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西加奈子『うつくしい人』読書感想文

置いていきたいもの

百合はあの場所、そして土地に置いていった。
姉への憎しみをもつ「私」を。
変化する私を嫌う「私」を。
逃れられない現実への絶望感を。
みすぼらしさへの嫌悪感を。

社会のなかで自らを無理くり変形させると、ダメージはとても大きい。僕も例にもれず、勝手に自身に役割を付与して苦しんでいるし、透明な周囲の期待に応えようと自分を消費してしまう。しかし、時間的・場所的に点を生きているので、その一瞬で自らが没落しないために尽力するしかない。身を粉にして虚像をつくりあげ、ひと段落してから後悔する。シャワーを浴びながら「ぬわあ!」と叫んでいるときは、大体その夜だ。

僕がずっと置いていきたいのはこんな「私」だった。が、海が環境に呼応して変わるのなら、社会で移ろいやすい「私」も持っていていいのかもしれない。自分が本当に置いていきたいものを、僕は分かっていない。

それじゃあ百合と同じように旅にでも出てみようか、とまで考えてから、気づいた。僕はいま、ちょうど旅の途中なのである。出身地とも大学があった土地ともちがう、まったく新しい場所で生活をしている。そして、ずっとこの場所にいるつもりもない。

僕はこの場所で、マティアスや坂崎と出会い、地下の図書館に入り浸ろうと思う。
置いていくべきものを置いてくるには、きっと然るべき場所が必要なのだ。

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