見出し画像

【小説】タシカユカシタ #21

 まだジャックに浩太が、『惜別の部屋』に連れてこられる前の話だ。
 浩太がジャックの姿を初めて見たとき、ジャックは浩太にこう言った。

『やっと思い出したみたいだね』

 その台詞が頭に直接響いてきたのだった。
 その後も頭の中で声がする感じだったのが、ジャックが『惜別の部屋』体験プログラムを、起動させたとたん、普通に声が耳に届いたのだ。

(もしかしたら声が届くように強く念じれば、人間の世界にいる人に声が届くのかもしれない)

 浩太は、由香が浩太をこんな目に追い込んだ張本人だと思っていたが、一縷の思いを託して洞から出て、由香のいる北校舎二階にある教室を目指した。
 

アクア登場


 
「あ、村瀬さん!」

 由香が気を失った。あわてて寺野先生が駆け寄る。
 寺野先生が由香を抱きかかえ、何か叫んでるようだ。
 由香は、気を失ったままだ。
 寺野先生は、そのまま由香を抱き上げると、みんなに何事か叫んで教室を出た。たぶん保健室に連れて行くのだ。
 浩太は、目の前で起きた出来事に、ぼうぜんとなった。
 浩太は、例によって教室の閉まっている窓ガラスから、中へ、すべりこんで、天井に降り立った。
 さっそく由香を見つけると、浩太のことに気付いてくれるよう必死に願って、見つめ続け、念じ続けた。

『お願いだから気付いて!』

 その甲斐あってか、浩太が天井に張り付いていることに気付いたのか、由香も浩太のほうを見上げた。
 だけど実際に浩太の姿が見えているのか判然としなかった。

『村瀬さん!僕のこと、見える?声が、聞こえる?聞こえたら返事をして!僕を、助けて!』

 由香は、じっと浩太のほうを見ているだけで返事は、なかった。
 そのうち授業が、はじまったのか、寺野先生がプリントを配り始めた。由香も前を向いてしまった。

(やっぱりだめか…)

 浩太は、天井の床に、がっくりひざを落として頭を垂れた。
 それでも気を取り直して再び念を送り続けていると、教室に異変が起こった。
 突然、由香が席を立ち上がり、すごい剣幕で寺野先生に何か言い始めた。
 最初、浩太のことを言ってくれているのかと期待したが、一度も浩太のほうを見ないところをみると、違うようだ。
 そのうち由香は、その場にうずくまり、なんと気絶してしまった。
 教室の中は、まだざわついている。

(何があったんだ?)

 由香の態度は、尋常じゃなかった。

(あのプリントに何が書かれているのかな?)

 由香は、配られたプリントを読み終えたあと、様子がおかしくなったのだ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?