【小説】タシカユカシタ #14
「そうだ。『タシカユカシタ』みたいな、うその呪文じゃない本当の呪文だ。それを今から教える。今の時代に合わせればパスワードかな?」
「ちょっと待った。いま『タシカユカシタ』は、うその呪文って言った?」
「言ったけど?だってあれは、とくちゃんが考えて浩太がそれを詩に書いただけのものだろ?言ったって、実際に何か起こるわけじゃないじゃん」
「じゃあなんで、さっき僕が呪文を言ったから、それをかなえてやるなんて言ったんだよ」
「はは、だってそうでも言って無理にでもかなえてやらなかったら、拒否しただろ」
「…僕は、何度もいやだっていったよな」
「浩太が呪文を口にした時点で、体験を望んでいると判断させてもらった。《宵闇》も、そう判断した。だから《宵闇》は、僕が『『惜別の部屋』体験プログラム』を使うことを了承したんだ」
「なぜそこまでして、僕に体験させることにこだわるんだ!」
分身は、また、にたっと、きんぴかの歯を出して笑った。
「主人に、プログラムを体験させると旅に出たときに待遇が違うんだ」
「は?」
「僕らが、旅立っていく先は、くわしくは言えないけれど本当に過酷なところなんだ。だから少しでもポイントを、かせいでおきたいんだよ」
「は?それだけのために、お前は僕をこんな目にあわせたのか?」
「何をそんなに怒ってるんだ?僕を生んだのは浩太だろ?僕は浩太で、浩太は僕だ。僕は、いわば浩太の代わりに旅に出るんだ。少しぐらい協力してくれてもいいだろう?」
浩太は、ジャックが言っていることは全部言いがかりで、自分勝手な言い分だと思った。
こんなやつが自分の分身だとは思いたくなかった。
「僕は、お前なんか生んだ覚えはない!あの詩も、そんなに深く考えて作ったわけじゃない。詩なんか、どれだけ書いても、なんの役にも立たなかったし、もう書かない。お前が、どうなろうと知ったことか!早く元に戻せよ!」
浩太は、自分でもなぜこんなに怒りがこみ上げてくるのか分からなかった。
「ああ、そうか…分かった…勝手にしろ」
分身は、そう言って浩太に背を向けると、すうぅっと遠ざかった。
「僕は、浩太が、《竜人》かと思ったけど、どうやらそうじゃなかったらしい…じゃあね、もう会うことも無いだろう」
そして、ふいに、ふっと消えてしまった。
「あっ、おい!待てよ!」
浩太は、ひとり残されてしまった。『惜別の部屋』に…
「どうしろって、いうんだよ!」
浩太は重大なことに気付いた。
「あっ!」
ジャックに、この『惜別の部屋』から出るのに欠かせない《宵闇》と会うための呪文を教えてもらってなかったのだ。
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