漫画『ゴールデンカムイ』の鑑賞

 『ゴールデンカムイ』は、以前から読みたいと思っていた漫画作品の1つだった。周知のとおりこの4月に作品の完結に合わせて全話無料公開という大胆なPRが打たれたため、私は好機とばかりに作品を読み始めた。そして作品の魅力に引き込まれ、資格試験の直前であるにも関わらず最新話まで通読してしまった。

 ここでは、4月28日に最終話が公開されたことを受けて、私が『ゴールデンカムイ』という作品をどのように受け取ったかを書いてみたい。所詮ニワカなので十分な受け止めができていないところもあるかもしれないが、ご容赦いただきたい。

あらすじと主題の振り返り

 本作の要旨を整理するうえで、勝手ながら4つのパートに切り分けてみた。

1)狩猟生活

 杉本を主人公として物語の出発点は2つあり、1つは隠された「金」の噂、もう1つは「アイヌ」の少女アシㇼパとの出会いだ。タイトルにも含まれる2つの要素が本作のストーリーにおける主軸と言える。

 同時に、本作は羆との戦いから始まる。野生の獣と戦うこと、すなわち狩猟を中心とした生活様式は、主要なテーマの1つとなっている。
 アイヌの伝統的な生活様式は、穀物の栽培もあるものの、狩猟・採集が基礎となっているようだ。本作では特に狩猟に関することを中心にアシㇼパが解説し、そして杉本とともに実践して「北海道の珍味」を食べまくる。
 狩猟に関する物語は、ホロケウカムイ(エゾオオカミ)の生き残りであるレタㇻのエピソードが象徴的なものだと思う。人が野生の獣を狩ることを肯定しながらも、環境破壊や乱獲など伝統的ではない営みによって獣を滅ぼしてきたこと、狩猟ができるということは共存していることでもあるということを考えさせられる。
 ストーリー的には刺青を巡る事情もありながら、初期の主題はそこではない。ただ、後にこのレタㇻのことが伏線となっていたことに気づく。

2)網走監獄潜入

 刺青人皮を収集する勢力同士の対立図式がはっきりしてくるとともに、刺青の仕掛け人であるのっぺらぼうがアシㇼパの父ウイルクかもしれないという話が出てくる。本当にそうなのか、そうであれば何故事件を起こしたのか、何を思ってアシㇼパに暗号の鍵を託したのかという疑問が膨らみ、網走監獄に捕らわれた本人に会いに行くことになる。
 各勢力の動きもいろいろあり、また同行者の中に裏切者がいるかもしれないという疑惑もあり、物語は金を巡る問題を追及していく。
 網走監獄への潜入は各陣営が関わり緊張感のある作戦で、そこからの展開も激しい。いろいろな動きがあるが、しかし結果として真相に関してはそれほどはっきりしない。
 物語上の要点になるのは、ウイルクが死ぬことでアシㇼパが暗号解読の唯一の鍵となり戦いを強く運命づけられてしまうことだ。刺青を巡る戦いからアシㇼパを巡る戦いへと様相が変わっていく。
 含みを持たせた展開は漫画的なストーリー構成の妙で、私も読者として物語に引き込まれていった。

3)樺太行程

 次のパートではアシㇼパはキロランケに連れられて樺太を北上し、父ウイルクのルーツを探ることになる。父の死を知り杉本とも離れたアシㇼパがある種孤独な環境で成長する部分でもある。杉本もアシㇼパを追って北上する。
 勢力間のやりとりがいろいろあって複雑だが、結果的にアシㇼパは暗号解読の鍵を思い出し、杉本とともに札幌に戻って鶴見に確保される。
 また、ここではウイルクのルーツや樺太で見聞した情報から、極東地域の少数民族の話題が重要になる。

4)函館決戦

 アシㇼパが鶴見に暗号の鍵を伝えたことで、各陣営の対立は黄金そのものの争奪戦へと移行する。五稜郭を舞台に攻防戦があり、最終的に列車で鶴見との決着に至る。
 また、過去のアイヌたちが黄金の半分を使って買い取った土地の権利書が発見され、それがアイヌ文化をどう守るかというアシㇼパの悩みに対する答えとされる。

注目したポイント

 上記で振り返ってみても、やはり本作は題材の魅力が大きいと思う。これまであまり描かれなかったアイヌ周辺の題材をしっかりと取材したうえで、漫画作品として1つの大きなストーリーにまとめ上げ、題材の魅力を十分に引き出すことに成功した快作だと思う。
 特に注目したポイントについてもう一言ずつ書いておきたい。

