樹木図鑑 vol.5 オキナワウラジロガシ〜日本一大きいドングリの持ち主は、最近厄介ごとに巻き込まれているらしい〜
沖縄の森に行くと決めた時、絶対に会いたかった樹のひとつが、オキナワウラジロガシでした。
彼は奄美以南の南西諸島の固有種で、「日本一大きいドングリをつける樹」として有名です。本土では、植物園で幼木を見る以外に出会う術がないため、どんぐりを入手しようと思ったら南西諸島まで出向かなければなりません。
”日本最大”という分かりやすい称号、”南西諸島固有”という希少性から、一部のどんぐりマニアは彼を神のように崇め奉っています。その人気っぷりは凄まじく、ネット通販でオキナワウラジロガシのドングリがいくつも出品されているほど。
かくいう僕も、オキナワウラジロガシに並々ならぬ憧れを抱いていました。沖縄の森の極相種である彼と会わないことには、亜熱帯の植生についての理解は深まりません。
オキナワウラジロガシとのお見合いは、沖縄での樹木観察において絶対に達成しなくてはならないミッションだったのです……。
石垣島のオキナワウラジロガシ
ということで12月中旬、石垣島北部の亜熱帯林へと出向きました。
リゾート地のイメージが強い石垣島ですが、島の北部には於茂登岳(おもとだけ)を中心とする山岳地帯が広がっており、そこには広大な天然林が残されているのです。極相樹種であるオキナワウラジロガシに会うなら、そういう原生的な森に行くのが一番。
冬なのにどこかネットリとした暖気がまとわりつく中、ゲストハウスから原付を走らせること数十分。於茂登岳山麓の森に到着しました。
沖縄の森の主要極相種は、オキナワジイ(Castanopsis sieboldii subsp. lutchuensis)、オキナワウラジロガシの2種類(他にも色々ありますが…)。いずれもブナ科の照葉樹で、オキナワジイは尾根筋、オキナワウラジロガシは沢沿い、という形で棲み分けを行なっています。
オキナワジイは本土で何度もお見かけするスダジイの亜種なので、なんか顔馴染み感がある。だから、会えたら会うって感じでいいかな〜と思い、観察のターゲットはオキナワウラジロガシに絞りました。なんせ、彼はマジで初対面だからな…。
オキナワウラジロガシが好きそうな沢沿いを辿ると、いらしゃった、いらしゃった。亜熱帯の森特有の、見事な板根をあけっぴろげに広げ、こちらを歓迎してくれています。
樹のうなじ
オキナワウラジロガシの板根、噂には聞いていたけれど、生で見るとやっぱり感激します。三角定規が根元にくっついたような、整ったデザインが良い味を出してる…。
板根といえばサキシマスオウノキが有名ですが、ヤツの板根デザインは奇抜すぎて”異形のモノ”感が強い。それに比べると、オキナワウラジロガシの板根はずいぶん大人しい印象を受けます。土壌が厚く堆積した沢沿いに棲むので、そこまでデカイ板根を用意する必要がないのかな?彼のお淑やかな板根も、タイプっす。
オキナワウラジロガシはブナ科の樹種なので、全体的な樹姿・枝ぶりはやはり温帯の樹っぽい。しかし、根元の板根を見ると、熱帯の樹特有の狂気性も感じます。琉球列島という、熱帯と温帯の境目に棲む彼だからこそ、こういった2面性を醸し出せるのでしょう。
板根の”背筋”の部分に顔を置き、樹本体を見上げると、独特な色気を感じます。板根と主幹のつぎめに”うなじ”のような盛り上がりがあって、あれが妙に艶めかしい…。何気ない樹の仕草に色気を感じて、ドキッとする瞬間、ありますよね…(ないか…)。
待望のどんぐり
オキナワウラジロガシといったら、やはりバカでかいドングリでしょう。聞くところによると、彼のどんぐりは数年に一度の豊作年にしか実らないらしい。ストイックなマスティングを行うあたりが、北国のブナと似ています。
さらに、沖縄の樹木についてのブログや本をいくつか読み漁ると、「オキナワウラジロガシのドングリを拾うには相当な運が必要」という記述も発見しました。オキナワウラジロガシ自体、それほど個体数が多いわけでは無い上、良いどんぐり採集スポットはマニアによってすでに陣取られているというのです。
むむむ、では今回の旅でオキナワウラジロガシのドングリにありつくのは難しいかなあ。あまり期待せずに森に入ると、いい意味で拍子抜けしてしまいました。地面にゴロゴロとドングリが転がっているではないか。
なんじゃこりゃあ。正直拾えるはずないと思っていたので、どんぐりの大群を拝めた時の喜びはデカい。あとで聞いたのですが、今年(2022年)は10年に一度の豊作年だったようです。於茂登岳山麓という、殆ど人が入らないような森の奥に分け入ったことも、幸いだったのかな。
