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【つぶやく】観戦

三日間でおよそ十数種類のスポーツを観戦した。テニス、ラグビ、剣道、ラクロス、バレボール、ハンドボール、卓球、アメフト、バスケットボール、などなど。スポーツとはそれほど縁がなく、無関心に近くいてきたけれども、今回の機会を通して、そもそも「観戦」することがほとんどなかったことに気がついた。スポーツを観戦することも、音楽を鑑賞することとどこか似ている。生の演奏を直接、観て、聴くことで伝わる感動や、迫力があるのと同じように、スポーツの戦いを直接目にして、耳にすることで起こる、感動と共感があることがわかった。選手たちは、楽しそうだった。炎天下の中でも、雨の中でも、楽しそうだった。

スポーツを楽しむ本音は、「接触」にあるかもしれない。ラグビや柔道のようにからだの広い面積を、とにかくぶつかり合い、ふれ合う、面の広い接触から、フェンシング、テニス、卓球のように、突かれるような、点の接触まで。その接触をまた、観戦者は楽しむ。圧力を感じ、痛みを感じ、観戦する側もまた、少し肩に力が入ったり、ぴくっとしたりする。ボールを胸に抱いて走る選手と共に、胸に何かを抱えて私も声援を送る。接触は、私たちの最も力強い欲望かもしれない。触れたい、触れられたい。スポーツは私たちが思う存分、接触を楽しめる数少ない場の一つである。

スポーツにはルールがある。前にパスをしてはいけなかったり、ボールを何歩か以上は持ってはいけなかったり、ボールを持ったまま走ったり、得点を十分取るまでセットが終わらなかったり、時間になった時点での得点が有効だったり、特定の体の部位を指定されたり、的が用意されたりする。観戦者は、世界から世界へ、越境しながら旅する。ハリーポッターのクィディッチのようなラクロスの世界から、3次元の世界が2次元に収縮したマリオの世界のように直線上で行われるフェンシングの世界にまで、境界線を飛び越え遊泳しながら観戦する。「なぜ、あんな非合理的な戦いをするの?」と聴いてはいけない。誰も要請していないが、それがルールなんだから。


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