伝統的な生活様式

 本作で次から次へと描かれるアイヌ文化は、文化的な背景の描写が緻密で驚かされる。例えば狩猟に使用する道具も原生植物から作る工程の解説があるし、カムイなどの信仰に関する話もある。銃を使用しない狩猟のスタイルは、自然との共生を考えれば必要なことなのだと教えてくれる。
 狩猟のあとの料理も魅力的だ。チタタㇷ゚をはじめとする数々の料理は、ぜひ食べてみたいと思わせるし、憧れを抱く。ヒンナと言いたい。

 本作で教えられるアイヌの伝統的な生活様式は自然と共生するものであり、本来的には世界の人類が各民族ごとに持っていたはずのものだ。人は本来、自然と共生しなくては生きていけない。
 工業化・都市化・市場主義的な生産と消費の中で私たちは地球環境を破壊する生活様式へと移り変わってきたわけだが、結果として気候危機や資源枯渇を前に持続可能な社会が模索される今、あるいは市場経済に支配された社会構造が人々を生きづらくさせている今、伝統的な生活様式を振り返る意味でも本作は意義深いと思う。

民族の尊重と融和

 本作はアイヌの文化と民族的な独自性を題材として扱っている。しかし、アイヌと日本だけの問題にとどめていないのも素晴らしい観点だ。
 樺太編では少数民族の問題が世界中の国々で共通した課題になっていることを思い起こさせる。強権的な国家に対する少数民族の独立運動は世界でも普遍的なもので、決して珍しいものではない。
 一方で、民族運動がなかなか一枚岩にはなれない現実も描かれる。独立すれば全てうまくいくわけでもない。どうすれば良いのか、というアシㇼパの悩みは普遍性のある問いだろう。

 自然環境の保護区を設けることで民族の旧来の生活を保障するというのは、民族の尊重と融和に関する1つの答えとして、まあまあ妥当なところではあるのだろうと思う。
 あまりアイヌの史実については知らないが、歴史的にも文化の保護・継承と国家への融和とをバランスをとってきたのだろうなと推測する。そしてそれはおそらく、日本の国家の施策というよりもアイヌの人々の長らくの運動の成果なのだろう。

 ただ、作中でも砂金採取によって鮭が川からいなくなったという話が描かれていたように、自然環境の保護は一部の地域だけで完結するものではない。まして現在においては地球規模の環境破壊が進んでいるので、都市生活をする者の立場として、切り離した地域での環境保護を答えとするわけにはいかないなという気持ちがある。
 当事者たちにはたくさんの悔しいことがあっただろうなというのも想像する。都市部においてアイヌ文化が異文化として排除されるようなこと。都市に出たければ民族的な文化を捨てろと迫るのは正しい融和ではないと思うし、歴史の浅い都市文化自体が自己矛盾をはらんでいることにも向き合わなければいけない。

 本作においては、アイヌ文化がごくフラットな目線で描かれている。対立的なものというよりは、当たり前に目の前にいる隣人の生活のように描かれている。
 その目線が私たち個人個人の態度として正しいとは限らないかもしれないが、少なくとも十分にアイヌ文化を尊重した描き方だ。

戦う者の弱さと強さ

 本作では多くの登場人物が戦い、そして死んでいく。
 鶴見陣営に多いが、作中では過去に囚われて戦っている人たちが多くいて、そうした戦い方は人としての弱さの表れだなと感じさせられる。
 一方で、アシㇼパや杉本の戦い方は、未来や他者のために必要に迫られて戦っているという形で描かれる。そこにどれほどの差異があるのかを明確に示すのは難しい気もするが、少なくとも目的の差異はある気がする。
 キャラクターの魅力として、アシㇼパや杉本には周りの人を引き寄せ包みこむ温かさのようなものを感じる。なかなかうまく言葉でとらえきれないが、それは人としての強さだと思う。

数々の嗜好について

 埋蔵金の話や土方歳三のことに関しては、期待される未知の何かを描いた物語としての面白さというか、ある種のロマンだろう。
 脱獄囚をはじめとして各キャラクターの趣味嗜好がやたらと先鋭的で特殊だという点についても、部分部分の娯楽作品としての面白さだろう。男性陣のセクシーな身体もまた、作者の趣味かもしれないが、娯楽要素として受け取ってよいものだろう。
 このあたりは、あまり掘り下げるつもりはないが、作品はお堅い雰囲気ではなく単純に面白いというのが重要なところだ。

総括

 近年出会った中では珍しいくらい、とても良い作品だった。
 全話無料公開が5月8日までに延長されているので、まだの人は読んでほしいと思う。

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