優しさの基準

例えば、とても優しい人がいたとしよう。その人がいかに優しいかを他の人に伝えたい。どう伝えれば良いだろう。
これが「背が高い」、「太っている」などの場合ならば、伝えるのは簡単だ。
「山田ってさあ、150kgも体重があるからブーちゃんって呼ばれているんだよ」
「あそこの家の子供は背が150cmあるんだよ。まだ3歳なのに」
身長や体重には単位があるが、優しさの場合は単位がないから、こう簡単にはいかない。優しさを伝えるには、エピソードなり喩えなりを交えて伝えるのが良いだろうか。
「ユミ、聞いてよ。ミサの彼って、ちょー優しいの。この前なんか、ミサの鼻毛を綺麗に切ってくれたのー」
ミサの彼氏は優しいのだろうか。さっぱり分からない。ミサが、ユミに自分の彼氏の優しさ自慢をしたいのは分かるが、それ以外はさっぱり分からない。ここは、誰もがやさしいと思うエピソードや喩えの方がよいだろう。他人の鼻毛を切る事が優しい、というミサの基準では、伝わりにくい。一般的に優しいとする例を挙げるならば、こんなところか。
・雨に濡れた子犬を連れて帰って拭いてやる
・毒蛇に咬まれた傷口から毒を吸い出す
・生まれたてで立てない子鹿に安易に手を貸さない
・森を歩くと小鳥やら子リスが集まる
・老人の手を引いて横断歩道を一緒に渡る
よし、ミサ、これでユミにもう一度伝えるのだ。
「ユミ、聞いてよ。ミサの彼って、ちょー優しいの。どのくらい優しいかっていうと、雨に濡れた子犬を連れて帰って拭いたりしそうだし、ミサが毒蛇に咬まれても毒を吸い出してくれそうなの。でもね、生まれたての子鹿が立てなくても安易に手を貸さない厳しい優しさもあって、野生の掟を知っているっていうかー。それでね、森を歩くと小鳥とか子リスが……」
ああっと、ストップ、ストップだ、ミサ。ユミが話に飽きてスマホを弄り始めている。話を聞けば彼の優しさが伝わるかもしれないが、ユミは最後まで聞いてはくれない。話が長すぎる。ばっさり短くしよう。
・捨て犬を拾う
・傷口から毒を吸い出す
・子鹿の力を信じる
・森の小動物が集まる
・老人に親切
頑張れ、ミサ。再チャレンジだ。
「ミサの彼って、ちょー優しいの。捨て犬拾うし、毒蛇に咬まれた傷口から毒を吸い出して、子鹿の力を信じてるの。森を歩けば小動物が集まるし、老人にも親切なのよ。それでね、この前なんか、…」
あっ、これでも駄目だ。またしてもユミはスマホを弄り始めた。もっとばっさり短くだ。頑張れ、ミサ。
「ミサの彼って、ちょー優しいの。だってさあ、毒老人なのよ」
いや、それは短くしすぎだろ、ミサ。

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