大人の階段
薬には「お子様の手の届かない所に保管してください」と書かれた物がある。子供が使うと不都合があるのだろうか。
小学生が授業をサボってトイレに集まった。
「今日は、アレ持ってきた」
「何だよ。アレって」
「へっへっへっへ。ほら」
上着の下から隠し持っていた物を取り出した。虫刺されの薬、キンカンだ。
「おい、これキンカンじゃないかよ」
「まずいだろ、これは」
「ばれたら怒られるぞ」
「大丈夫だよ。ばれないばれない」
得意気にキンカンの蓋を開けると、強烈なアンモニア臭がトイレに立ち込めた。
「おい、ちょっと袖まくってみろよ。塗ってやるよ」
恐る恐る袖を捲くり上げられた腕にキンカンが塗られる。
「ほら、どうだ」
「うひゃー、スッーとするよ。ああ、気持ちいいよ」
「おい、ちょっと俺にも塗らせろよ」
奪い合うようにしてキンカンを塗る。調子に乗って目の周りに塗ろうとする奴までいる。
「それ、マジで洒落になんないからやめろ」
「目の周りはやばいだろ」
「うりゃー」
気合いの一言と共にキンカンを目の周りに塗って「ぎゃー」と悲鳴を上げて引っくり返る。引っくり返ってもがく馬鹿を尻目に少年の一人が呟いた。
「これって大人だよな」
キンカンを持ってきた少年が恥ずかしそうに微笑んで答えた。
「ああ、俺達って、今、大人になったんだよな」
キンカンを塗って大人の階段を一段登った実感が少年達の心を支配していた。
キンカンを通して見える少年達の大人への第一歩。斜め上へのスタンドバイミー。スタンドバイミーをよく知らないけど。
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