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愛と哲学と高校生

前回の続きです。

果たして、ぼくは小説家になると決めるわけです。幸いなことに、ぼくは本を読むことが好きでした。高校の授業中も勉強そっちのけでよく本を読んでました。(そんなことをしてるから大学進学を逃すのだけど)

ただ、もちろん小説も読んでましたけど、小説がとりわけ好きなわけでもなく、落語の本だったり哲学書を好んで読んでました。むしろ小説は少なかった気もします。それでも「本」というものに抵抗はなく、ぼくは彼女の「小説家になれ」という呪いに素直に従えました。

彼女とは月に何度かデートをしました。特になにをするわけでもなく、都心で待ち合わせてひたすら歩き、疲れると喫茶店に入り2人で珈琲を飲みました。喫茶店に入ると彼女は大抵「なにか面白い話をして」と言い、ぼくはソクラテスがなぜ死刑になったのか、とか、ベルクソンの言う純粋持続とは何か、とかそんな話をしました。話が終わると彼女は満足そうににっこり笑い、しばらくぼくを無言で見つめて、「そろそろ出よっか」と言い、ぼくたちは喫茶店を出ます。

付き合って半年くらいたったころ、世間はバレンタインで、ぼくは幼馴染から塾のテキストを貸したお礼と併せて、ついでのチョコレートをもらい、それを彼女に報告しました。彼女は普段は春みたいに穏やかなのに、その時ばかりは狂ったように怒り、そのままの勢いで振られて、彼女はぼくに呪いをかけたままぼくの元を突然去りました。

突然のことでびっくりしたし、古くからの友達で、そのチョコレートにはなんの意味もないことは伝えましたが、まったく聞く耳をもってもらえず、本当にそのまま終わりました。

普通に考えれば、また普通の高校生として普通に進学して普通に就職し、普通の生活を送りそうなものなんだけど、突然現れて突然消えた彼女の呪いは濃厚で、そのままぼくの中に残り、とにかくぼくは小説家になろうとします。

未だに納得がいかないのだけど、大学に進学できないことを言い渡されるのが高校3年生の12月末で、お先真っ暗で年を越して、そんなタイミングで大学受験の準備が間に合うはずもなく、ただただ「学生」という身ぐるみだけ剥がされて、そのまま世間にほっぽり出されます。

まあ、どうせ小説家になるし問題ないか、とかとち狂ったことを考えながら高校を卒業しますが、親の強い意向で予備校に通わされます。

それで、本当にどうしようもないのだけど、親が大金を積んで入れてくれた予備校もろくに通わず、仲の良い友達と毎日ゲームセンターで遊んで過ごしました。彼はなぜだかわからないけど「番長」と呼ばれていて、ぼくはその番長と2人で日々過ごしてました。

番長はぼくと同じ高校で、ぼくと同じように大学に行けず、ぼくと同じように親に予備校に入れられたのだけど、彼も大学進学が本意でなくて、似た境遇がぼくたちを意気投合させ、2人で芳しくない道をあてもなく進みました。

たまにふらっと行ってた予備校では新しい彼女ができたし、その子ともそれなりのお付き合いをするのですが、ぼくの頭の中は呪いの主でいっぱいで、でも連絡することもできず(しても返ってこない)、勉強も彼女も家族も友達も、なにからなにまで宙ぶらりんな日々を送ってました。

当時ぼくは19歳でした。

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