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【小説】タシカユカシタ #12

 ひっくりかえるようにして見上げたところには、校舎の屋上の薄汚れたコンクリートの床があって、そのむこうに、やはり逆さまの大楠の生い茂った緑が見えた。

「わあ!」

「願いがかなったんだから、もっと喜んでよ」

見下ろしているジャックを浩太はにらみつけて、文句をつけようとした。

ワッハァハァー


ものすごい轟音が、辺りにひびいた。

「わあ!」

 今度は浩太とジャックがそろって、おどろきの声を上げた。

「まんまとジャックの手にひっかかったな。小僧」


「ちっ」

分身は舌打ちをした。

「なんだ。おまえか。おどかすなよ」

 分身が、向いた方向を見ると…ていうか、見ようとしなくても視界に入ってくる。
突然現れたそいつは、北校舎の給水タンクに片腕を持たせかけ、校舎全体に持たれかかるようにして中庭に立っていた。
 それほど大きいのだ。大楠が、そいつの影でほとんど隠れてしまっている。

「いやがっているやつを、むりやり体験させなくても、いいだろう。俺たちは、まだ長い旅が待っている。むだな労力は、使わぬことだ」


 辺りにひびきわたる大声だ。
 浩太は、おどろきすぎて、もはや声も出なかった。さっきの轟音も、こいつの笑い声だったのだ。
 何よりおどろいたのは、そいつの風貌だった。
 茶色のジャージの上下に、髪は、ごわごわした感じの短髪で、げじげじ眉毛が、Vの字になっている。目は、ぎょろっとしていて、いつも見開いているような感じ…そう、そいつは寺野先生の姿をしていた。
(ティラノだ!)

「うるさいな。僕は、おまえとちがって職務に忠実なんだ。それに浩太は、もしかしたら…」

「《竜人》か…アクアが、そんなこと言っていたな…そんなやつ、ここ何年も出てないんだぜ。まあ、せいぜい、がんばるんだな」


 そう言って巨人のティラノは、浩太たちに、どしん、どしん、と足音をひびかせながら背を向けると、本校舎のほうへ向かって歩き出した。
 そして、なんと本校舎の中へ溶けるようにして消えていった。

「あのバカ、また子供たち驚かす気だ」

「えっ」

「あのティラノも、僕と同じ《夢語り》だけど、あいつは僕たちを生み出した主人には目もくれず、低学年の子を驚かして楽しんでいるんだ」

「低学年の子?」

「そう。一、二年生の中には、まだ僕たちを見ることのできる魂を持った子がいるんだ。そういう子が、あいつを見てさわぐのがおもしろいのさ、あいつは」

 そういえば最近、給食当番で一年生の係りになった浩太のクラスメイトが運動場に怪獣が出る、と騒いでいる子が何人かいるというような話をしていたのを、浩太は思い出した。

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