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通訳の話 姉妹都市交流パーティーのスピーチ 日本人とオーストラリア人の決定的な違いとは?

昔の話ですが、本当に信じられないくらいの通訳の仕事をしてきたと思います。あくまでも職員としての立場ですので、利権の絡むような企業間の通訳ではなくて、サッカーのワールドカップだったり、タスマニア州の総督だったり、オーストラリアと日本に関わるいろんな団体の仕事だったりという感じです。

で、その中でも印象に残っている、あるパーティーでの通訳をした話をしたいと思います。

静岡県焼津市とオーストラリアのタスマニア州の州都ホバート市は姉妹都市です。

静岡県焼津市の市長をはじめ、数十名がホバートを訪れ、姉妹都市交流が行われたのですが、その記念パーティーの通訳をしました。

通訳にはいろいろなパターンがあって、パーティーの場合はだいたいメインの司会がして、そのサポートをするのが一般的ですが、交流会ですので、日本側とオーストラリア川それぞれに司会がいて、それぞれを私が通訳するという少し特殊なパターンです。

で、それぞれの市長が市を代表してスピーチをするわけです。

スピーチの内容とは関係ありませんが、だいたい日本側の官公庁団体のスピーチは職員が考えて、市長や議員さんはその原稿を読むだけです。

基本的に、最初に日本の季節とオーストラリアの季節を対比する話がぶっこまれます。例えば、四月だったら、日本は今桜の季節です。各地で花見が行われほんのひと時の桜の開花を楽しんでいます。ホバートの皆さんにも本物の桜は見せられませんが、写真を持ってきました。で、基本的に富士山などが背景になります。

一方、オーストラリアの方々は小学校、中学校、高校、そして就職してからもプレゼンテーションとともに生きてきているので、このような交流会の場合は、そのまま自由にスピーチしてもらいます。民間企業ではないので、言い方は悪いですが、内容が伝わればいいわけで、わからない固有名詞があった場合は通訳の途中で聞くこともあります。

で、焼津市長とホバート市長がそれぞれスピーチをしたわけです。

このスピーチの内容がそれぞれの国の特徴がはっきりと出たものでした。

日本のスピーチの内容はこのような感じだったと思います。

最初に季節の話題。その流れからのホバートの市民の皆さんが温かく迎い入れてくれたお礼。

どのようにして、焼津市とホバート市が姉妹都市協定を締結したのか

その姉妹都市協定の締結に尽力した人の話

今までの活動実績 それぞれの国の中学生の親善訪問など

そして、この記念パーティーを行うために尽力した人の紹介

そして、最後にこれからも姉妹都市交流を継続していくこと

だいたい、このような感じです。

一方、ホバートの市長の話はだいたいこのような感じです。

焼津市の市民への歓迎の言葉

ホバートの有名な観光地の紹介 サラマンカマーケット(蚤の市)これはホバート市の管轄なので

それぞれの国の文化をお互いに吸収し合うことのメリット

教育面での交流の活性化の期待。職員の派遣や交換留学生の支援

医療施設の訪問の希望。(市長が医師のため)企業間の交流の促進。

とにかく学生たちにこの姉妹都市交流を積極的に活用してほしい

こんな感じでした。

本当にそれぞれの国の国民性がはっきりと出過ぎたスピーチでした。

日本のスピーチはすべて過去の話。スピーチの大半は、過去にこの関係を築いた人たちへの感謝の気持ち。未来に向けての具体的な話は結局ゼロ。

一方、オーストラリアのスピーチは、この姉妹都市の交流をお互いにメリットを享受できるための提案やこれからの子供たちは今まで以上に海外に目を向けていろんなことを吸収してほしい。という願い。

結局は日本の現在の政治と同じで、高齢者を敬いなさい。若い人は経験がないからダメ。総理大臣は人生経験豊富な70歳以上の人がふさわしい。できれば80歳以上ならさらにいい。子供の教育よりも、今まで日本を築いてきた老人のために若い人たちは積極的に税金を払いましょう。というスタンスです。

現在オーストラリアに留学している生徒と話している時に聞いた話ですが、彼女の通っている州では積極的に留学生で優秀な生徒たちが医学部や理工学部に進学するためのプログラムを作ってさらに留学生の獲得に努めるようです。

日本では、子育て支援も老人のご機嫌を伺いながら考えるので、お金のバラマキがメインで、魅力的な教育プログラムを考えるようなことはない。というよりも、まず多くの人が英語圏の国の学校がどのような教育を行っているかも知らない。

なので、若い人たちはどんどん海外留学を熱望する。

海外に行って初めて、なんて日本は息苦しい国だったのか。を実感するようです。

なので、日本政府は、そうはさせまいと頑張って円安政策を進めて、若い人たちが海外に留学できないような状況にして、学生の海外流出に歯止めをかけている。

というのが現状です。

どちらにしても、選挙になれば老人の人口が多く、若い人が選挙に行かないので、基本的に老人のための日本社会の形成は盤石になると思います。

昨日、市ヶ谷駅の前を通ったら、石丸伸二さんという候補者が、出陣式のようなものをしていました。ボランティアの人がたくさんいて活気に満ちている状況でした。どのような方かは知りませんが、40歳という年齢だけでも価値はあるように感じます。

私自身は数学を教えていますが、基本的に英語が話せるようになりたい人、留学している人のみを教えているので、そのような人にとっては海外での生活を切望するのは当然の流れです。

その中で数学ができることは進路の選択肢を広げていくことを理解してほしいと思います。

今回は、わかりやすい、日本人と、英語圏の国の人のスピーチを例にとって、根付いてしまった考え方の違いを書きましたが、実際に海外の学校で授業を受ければ、理屈で考える感覚とは違う、決定的な違いを感じてしまうわけです。

今回書いた姉妹都市のパーティーの通訳ではもう一つ面白いことがありました。

別の方のスピーチでしたが、その方が

私は、英語は話せません。しかし、同じ人間ですから、言葉は通じなくてもゼスチャーなどでも十分にコミュニケーションは取れると思います。ですので、積極的にいろんな方と話したいと思っています。

ゼスチャーでコミュニケーションが取れることはないですよね?

その方は、ずっと、英語を話せる日本人に通訳を頼んでいろんな方と会話していました。

しかし、ゼスチャーで取れると思っていた外国人とのコミュニケーションが実際に無理だったということがわかって、それでもいろんな人とできる限り話そうとしていた姿勢は素晴らしいと感じました。

机上の学問よりも現場の実学ですよね。


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