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20歳樹木オタクの、ひとり演習林

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執筆者 三浦夕昇 樹木がとにかく好きな20歳。 日本の樹木や、森のことを、写真と共にゆる〜く解説。森の中を散歩するような気持ちで、お気軽にお立ち寄りください。個性豊かな樹木達が、…
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#三浦夕昇

月に操られた、命のゆりかご ~マングローブの生態~ その②

その①から続く マングローブ樹種たちの社会 石垣島の西海岸、名蔵川(なぐらがわ)の河口には、名蔵アンパルと呼ばれる巨大な干潟が広がっています。 「アンパル」というのは、現地の言葉で「網を張る」という意味。 「重税に耐えかねて島外に脱出しようとする農民を捕らえるべく、役人が河口に大きな網が張っていた」とか、「漁師たちが大きな網を張って魚を獲っていた」など、名蔵川には網にまつわる伝承がたくさん伝わっており、それが地名の由来なのだろうと推測されています。 簡単に網を運び込める

月に操られた、命のゆりかご ~マングローブの生態~ その①

12月半ば、オフシーズンの石垣島。どんよりとした曇り空が広がっていて、気温も低く、島内の観光地はどこも閑散としていますが、植物マニアにとってはありがたい時期です。 夏場の石垣島のビーチは、ナンパに勤しむお兄さんたちに支配されていますが、冬になればそんな喧騒も本土へ後退してしまいます。モンパノキやテリハボク、アダンなど、熱帯の樹種との出会いを求める僕にとっては、誰にも邪魔されずに樹木を観察できる冬場のほうが、むしろベストシーズンなのです。 そんなわけで、2年前(2022年

カラマツ 〜冬に眠る針葉樹の、ガッツ ある一面〜

秋の北海道をドライブしていたときのこと。十勝から富良野方面へ抜ける国道38号「樹海峠」を通りました。 その名前通り、広大な樹海の中を突っ切る峠道で、周囲は一面カラマツの植林地。ちょうど紅葉のピークだったらしく、カラマツたちは見事な黄金色に染まり、それはそれは幻想的な景色を作り出していました。山々が金色の絨毯となり、西日に照らされる……。 あの見事な景色は、カラマツにしか作り出せないでしょう……。 日本唯一の落葉針葉樹 門松のマツしかり、クリスマスツリーのモミしかり、針

東京23区内の”森”を探索しよう その③

その②から続く ここまでいくつかの自然林を回ってきましたが、それぞれの森の樹種組成は、概ね似通っていました。スダジイ、アカガシ、シラカシが優勢の照葉樹林に、ムクノキやケヤキ、イヌシデなどの落葉広葉樹がところどころで混じる、というのが、東京の自然林の基本的な構成のようです。 しかし、国木田独歩の「武蔵野」に描写されていたのは、コナラやクヌギなどからなる落葉広葉樹林。僕が見た林相とは大きく異なります。19世紀末から現在にいたるまでの約130年の間に、23区内の植生は全くの別モ

東京23区内の”森”を探索しよう その②

高級住宅街の中の森(続き) 現地は、五反田駅から徒歩10分、桜田通り沿いの「宝塔寺」というお寺の境内でした。航空写真で確認した通り、本堂の裏の崖には照葉樹の木立があります。 っが、しかし。 いざその木立に近づいてみると、そこには森というよりも庭園に近い風景が広がっていました。スダジイ、アカガシなどの照葉樹が何本か生えているのですが、以前強剪定が行われたのか、皆人為的な樹形になっています(てかアカガシって、もっと標高が高いところが好きなはずだけど、なんでこんな海沿いに居

東京23区内の”森”を探索しよう その①

国木田独歩の随筆「武蔵野」は、1890年代、現在の東京都西部の丘陵地帯(武蔵野台地)に広がっていた”武蔵野の雑木林”の情景を描いた文学作品。その中に、こんな一節があります(↓)。 ”昨日も今日も南風強く吹き雲を送りつ雲を払いつ、雨降りみ降らずみ、日光雲間をもるるとき林影一時に煌めく……これが今の武蔵野の秋の初めである。林はまだ夏の緑のそのままでありながら空模様が夏とまったく変わってきて雨雲(あまぐも)の南風につれて武蔵野の空低くしきりに雨を送るその晴間には日の光水気(すい

樹木図鑑 その⑩ エゾマツ 森の奥に隠れる、優しき女神

苫小牧市街から、道央有数の景勝地・支笏湖に向かう国道276号は、通称支笏湖通りと呼ばれています。普通の人からすれば何の変哲もない国道なのですが、樹木ファンからすると結構楽しいドライブコース。この道は樽前山麓の広大な天然林を突っ切っているため、沿道で様々な樹種を観察できるのです。 苫小牧側から支笏湖通りを走ると、最初にミズナラ林を通過し、次に針葉樹の大木が林立する森に突入します。本州では、針葉樹林は環境が厳しい亜高山帯にしか成立しないため、針葉樹の”大木”となると滅多に出会え