どんぐりを手の上に乗せてみると、やっぱりズッシリしてる。本土のコナラやミズナラのどんぐりと比べると、明らかに重量感が違います。どんぐり好きのちびっ子達が見たら、喜ぶだろうなあ。
オキナワウラジロガシがこれほどまでに大きなドングリをつける理由は、詳しく解明されていません。種子にあらかじめ充填されている栄養量が多いほうが、発芽した後の生育状況は良くなるはずですから、そういうところに謎を解く鍵が隠されていそうですが、真実はいかに。
ちなみに、世界最大のドングリをつけるのは中央アメリカに分布するQuercus insignis。動物は、寒冷な地域に分布する種・個体ほど大型化する、という「ベルグマンの法則」は有名ですが、ドングリに関してはこの逆が当てはまるのかな、と考えてしまいます。
首里城再建に関する伐採騒動
オキナワウラジロガシは、本土のカシと同じく、非常に硬い材を産出します。この強靭さが評価され、彼の材は琉球王朝時代から、首里城本殿の小屋丸太梁の建材として用いられてきました。
……このことが災いして、彼は最近まで、とあるゴタゴタに巻き込まれていました。2019年10月に発生した、首里城の火災です。
首里城は世界遺産にも登録されている、超重要な歴史的建造物。全焼してしまったら、再建せにゃならん、となるのですが、問題となるのはその建材をどこから調達するか。
1992年の再建時には、次回の再建用にイヌマキが植樹されたのですが、それはあくまで100年後の利用を想定しての植林。植栽後たった30年しか経っていないイヌマキからは、材はとれません。
そこで持ち上がったのが、沖縄本島北部・国頭村と、石垣島・屋良部岳に生えるオキナワウラジロガシの大木数本を伐採し、再建に用いる、という計画。この計画が、石垣島で物議を醸すことになるのです。
そもそもオキナワウラジロガシは、古来から伐採の憂き目に逢ってきた樹種。そう広くはない南西諸島の森において、彼の材は貴重な”天然資源”だったのです。それゆえ、現在オキナワウラジロガシの大木は、山奥の原生的な照葉樹林でしか見ることができません。
”建材に使えるようなオキナワウラジロガシの大木”(この表現に注目しておいてほしいです)は、今やかなり希少なのです。そんな樹を「文化」を言い訳に安易に伐採して良いのか、という主張が出てくるのも当然です。
また、石垣島をはじめとする八重山諸島一帯は、琉球王朝時代、沖縄本島の王統による人頭税に苦しめられていました。八重山諸島の人々の心の中には、「本島による搾取」という、負の歴史が渦巻いているのも事実なのです。そんな中、地元に十分な説明がないまま、石垣島からオキナワウラジロガシの大木を持っていく、という話が飛んできた…。
こういった複雑な背景も、反対運動を加速させました。
結局、反対運動の煽りを受けて、石垣島のオキナワウラジロガシの伐採は中止され、国頭村の大木のみが首里城再建に用いられることになりました。
島外からの観光客にすぎない僕は、この件に関してはっきり意見することは出来ないし、する権利もないと思います。
しかし、ちょっと気になったのは、伐採反対運動に関する記事の中にあった、「オキナワウラジロガシは、希少極まりない樹種で、建材に持っていかれると絶滅してしまう」というような文言。
この文章は、「石垣島のオキナワウラジロガシは極めて貴重である」ということを言いたいのだと思うのですが、流石に大袈裟すぎる表現なのでは、と思います。
確かにオキナワウラジロガシの大木は希少なのですが、「建材として使えるような大径木が」貴重なのであって、オキナワウラジロガシの成木自体はそれほど珍しいものでもありません。
人里近くでは見られない樹種なので、会うのが難しい樹であるのは確かなのですが、森の奥の沢沿いに入れば、そこそこの本数の成木を見ることができます。「数は多くないけれど、あるところには一杯ある」樹なのです。
反対運動が加速した結果、オキナワウラジロガシの本来の生育状況に関する情報がなおざりになって、その希少性だけがクローズアップされていく、というのも、いささか冷静さに欠けている気がします。
狭い南西諸島で、人間とおしくらまんじゅうをするようにして、森を作ってきたオキナワウラジロガシ。首里城再建にまつわる問題は一件落着しましたが、今後はゴタゴタに巻き込まれることなく、平穏に暮らして欲しいものです。
学名 Quercus miyagii
ブナ科コナラ属
常緑広葉樹
分布 奄美大島、加計呂島、請島、徳之島、沖永良部島、沖縄本島、久米島、石垣島、西表島
樹高 20m
漢字表記 沖縄裏白樫
別名 ヤエヤマガシ
英名 ー
琉球方言名 マガシ、カシギ
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