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恩塚亨とホーバス:日本バスケットボールの「現在」と「未来」

はじめに

恩塚亨とトム・ホーバス。この二人が日本バスケットボールに与えた影響は、単なる指導法の違いではなく、競技そのものが抱える「日本的なるもの」と「普遍性」の問題を照らし出しています。この文章では、彼らの指導哲学を通じて、バスケットボールがどのように日本の身体性や精神性を反映し、同時にグローバル基準へと開かれているかを考察します。さらには、この問いを通じて、日本という国そのものが抱える普遍的課題に迫りたいと思います。

恩塚亨の「内発性」と日本的思考の系譜

恩塚亨の指導法は、一見すると技術的・科学的なデータ分析に基づいていますが、その根底にあるのは選手一人ひとりの「内発性」を信じる姿勢です。この「内発性」こそ、日本文化の深層に根ざした「自然との共存」や「個を尊重する精神」に通じるものではないでしょうか。

例えば、恩塚の「スモールボール」戦術は、身体的に劣る日本選手が世界と戦うための合理的手法ですが、同時に「小さくても世界と渡り合える」という日本人の自己像を映し出しています。これは、戦後日本が経済成長を遂げた際の「質の高い労働力で世界市場を席巻する」姿勢にも通じるものです。

恩塚の哲学と日本的思考

恩塚は、「選手が自ら戸惑いを克服し、自由に動ける環境を作ること」を重視します。この考え方は、戦後日本の思想家たちが論じた「主体性の発見」とも呼応するでしょう。吉本隆明が「近代日本の超克」として語ったように、恩塚の指導も「日本的なるもの」と「世界的なるもの」の接点を模索する試みです。

しかし、問題はその「内発性」が必ずしも結果に結びつくわけではない点にあります。パリ五輪での敗退は、選手たちが「戸惑い」から解放される以前に、対戦相手の戦術に圧倒されてしまった結果でした。このような限界は、日本的思考の過剰な「内向き志向」がもたらす危険性をも暗示しています。

ホーバスの「外発性」とグローバル基準

一方、ホーバスの指導法は、日本という枠組みを超えた「グローバル基準」を体現しています。彼の戦術は、効率と結果を最優先にし、選手に厳密な役割分担を求めるスタイルです。これはまさに、アメリカ的な合理主義や競争原理を日本バスケットボールに移植したものと言えるでしょう。

ホーバスが日本女子代表を東京オリンピックで銀メダルに導いたことは、このアプローチの成功を象徴しています。しかし、男子代表においては、八村塁が指摘するように「練習やミーティングが世界基準に達していない」と批判される場面もあります。

ホーバスの哲学とその限界

ホーバスのアプローチは、「外発性」、つまり外部から与えられる基準や目標に選手を適応させることに重点を置いています。これは短期的な結果を求める場面では有効ですが、選手自身の「内発性」を無視することになりがちです。

吉本隆明が言うところの「外からの強制」が過剰になると、日本的な感性や精神性が「抑圧される」危険があります。ホーバスの指導が男子代表において苦戦しているのは、まさにこの「内発性」と「外発性」のバランスを欠いた結果であると言えるかもしれません。

バスケットボールとサッカーの成長の比較

ここで、日本サッカーの成長とバスケットボールの現状を比較することで、より広い視点から二つの指導法を評価してみましょう。

サッカーにおける「内発性」と「外発性」の調和

日本サッカー界は、岡田武史や西野朗といった指導者のもとで「内発性」と「外発性」を調和させることに成功しました。岡田は、日本人選手の特性を生かしながらも、グローバル基準に適応する戦術を導入しました。彼の「岡田メソッド」は、恩塚のデータ分析手法に似ており、内発性を基盤にしながらも外発的な結果を求めるバランスの取れたアプローチでした。

一方、ホーバスの手法は、ザッケローニのような攻撃的で外発性を重視するスタイルに近いと言えるでしょう。しかし、ザッケローニの日本代表がワールドカップで苦戦したように、ホーバスの戦術もまた、選手の内発性を十分に引き出せていない点で課題を抱えています。

未来への提言

日本バスケットボールがさらに成長するためには、恩塚とホーバスの哲学をどのように統合するかが鍵となります。この統合には、以下の三つのステップが必要です。

1. 内発性と外発性の調和

恩塚が重視する「内発性」とホーバスが強調する「外発性」を両立させることで、選手たちが主体性を持ちながらも結果を追求できる環境を作るべきです。

2. 若手育成の強化

サッカー日本代表が成功した背景には、Jリーグを通じた若手選手の育成がありました。同様に、バスケットボールでもBリーグを活用して若手を育成し、代表チームの層を厚くすることが求められます。

3. グローバル基準の導入

八村塁が指摘したように、日本代表の練習やミーティングを世界基準に近づける必要があります。そのためには、海外で活躍する選手や指導者の知見を積極的に取り入れるべきでしょう。

結論:日本バスケットボールの「現在」と「未来」

恩塚亨とホーバスのアプローチは、それぞれに価値がありながらも、単独では不完全です。日本バスケットボールが世界と戦うためには、「内発性」と「外発性」を統合し、日本的なるものと普遍的なるものを共存させる新しいスタイルが必要です。

吉本隆明が言ったように、「普遍とは特殊の中に見出される」。日本バスケットボールの未来もまた、日本的なるものを活かしつつ、世界と渡り合う普遍性を追求する中で切り拓かれるでしょう。この問いを共有し、次なるステージを目指すことが、私たち全員に課された使命なのです。

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