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【小説】タシカユカシタ #19

 浩太が真っ先に思い浮かんだのが、ヴァーチャル・リアリティーの世界だった。
 ヴァーチャル・リアリティーとは、コンピューター・グラフィック(CG)で現実と全く同じ世界や、現実とは全く違うリアルな別世界を創り出し、その映像を現実と認識させるような感覚機器を取り付けて、その世界を疑似体験させる装置のことだ。
 SF映画では、よくある設定だが、現在では技術も進歩し、ゲームの世界や医療現場で実際に使われ功績を上げている。
 浩太は、実験室のようなところに自分が寝かされ、いろいろな器具を体に付けられて、眠らされながらヴァーチャル・リアリティーの夢の世界を体験させられている様子を思い浮かべた
 ジャックは、CDやDVDに似た円盤を操っていたし、呪文のことをパスワードとも呼んでいた。そう考えると自分は誰かの企みで、ゲームの世界に取り込まれてしまったような感覚を覚えた。

(これがゲームだろうがなんだろが先に進むしかない)

 浩太は、これがゲームの中かもしれないと思ったら、逆に心が落ち着いてくるのを感じた。何故なら、それは浩太が日頃、慣れ親しんでいる世界なのだ、
 浩太は、この世代のご多分に漏れずゲームが大好きだった。
 とくにロール・プレイング・ゲーム(RPG)は、自分が物語の主人公になって活躍できるので好きだった。浩太が、詩を書くのをやめたのも、ゲームに、はまってしまったことが、ひとつの原因となっていた。

(こうなったら、この世界がどうなっているのか全部みてやる)

 浩太は、次第にノッてくる自分を感じた。なにしろ自分が実際に物語の主人公になれることなんてそうそう無いからだ。
 今、浩太が体験していることがゲームだったとして、それはどんな種類のゲームなのか、それを解く鍵はジャックとティラノの言葉に隠されている。浩太は、そう思った。

(あいつは、僕のことを、竜神かもしれないと言った。ティラノは、自分の力ですべる竜になる、と言った)

 本当は、ジャックが言ったのは竜神ではなく《竜人》で、ティラノは、《統べる竜》と言ったのだが、そんなことは浩太にはまだ分からない。

(竜が、関係している。きっと、竜をめぐる物語なんだ!)

 そして、浩太自身も、竜になる夢を見ている。間違いないと、浩太は思った。
 竜を、めぐる物語はファンタジーRPGの王道と言ってもいい。浩太も好きな分野だった。
 浩太は興奮した。

(竜を、めぐる物語が、こんなところで終わるはずが無い!きっと脱出の糸口があるはずだ!)

 そして、こう思った。

(だめでも、リセットすればいい!)

浩太はそこまで考えて、ふと気付いた。 リセット…どうやって?リセット出来たとして今の自分はどうなる?
 
自分の考えにふけっていた浩太は、周りの異変に気付き、ハッとした。
浩太は、一年生のある一クラスの教室の天井にいたのだ。
今、そのクラス全員が、浩太の方を見ていた。
先生も、こっちを見ている。先生は見えているわけではなさそうだ。浩太の方を指差している何人かに何やら聞いている。声や物音は聞こえない。片手をかざして、こちらを見ている子もいれば、大泣きしている子もいる。

(しまった!!)

 浩太は、自分の考えにふけっている間に自分に対する視線に気付かず、騒ぎを大きくしてしまったのだ。

(やっぱり見える子が、いるんだああ!)

 浩太は、脱兎のごとく、教室から、逃げ出した。
 

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