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20歳樹木オタクの、ひとり演習林

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執筆者 三浦夕昇 樹木がとにかく好きな20歳。 日本の樹木や、森のことを、写真と共にゆる〜く解説。森の中を散歩するような気持ちで、お気軽にお立ち寄りください。個性豊かな樹木達が、… もっと読む
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記事一覧

”動く樹木”の人生観 〜先駆樹種たちの猛攻〜

小学生のころ、近所にやたらと草ボーボーな公園がありました。そこのブッシュの茂り具合は凄まじく、グラウンドの大半は高さ1mほどのイネ科の雑草に覆われていました。その公園の何がヤバいって、雑草に混じって樹も育っていたところ。グラウンドも、いずれは森に還るんだなあ…と、子供心に植生遷移の偉大さを感じていたのです。 遊び場の草原 僕は野生児だったので、草ボーボーの公園で遊ぶのが好きでした。友達と草原の中をチャリンコで疾走したり、若木を伐って秘密基地を作ったり…。そのライフスタイル

樹木図鑑その⑨ トチノキ〜強面なヤツほど、実は優しいのかもしれない〜

高校1年生のころ、ぼくは樹木を種子から育てること(実生育成)にハマっていました。あれだけの大きさに育つ樹木も、一番最初は小さな種子から始まります。それを土に埋めると、翌年の春に小指よりも短い芽がでてきて、ゆっくりゆっくりと葉の数を増やしていくのです。「ここから、恰幅のある幹が生成され、高さ30m以上の巨大な生命体が出来上がるのか……」そう考えると、なんだかしっくりこない感じもする。 自分よりも遥かに大きく育ち、長く生きる奴らの、人生のスタートに立ち合っている。そのロマンこそ

樹木図鑑 その⑧ アカマツ 〜前を向こう、未来は変わる〜

僕の地元の兵庫県神戸市は、「山が近い街」として有名。三宮の繁華街から1kmも歩けば、そこそこの奥行きがある六甲山地に入り込んでしまいます。急峻な山と海とのあいだの狭い裾野に、70万の人口を擁する市街地が挟み込まれている例は、世界的に見ても珍しいんだとか。 そういう特性を持つ街ですから、神戸に住めば毎日のように六甲の山並みを眺めることになります。僕が通っていた中学校の部室からは、ムクノキやシラカシ、アラカシが入り混じった六甲南斜面の森が遠望できたのですが、それをぼんやりと観察す

春日山のナギ 〜文化的価値が高い外来種をどうすべきか〜

2022年の三が日、奈良県の春日大社を訪ねました。初詣のため……ではありません。春日山に広がる照葉樹林で、樹木の観察をするためです。(そこで観察した樹木たちは、樹種ごとの図鑑に掲載しています) イチイガシ、ケヤキなどの大木が林立する春日大社境内は、関西でも随一の樹木ウォッチングスポット。なんせ三が日だったので、春日大社本殿付近は尋常じゃないレベルの混雑ぶりでしたが、幸いにも境内の外れにある巨木林は人も少なく、のびのびと樹木観察を楽しめました。ひさしぶりに青森から関西に帰省した

樹冠は、アートだ 〜クラウンシャイネスを追いかけて〜

奥入瀬で樹木ツアーをしていたころ、お客さまからこんな言葉をいただいたことがあります。 「植物たちは、人間が抱えているようなしがらみ無しに、自由に生きられて羨ましいですね」 なるほど、おっしゃる通りでございます。人間として生きていれば、次々と面倒くさいタスクが発生します。気遣いだったり、対人トラブルへの対処だったり……。 こういうの、絶対必要だけど気にしすぎると心を病むのもまた事実。 対人(?)関係のモヤモヤに気を揉むことなく悠々と生きる奥入瀬の森の樹木たちを、羨ましく思

樹木図鑑 その⑦ コナラ 〜人間の森林破壊は、いつも彼が尻拭いをしてきた〜

子供の頃、毎年夏休みになると近所の野生児たちがこぞって山に出かけ、虫捕りに勤しんでいました。 小学生というのはなんでも勝負事にしたがる性質を持つ生き物で、虫捕りのときも「何を何匹とったか」というのが野生児たちのあいだでステータスになっていました。僕も人並みに虫捕りにハマっていたのですが、その腕はイマイチ。神戸の森や公園で簡単に捕れるのはセミですが、すばしっこいアイツらを捕まえる運動神経を持ち合わせていなかったのです。 「お前1匹も捕ってないの〜?」といって自慢げに虫かごを見

樹木図鑑 その⑥ スダジイ 〜宅地の隙間の、深い森〜

高畑勲監督が1994年に製作したジブリ映画「平成たぬき合戦ぽんぽこ」は、東京都西部・多摩地域の開発がテーマになっています。作中に森林破壊の描写があることから分かる通り、かつて多摩丘陵には緑濃い広葉樹林が広がっていたのですが、1950年代〜1970年代にかけての宅地開発で森は激減。現在の多摩丘陵には住宅地が延々と広がっていて、以前存在していた森は”都市公園”という形で断片的にその姿を留めているにすぎません。 こういった諸々の経緯・地域特性を以前から知っていた僕は、”多摩地域は

