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四月 桜はいまだ一分咲き 1

「ご清聴ありがとう」

割れんばかりの拍手で飛び起きた。座っているパイプ椅子から5㎝くらい飛び上がったのが自分でもわかっちゃった。

なんという失態。痛恨のミス…。

入社式の、それも社長のスピーチの最中に寝ちゃうなんて。
最悪だ。昨日の夜は緊張で眠れなかったからなぁ…。

才谷淳子はくりくりした大きな目で回りを見回した。大丈夫。誰も気づいてないみたい。

淳子は今日が初出勤。東京駅から徒歩五分の丸の内にある総合商社五井物産。淳子の就職先だ。
大会議室に集合した新人は総合職、一般職合わせて約四十名。
田舎の国立大学出身の女子総合職は淳子ただ一人と聞いた。
自分でも良く受かったなと思う。ネット調べによるとうちの会社にエントリーした学生は1万人を超えている。
そんな選抜を通り抜けて、ここに座っている同期たち。男子はすごく頭のよさそうな、見るからにキレッキレな感じだ。
女子に至っては、ここはモデル事務所かと思うくらいきれいでスタイルの良い子が多い。

「英語も得意とは言えないし、頭だってきっとみんなに比べると悪いだろうし、見た目も自信ない。私のとりえは元気だけだな…。」
 
十五分間の休憩を告げられたので、眠気防止のコーヒーを自販機まで買いに立ち上がると、

「ねぇ、いびきかいてたよ」

となりに座っていた一般職の女子が小声で耳打ちしてくれた。

なんと!ばれてるやん。

声の方向をみてみると、世界的に超人気のねずみが住んでいる夢の国の妖精みたいな、小っちゃくてきれいな子が、にこにこしながら話しかけてくれている。

「げげっ。わたし、いま相当やばい状況かな?
入社式の社長のスピーチでいびきかいちゃうなんて」

「大丈夫、大丈夫。毎年ひとりかふたりは寝るらしいよ。
ありきたりのつまんないスピーチする社長さんが悪いんじゃない?
あっ、私の名前は川上杏。
人事部の一般職なの。よろしくね。」

「杏ちゃんか、よろしくね。
私は才谷淳子。
でも、配属ってもう発表されているの?」

「淳ちゃん、入社案内読んでないでしょ。
貴方たち総合職の子は十二月まではいろんな部署を1ヵ月ごとに経験して、本配属が決まるのは十二月末なんだけど、わたしたち一般職は今の時点で配属は決まってるんだよ。」

入社案内…、そういえば先月自宅に届いていたけど、
分厚いマニュアルみたいで全然読んでなかった。泣。

「読まなかったんじゃないんだよ、
毎日寝る前に読もうとしてたんだけど、
数ページも進まないうちに寝落ちしちゃって。」

「わかるー、お机で読まないと読めない性格の文書だよね、あれは。」

すげっ、この子、ちゃんと机で読んでたんだ。私に届いた入社案内はまだ十ページ目くらいに折り目が付いたまま、実家の枕元にあるはずだ。
私は冷たいブラックコーヒー、杏ちゃんはミネラルウォーターのペットボトルを買って席に戻ると、各部の紹介として、たくさんの先輩たちのスピーチが始まった。

また、眠くなるのかなぁと思っていたけど、トップバッターの経営企画部のお兄さんがすこぶるイケメンで目が覚めた。          

(つづく) 

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