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〈経年進化INTERVIEW〉磨屋自転車店 武捨光晶

「経年進化 INTERVIEW」とは、「経年進化」を謳うMIZ DIALOGUEを通して、様々なモノ作りや表現をされている人にインタビューをして、携わっていることや自分自身をどのように“経年進化”してきたか、そして経年進化させていきたいか、などを取材する企画です。

今回お話しを聞かせていただいたのは、東京都新宿区初台にある「磨屋自転車店」の武捨光晶さんです。2年程前にロードバイクを探していた頃に友人に紹介されて出会った自転車店で、一足店内に運ぶと、一台一台個性豊かな自転車と武捨さんの人柄と空間にすっかり惹かれてしまいました。自転車といえば、車輪が二つあり、フレーム、ハンドル、サドルなど基本的な構造は同じにも関わらず、そこに並んでいた自転車たちにはそれぞれに顔があり、それも全て武捨さんが一台ずつ組み上げているとのこと。

そんな武捨さんにどのようなバックボーンがあり現在の自転車屋に至ったのか、そして店内に並ぶ個性豊かな自転車はどのようなインスピレーションでカスタマイズされているのかなど、武捨さんと自転車の「経年進化」をお聞きしたく取材させていただきました。


<武捨光晶さん プロフィール>

1947年長野県生まれ、とはいえ2歳から東京神楽坂育ち。キャリアのスタートはスポーツウエアメーカーでスキーウエアの企画デザインを担当。その後フリーのデザイナーになり、メーカー各社の影武者として各種スポーツウエアの企画を請け負う。その間、オートバイウエアの企画も行う。1992年アウトドアウエアブランド”beaspo"を立ち上げ現在に至る。2018年には自転車店”磨屋自転車店"を始め、現在、二足の草鞋中です。

田代
武捨さん、学生時代は何を目指していたんですか?

武捨
もともとは芸術家志望。だけども、モノを作り出すことに疑問が生まれて、資本主義のシステムに組み込まれるんじゃないかと思ってね。自分で創作ができなくなってしまって。「じゃあ、これから何をするんだ」となって、普通のサラリーマンになろうと決めて。その後は、親戚の関係もあって、スポーツウェアを中心に展開している「フェニックス」に就職しました。最初は営業、後にスキーウェアのデザイナーに。とはいえ、組織の中で仕事をするのが絶対に無理な人間だったので、9年ほどの勤務を経て、フリーランスになりました。

田代
なるほど。フリーランスになってからも服飾のデザインをされていたんですか?

武捨
フリーランスとして活動する前に…最初はスパゲッティ屋さんをやろうと思ってたの。手打ちの麺からトマトソース作りまで、とことんやるくらいスパゲッティが大好きでね。いざお店を出そうと思って青山近辺で物件を探したら、賃料が高くてこれは難しいなと。それで洋服関連の企画でもするかとなった時に、商社から嘱託のデザインの仕事が来て、それからは数多くのスポーツウェアブランドのデザインを手掛けていました。いわゆる影のデザイナーです。時はバブルでね。1990年代になるとアウトドアアイテムを中心とした自分のブランドを立ち上げて。この自転車屋は、そのブランドのパイロットショップ跡地。外壁のサインはその名残だね。

田代
人に歴史ありですね。ご自身のブランドをやっていた武捨さんが、自転車屋さんになろうとしたきっかけはあったんですか?

武捨
ある時から自転車に乗るのが趣味になって、だんだんいじる方が楽しくなってきてね。オフィスの片隅で自転車をメンテナンスしたり、磨き直したりしてたの。それで1台ずつ洋服屋で売り始めたら、気付いたら120台も販売していて。(店内に購入者の写真を貼っているのを指差し)この頃は洋服屋さんって感じでしょ。その後は洋服の仕事は主に企画がメインになったのと、もともとこの場所がコミュニティスペースとしても機能していたのもあって、じゃあ思い切って自転車屋にシフトして今日に至るって感じかな。お店のロゴは妻が描いてくれました。

田代
これがまた達筆!図らずも趣味をお仕事にしていく感覚はすごいですね。武捨さんは写真も趣味にされていますよね?


武捨
僕の今の気持ちとしては、自転車屋でも洋服のデザイナーでもなく、写真家って呼んで欲しいのよ(笑)。昔、アートをやりたかったというのもあるけど、好きだったものに還ってきている感覚かな。自分が撮った写真は「ム写真」って呼んでます。洋服も嫌いではなかったけど、企画し、デザインし…とストレスは多かった。それに自分は人と何かをするのは苦手だったから。だけど、自転車と写真は一人で完結するのがいい。自分だけの世界に入れるから。年齢を重ねてきてそうなった感じだね。

田代
深いですね...