樹木図鑑 vol.5 オキナワウラジロガシ〜日本一大きいドングリの持ち主は、最近厄介ごとに巻き込まれているらしい〜 

沖縄の森に行くと決めた時、絶対に会いたかった樹のひとつが、オキナワウラジロガシでした。 彼は奄美以南の南西諸島の固有種で、「日本一大きいドングリをつける樹」として有名です。本土では、植物園で幼木を見る以外に出会う術がないため、どんぐりを入手しようと思ったら南西諸島まで出向かなければなりません。 ”日本最大”という分かりやすい称号、”南西諸島固有”という希少性から、一部のどんぐりマニアは彼を神のように崇め奉っています。その人気っぷりは凄まじく、ネット通販でオキナワウラジロガシ

”樹の国”の森を巡って 〜神が棲むと、森はどう変わるのか?〜 その②

その①から続く 自宅の神戸から大阪市街、金剛山地を通り、奈良県の五條から国道168号に入ると、紀伊山地に突入。天辻峠を越えて十津川流域に入ると、いよいよ山深さが増し、今までいた畿内から完全に隔絶された地域に入ったことを実感しました。 車窓から周囲の森を流し見ましたが、原生的な森の気配は感じられません。 谷の両脇に広がっていたのは、モコモコとした樹冠が目立つ照葉樹林。おそらく構成樹種はツブラジイ、アカガシ、ウラジロガシあたりでしょう。 一見原生的な森に見えますが、十津川の

”樹の国”の森を巡って 〜神が棲むと、森はどう変わるのか?〜 その①

「半島」というのは、人間にとっても、樹にとっても、特別な場所です。 ”半分島のような場所”という語源通り、半島はその地理的な条件のせいで他の地域から隔絶されています。陸路で移動する場合、本土から突き出た土地をわざわざ通過することはありません。それゆえ、古来から現在に至るまで、半島は主要な交通網から切り離されてたのです。いわば、「行こうと思わなければ決して辿り着けない場所」。 こういった特性のせいか、半島では本土とは異なった歴史が流れることが多く、文化習俗も独特なものになりが

ハンディを抱えた樹木たちの、華麗なドレスアップ 〜板根が見たい‼︎〜

板のような根と書いて「板根」。 鼻濁音で始まるせいか、この言葉にはどこか仰々しい響きがある。子供の頃、植物図鑑で「バンコン」という用語に初めて出会った時、「なんかよく分かんないけど、スゲ〜」と思った記憶があります。 その図鑑には、マレーシアのラワンの板根の写真が載っていて、それにはもっと驚かされました。なんじゃこりゃあ。 人の背丈より高いところで、幹と根っこが接続して、でっかいスカートが出来上がってる……。言葉の響きに釣り合う、奇しい樹姿。未知なる異形の樹木に、どうしようも

樹木図鑑 その④ カシワ 〜日本の食糧庫を守る、愛想の良い格闘家〜

ここは北海道の日高地方。サラブレッドの一大産地として名高い地域です。周囲の平原に広がっているのは、とうきび畑と牧草地。アメリカ映画のワンシーンに出てきそうな、広々とした景色……。日高特有の冷たい海風が、時折自分とすれ違い、涼気を置いていってくれます。それゆえ、真夏でも気温は20度前後。 遠近感が狂うほどの、広大な牧草の海。その沖合には、長大な”緑色の帯”が横たわっています。こっから見ると島のように見える…。「防風林」です。 日高に吹き付ける冷たい海風は、歩きながら感じる分に

樹木図鑑 その③ クヌギ ~人類の特権をバックアップしてくれる樹~

1960年代に燃料革命が起こるまで、日本では長らく薪が主要エネルギー源として用いられてきました。 火は、ヒトという生物の繁栄の土台です。そして、樹は一番身近で、しかも大量にある有機物。日本人のみならず、人類全体の文明生活は、数千年にわたって樹によって下支えされてきたのです。 植生豊かな日本列島には、数多の樹種が生育していますが、その中でも特に人々の日常生活への貢献度が高かった樹は何か?となると、クヌギが最有力候補になると思います。 クヌギは、一言で言い表すならば「キングオ

清流には、森が溶けている ~四万十川の森紀行~ その②

その①から続く 市ノ又の森 天然のヒノキ林が見られるという市ノ又風景林は、四万十川の支流・葛籠川(つづらがわ)の源頭部に広がっています。原生的な森あるあるですが、まあアクセスは悪い。 葛籠川の延長は約10km。川沿いの狭い林道を走り、森の入り口までアクセスするのですが、川の湾曲をなぞるようにして道がカーブを繰り返すため、次第に方向感覚が鈍ってきます。自分はいま、東西南北どの方面に向かって走っているんだ…。何回カーブを曲がっても、同じような山並みしか現れないので、「現在地