フォレストリップ! 日本全国、いちおしの森を集めました

僕の趣味は森歩きです。特に、太古の時代の日本の自然が未だ息づいているような、原生的な森が好き。 ………こう書くと、テントに泊まりながら、人里離れた深山の中を何日もかけて歩き回る…みたいな旅のスタイルを思い浮かべられるかもしれませんが、僕はテント泊は大の苦手。それほど体力があるわけでもないので、何十kmも歩くようなロングトレッキングも好きではありません。 しかし日本の自然というのは懐が深くて、僕のような軟弱者にも、原生的な自然を堪能する機会を与えてくれるのです。 なんせ私た

”動く樹木”の人生観 〜先駆樹種たちの猛攻〜

小学生のころ、近所にやたらと草ボーボーな公園がありました。そこのブッシュの茂り具合は凄まじく、グラウンドの大半は高さ1mほどのイネ科の雑草に覆われていました。その公園の何がヤバいって、雑草に混じって樹も育っていたところ。グラウンドも、いずれは森に還るんだなあ…と、子供心に植生遷移の偉大さを感じていたのです。 遊び場の草原 僕は野生児だったので、草ボーボーの公園で遊ぶのが好きでした。友達と草原の中をチャリンコで疾走したり、若木を伐って秘密基地を作ったり…。そのライフスタイル

樹木図鑑その⑨ トチノキ〜強面なヤツほど、実は優しいのかもしれない〜

高校1年生のころ、ぼくは樹木を種子から育てること(実生育成)にハマっていました。あれだけの大きさに育つ樹木も、一番最初は小さな種子から始まります。それを土に埋めると、翌年の春に小指よりも短い芽がでてきて、ゆっくりゆっくりと葉の数を増やしていくのです。「ここから、恰幅のある幹が生成され、高さ30m以上の巨大な生命体が出来上がるのか……」そう考えると、なんだかしっくりこない感じもする。 自分よりも遥かに大きく育ち、長く生きる奴らの、人生のスタートに立ち合っている。そのロマンこそ

樹木図鑑 その⑧ アカマツ 〜前を向こう、未来は変わる〜

僕の地元の兵庫県神戸市は、「山が近い街」として有名。三宮の繁華街から1kmも歩けば、そこそこの奥行きがある六甲山地に入り込んでしまいます。急峻な山と海とのあいだの狭い裾野に、70万の人口を擁する市街地が挟み込まれている例は、世界的に見ても珍しいんだとか。 そういう特性を持つ街ですから、神戸に住めば毎日のように六甲の山並みを眺めることになります。僕が通っていた中学校の部室からは、ムクノキやシラカシ、アラカシが入り混じった六甲南斜面の森が遠望できたのですが、それをぼんやりと観察す

春日山のナギ 〜文化的価値が高い外来種をどうすべきか〜

2022年の三が日、奈良県の春日大社を訪ねました。初詣のため……ではありません。春日山に広がる照葉樹林で、樹木の観察をするためです。(そこで観察した樹木たちは、樹種ごとの図鑑に掲載しています) イチイガシ、ケヤキなどの大木が林立する春日大社境内は、関西でも随一の樹木ウォッチングスポット。なんせ三が日だったので、春日大社本殿付近は尋常じゃないレベルの混雑ぶりでしたが、幸いにも境内の外れにある巨木林は人も少なく、のびのびと樹木観察を楽しめました。ひさしぶりに青森から関西に帰省した

樹冠は、アートだ 〜クラウンシャイネスを追いかけて〜

奥入瀬で樹木ツアーをしていたころ、お客さまからこんな言葉をいただいたことがあります。 「植物たちは、人間が抱えているようなしがらみ無しに、自由に生きられて羨ましいですね」 なるほど、おっしゃる通りでございます。人間として生きていれば、次々と面倒くさいタスクが発生します。気遣いだったり、対人トラブルへの対処だったり……。 こういうの、絶対必要だけど気にしすぎると心を病むのもまた事実。 対人(?)関係のモヤモヤに気を揉むことなく悠々と生きる奥入瀬の森の樹木たちを、羨ましく思

樹木図鑑 その⑦ コナラ 〜人間の森林破壊は、いつも彼が尻拭いをしてきた〜

子供の頃、毎年夏休みになると近所の野生児たちがこぞって山に出かけ、虫捕りに勤しんでいました。 小学生というのはなんでも勝負事にしたがる性質を持つ生き物で、虫捕りのときも「何を何匹とったか」というのが野生児たちのあいだでステータスになっていました。僕も人並みに虫捕りにハマっていたのですが、その腕はイマイチ。神戸の森や公園で簡単に捕れるのはセミですが、すばしっこいアイツらを捕まえる運動神経を持ち合わせていなかったのです。 「お前1匹も捕ってないの〜?」といって自慢げに虫かごを見