AU#22 傷害のリスクを増加させずに球速を上げる軽い野球ボールでのトレーニング

序文

近年、野球選手の傷害発生率が増加傾向にあります。この増加を抑えるため、修正可能な危険因子に焦点を当てた予防プログラムの実施と共に、球数制限や試合間の最低休養日数などに重点が置かれています。傷害の最も大きな危険因子の1つは球速です。1960年代にレーダーガンが導入されて以来、球速は投手を評価する上で必要不可欠です。そのため多くの投手は球速を向上させようと、最近では重い野球ボールがトレーニングの一環として使用されています。この方法を用いることで投球メカニクス、腕力、腕を振るスピードが向上し、球速の向上に繋がると考えられていますが、傷害発生率の増加も懸念されています。一方で軽い野球ボールについて、傷害リスクの軽減や球速を向上させる手段としての効果を評価したものはありません。本論文は、軽い野球ボールでのトレーニングが怪我のリスクを増加させることなく、球速を上げることができるかについて検証しています。

論文概要
背景
投手の評価や比較において、投球速度がますます一般的な指標になってきている。重いボールを使用したトレーニングプログラムは、球速の向上に効果的であるが、その代償として傷害リスクが高まる。投球速度の向上と傷害リスクに関して、通常の野球ボールより軽いボールを使ったトレーニングを評価した研究はない。

目的・仮説
本研究の目的は、軽い野球ボールを利用したトレーニングプログラムが、参加者の傷害リスクを増加させることなく速球速度を向上させることができるかを明らかにすることであった。軽い野球ボールを用いたトレーニングプログラムは、速球の速度を増加させるが、傷害のリスクは増加させないという仮説が立てられた。

方法
同一の場所とコーチのもと、投球メカニクスの改善と球速の向上を目的とした15週間のプログラムに参加したすべての野球投手が対象とされた。トレーニングプログラムは3つのフェーズ(フェーズ1:セッション1-10、フェーズ2:セッション11-17、フェーズ3:セッション18-25)に分けられ、各参加者は同じプログラムを実施した。トレーニングプログラムには、軽い野球ボール(3オンス: 85gと4オンス: 113.4g)と標準的な野球ボール(5オンス: 141.7g)が使用され、標準的な野球ボールより重いボールは用いられなかった。プログラムを通じて4つの時点(セッション3、10、17、 25)で球速が測定され、参加者は標準的な5オンスのボールを使って5球のストレートを最大速度で投げた。全選手の怪我の発症は、プログラム全体を通して記録された。

結果
10歳から17歳の男性投手44名(平均年齢14.7±1.8歳)がトレーニングプログラムを完了し、分析に供された。トレーニング期間中に肩や肘を痛めた投手はいなかった。速球の球速は平均4.8mph:7.7km/h(95%CI、4.0-5.6mph:6.4-9.0km/h)増加した(P < .001)。全体として、44人中43人(98%)の選手が、プログラム期間中に速球の速度が向上した。

結論
軽い野球ボールを使った15週間の投球トレーニングプログラムは、特に肩や肘に怪我を負わせることなく、投球速度を有意に向上させた。投手の球速を向上させようとする場合、重い野球ボールの代わりに軽い野球ボールを使用することを検討する必要がある。

まとめ
MLBでは肩の怪我が減少傾向にある一方で、肘の怪我の発症率が高くなっていきています。2 肘の外反ストレスは、肩の外旋可動域や球速と正の関係性があります。 ある研究では、重い野球ボールの使用によって筋力は上がらず、代わりに肩の外旋可動域が上昇することによって球速が上がったと報告されています。3 筋力は上がらずに肩の外旋可動域の上昇、および肘にかかる外反トルクが増えることで、肘へのストレスが上がることは容易に想像できるでしょう。軽い野球ボールを用いたトレーニングの研究はまだ注目され始めたばかりですが、投手の傷害予防に注意を払いつつ、パフォーマンス向上にも焦点を当てた今回の論文は、新たな視点を与える面白いものではないでしょうか。

Reference
1.       Erickson BJ, Atlee TR, Chalmers PN, et al. Training With Lighter Baseballs Increases Velocity Without Increasing the Injury Risk. Orthop J Sports Med. 2020;8(3):2325967120910503.
2.       Conte S, Camp CL, Dines JS. Injury Trends in Major League Baseball Over 18 Seasons: 1998-2015. Am J Orthop (Belle Mead NJ). 2016;45(3):116-123.
3.       Reinold MM, Macrina LC, Fleisig GS, Aune K, Andrews JR. Effect of a 6-Week Weighted Baseball Throwing Program on Pitch Velocity, Pitching Arm Biomechanics, Passive Range of Motion, and Injury Rates. Sports Health. 2018;10(4):327-333. doi:10.1177/1941738118779909

筆頭著者:井出智広
編集者:姜洋美、岸本康平, 柴田大輔、杉本健剛、水本健太(五十音順)

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