武捨 
この年齢で自転車好きというと、それこそ子供の頃から好きっていう人、知識や経験がある方がたくさんいるわけ。自分はそういう方々とは全く合わないというか、並べられないわけ。こっちは還暦から自転車に乗り始めているくらいだからさ。しかも体力無くなって、乗るよりいじる方になって、という流れだから。なので自転車を前にして、蘊蓄みたいなものを持ち合わせていない。まぁ、資料を見たりして一応は学ぶんだけどね。なのでマニアの方が来るようなお店になっていたら、今頃は閉めていたと思うね。今、お店には若い子ばかりが来る。雑誌『POPEYE』でも、「シティボーイの大先輩」と自分のことを書いてくれてね(笑)。うちはマニアでもないし、高すぎるわけでもない。彼らとは同じ目線で自転車に触れているのはあるかな。

田代
僕はこの近所に住んでた友人から磨屋自転車を知りました。いい自転車屋があると。

武捨
初めて来てくれたのは、もう2、3年くらい前になるよね?

田代
ですね。新品を取り扱っている自転車屋さんだとブランド、パーツの選択肢が幅広いです。ここに来ると、選択肢がなく、個性豊かな自転車が並んでいて。なので自転車を「感覚」で選ぶんですよね。それも新鮮で。

武捨
最初にお客さんのご希望は聞かないからね。自分がメンテナンスした自転車のみが並んでいるので。「気に入ったやつを買いな」というスタンスだからね、乱暴な店です(笑)。最初は感性で自転車を選んでもらうけど、身体のサイズと自転車が合っているか、用途はなんなのか、という話はきちんとするね。

田代
そのやりとりがまた面白いんですよ。「これに乗りたいな」と思ってもサイズが合わなかったり、いろんな視点で見てみると、「これだ!」という一台が見つかるんですよね。その過程も含めて魅力です。

武捨
こればかりは出会いだよね。延々と見つからない人とすぐに見つかる人で分かれる。自転車も頻繁に入れ替わるから、「次に期待!」でずっと待ってる方もいれば、サッと入って一発で決まる方もいる。モノを購入する方の性格もよると思うけど。

田代
武捨さんは購入者と自転車を一緒に撮影して、そのアーカイブもすごいですよね。

武捨
このように時系列で保管してるからね。ほら、あった。田代純一。最近はこれらの写真をインスタにもアップしていて、わりと喜んでくれる。こちらとしてもコレクションです。

田代
同じ自転車が二つとないというのがいいですよね。フレームに傷がついていたり、色が剥がれていたりすると、武捨さんはレタッチも施すんですよ。それがまたいいんですよね。

武捨
そうね。こんな風に錆色が出た場合、同系色で色を補色するのではなく、自分は割り切って金色か銀色でサビや傷を埋めるんです。これを「金継ぎ」って言ってるんだけど。車体の雰囲気にあわせて金色か銀色を選んでます。ちょっとこの自転車見てみて。

田代
お!!アーティスティックです。

武捨
もう上から描いちゃったの。

田代
すごいですね。現状の自転車に満足がいかず、武捨さんに手を加えて欲しいと言って、自転車を持ち込みになるパターンもありますか?

武捨
ありますよ。その代わり、素材の特性やデザイン上で難しい場合はお断りしてます。

田代
カスタムする際に意識していること、心掛けていることはありますか?

武捨
自転車屋の常識ではなく、自分の感性のみでやっているだけなんだけど。まずフレームを見て金継ぎしたりして、その後は「これにはこうしたい」「これはこっちの方がいいんじゃないか」と自転車と対話をしながら決めていく感じかな。

田代
僕がディレクションをしている眼鏡ブランド「MIZ DIALOGUE」の話になりますが、このブランドは「経年進化」というコンセプトを掲げています。一本のメガネを永く使い続けて、形を変化していく=進化させていく、という意味合いなんですが。自転車においても同様に経年進化が可能だと思いますが、武捨さんはどのようにお考えですか?

武捨
自転車は経年で進化はしていかないと思うけど、ずっと使い続けることができる。特にクロモリ(鉄にクロームとモリブデンを配合した合金)のものは。管理と愛情の掛け方次第で、孫の代まで伝えられるよ。基本的なパーツがシンプルだから、ずっと受け継がれていく。そこがいいよね。傷もマイナスに考えないで、その自転車の歴史として考えればいい。錆びがあればステッカーを貼るだけでなく、金継ぎをする、時に描いちゃう。そうすると自分のものになっていくよね。そうやって愛情をかけていくことができるのは最高だよ。

田代
今のお話が、まさに 「MIZ DIALOGUE」が目指す先でもあります。武捨さん、今日はありがとうございました。

<編集後記>
この日は武捨さんがコレクションしてカメラ、作品をたくさん見せていただきました。赤瀬川原平さんの「中古カメラウィルス図鑑」をきっかけに、中古カメラの沼に入ったようです。蚤の市や古道具屋で見つけては、分解、掃除をして、稼働をさせて写真を撮ったり、まさに自転車と同じようです。そんなカメラで撮影した武捨さんの作品も偶然性を大事にし、一瞬一瞬を楽しむ遊び心を感じさせてくれました。武捨さんのお話を聞いて、改めて物に対する「愛着」というものについて考えさせられました。愛着とはその物自体ではなく、その物と出会ってから、使用していく“時間や記憶”の行為全体に湧くものだと感じました。

〈店舗情報〉
磨屋自転車店
住所:東京都新宿区西新宿4-36-14
TEL:03-5371-0995
営:12時~18時
休:火曜・水曜・金曜


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