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【小説】タシカユカシタ #23

「ど、どういうこと?」

「ジャックは、坊やにこの世界を、思う存分楽しめと言わなかったかい?そして十分楽しんだら《宵闇》のところへ行けと…そう言わなかったかい?」

 たしかにジャックは、同じようなことを言った。とにかくこの世界を、楽しめばいい。もう十分楽しんだなっと思ったら、《宵闇》のところへ、行けばいいと…

「それが、肝心なんだよ。坊や、この世界は坊やが思っているようなゲームの世界じゃない。ヴァーチャル・リアリティーの世界でもない。この世界は、生きているんだ。感情があるんだよ。あんたたち人間たちが、日頃、生活していくうちに心の奥に埋もれていく感情が、蓄積して溜まる場所なんだ。『惜別の部屋』は、その入り口でしかないけどね」

「だから人間と同じなんだ。この世界は…楽しんでもらえれば、うれしいし、ひどいことを言えば傷つく。坊やは、この世界を傷つけたのさ。だからそう簡単に、元の世界には帰れない」

「そ、そんなあ」

「もともと、『惜別の部屋』体験プログラムやらパスワードやらが、あったわけじゃない。この世界は、現実の人間世界に呼応しているのさ。人間社会のテクノロジーや、仕組みが、進歩して便利に、また複雑になればなるほど、この世界も水がしみこむように、テクノロジーや、仕組みが、進歩して便利に、また複雑になるんだ。」

「だから今、坊やに出来ることは、この世界を、楽しむことさ。楽しんで、思う存分遊んで、もう十分楽しんだ、もうこの世界に思い残すことは無いって思えれば、それだけで元の世界に帰れるかもしれない。大昔は、それだけで帰れたらしいからね」

「帰れるかもって、分からないの?」

アクアは、にっと笑った。笑いかたが、ジャックに似ていた。

「分からないね。さっき言ったように、この世界に置き去りにされたのは、坊やが初めてなんだ。実は、『体験プログラム』ってのが出来てから最初のお客さんなんだよ、坊やが」

「えっ」

「ここ何年も、(夢語り)に気付いた主人は、いなかったってことさ。だいたい年々《夢語り》の数自体も減ってきている。夢を見る子供が、少なくなってきているってことだね。今いる《夢語り》も、ティラノと、この私だけさ。ジャックは行ってしまったからね」

 だとしたら、浩太が五年生の教室に行っていても、《夢語り》には、会えなかったのだ。

「昔は、個人個人にパスワードなんて無くて、みんな同じ呪文を、となえれば、《宵闇》に会えたのさ。だからもし《夢語り》に置き去りにされた主人がいたとしても、他の《夢語り》が、呪文を教えてやることもできたんだ」

 だから『惜別の部屋』に置き去りにされたのは、浩太が初めてなんだ。浩太も、ようやく自分の置かれた状況が分かってきた。分かるほどに危機的な状況だった。

「もうひとつ…坊やにとって、やっかいな問題がある…」

 アクアは、言いにくそうにしていた。まだこれ以上に問題があると言うのか。

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