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【小説】タシカユカシタ #11

「天井が床か。おもしろいこと考えるなあ」

「ねえ、とくちゃん」

「なんだ」

「なんかじゅもん、ないかな。てんじょうが、ゆかになるじゅもん」

「呪文かあ」

 徳次郎は、しばらく腕を組んで考え込んだ。

「ああ、こんなのどうだ」

 徳次郎は、浩太の持っていたペンを取り上げて、別のチラシの裏にこう書いた。

 タシカユカシタ

「タシカユカシタ?」

「そうだ。いいか、普通だいたい床は下にあるものだ。確か床は下のはず。そうだろう?」

「うん」

「ところがだ。これを、下から読んでみろ」

 浩太は言われとおり、下から読んでみた。

「タシカユカシタ。あれ?」

「どうだ。ひっくり返しても同じだろう。つまり、ひっくり返しても床なんだ。天井が床になる」

「すごい」

 浩太は、さっそくその呪文を詩に加えた。

『みんなもいちど言ってみて
 てんじょうがゆかになるじゅもん
タシカユカシタ』
 
 浩太は全部思い出した。そうだ。あの詩は浩太が発想して、徳次郎が考えた呪文を加えたものだ。

「思い出したみたいだね」

 ジャックの声がした。

「浩太。下は、どっちだい?」

 ジャックは、初めて浩太を名前で呼んだ。
 言われて気付いた。立っている感覚がない。宙に浮いているみたいだ。

「どっちが上か下か分からなくなっただろう」

(『どっちが上か下か分からないでしょ』)
 由香の声が、浩太の心の中でひびいた。
 浩太は、びっくりして目を開けた。

「おはよう。お目覚めはいかが?」

 ジャックの顔が、目の前にあってまたびっくりした。

「あれ?」

 妙なことに気が付いた。
 逆さまに浮いているはずのジャックの顔が、まるで鏡を見ているように、浩太の顔と同じ位置にあった。

(なんだ、普通に立てるんじゃないか)

 そう思ったけど、なにかがおかしい。
 ジャックは、同じ姿勢のまま、すうぅっと後ろにさがった。
 ジャックは、やはりあぐらを組んで宙に浮いていた。足元に何もない。ただジャックのバックに見える大楠が、逆さまだった。
 浩太は、おそるおそる下を見た。そこには何もなかった。ただ青白い空間が、あるだけだった。

「わあ!」

 浩太は、おどろいて飛び上がり、その勢いで後ろにしりもちをついた。
 何かベッドの上にでも、しりもちをついたようなクッションにはねかえされたような感覚があって、浩太は、ひっくりかえるようにしてその場に座っていた。

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