできるかもしれないね。もっと極端にわかりやすく言うと自分の得意分野と考えてみてほしい。
 理念があって、分析で裏打ちされているものが自分の得意分野だったら、これは勝てると思わないかい? 
 では、経験だけ持っている人、例えば技術はピカいちの下町の中小企業のおやじさんをイメージしてみよう。経験は豊富で技術もすごいんだけど、行ったこともない海外に子会社作ろうと持ち掛けたって、まずは尻込みしちゃう。
 何が言いたいかというと、理念も分析も経験も、すなわちアートもサイエンスもクラフトもどれもすごく重要不可欠ではあるんだけど、どれもそれだけじゃダメっていうことだ。
 じゃあ、どれが一番重要かな? では斎藤真也君」
「理念じゃないかと思います。
会社にとっての根幹のような気がするし」
 ぼさっとした髪型はおしゃれなのだろうか?それとも単なる寝ぐせ?イケメンではないけど、人柄はすごく良さそうだなと思っていたら、すぐさま、会議室の最前列から別の声が発せられた。

「いや、分析なしの理念じゃ意味がないのでは?」
 眼鏡の秀才タイプの新入社員が指されてもないのに発言した。あたま良さそうだけど、なんかやな感じ。ちょっと友達にはしたくないかも。
「えーっと、君の名前は…?」イケメン先輩が名簿を見ながら切り返す。

「帝都大学法学部卒の甲田俊です。」
っ、こいつ、聞かれてもないのに出身大学答えよった。
そりゃ帝都大学の法学部っていったら、大学受験ランキング、ぶっちぎりのトップだもんな。アピールしたくもなるでしょうよ。
やっぱ、友達にはなれんわ。

 私は甲田俊の名前を繰り返し、【心の友達リスト】から消去した。
 イケメン先輩の【愛する後輩リスト】から消去されたかどうかはわからないが、名前を聞いたのは、回答者がダブらないようにチェックするためだけだったみたいで、イケメン先輩は質問を続けていった。

「じゃあ、才谷さんはどう思う?」

 げげっ、当てられちゃった。
こんな禅問答みたいな質問には答えにくいよぉ。
理念も分析も経験も必要なんじゃないの?
一瞬、会議室の天井を見つめた後思い切って答えてみる。
「あのー、どれも大切なものだと思うので、正三角形のど真ん中なんてありでしょうか?」
私の答えを聞いたイケメン先輩は白い歯を見せてほほ笑んだ。

やっぱ、どれか選ばなきゃいけなかったのかな。

(つづく)


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