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短期集中連載 「日本におけるベース・レジストリ戦略とJASTPROコードの未来」第2話(全3話) 「JASTPROコード今昔物語」

【初出:月刊JASTPRO 2022年2・3月号(第514号)】

前回は、日本版ベース・レジストリ戦略を紹介しました。これからのデジタル社会を作り上げるうえで、これがとても大切なものであることが分かりました。しかしながらその実現に対して課題が山積みであることも事実。ここからは、当協会としてこの戦略に対してどのように参画・貢献できるか、という観点から話を続けます。

短期集中連載2回目、今回は当協会が運用管理する日本輸出入者標準コード(JASTPROコード)について詳細を掘り下げ、ご紹介します。ベース・レジストリと何の関係があるのか?という疑問をお持ちいただきつつ(その結論は次号最終回にて)、まずはJASTPROコードに対する理解を深めていただければと思います。

JASTPROコードは、「輸出入者コード」「輸出入者符号」といった呼称で輸出入を生業とする方々に長く親しまれているコードですが、どのように開発され、今のような姿になったのでしょうか。当協会が発行してきた過去書籍を中心に、歴史をさかのぼってみます。

1.誕生

その始まりは1968年。日本=北米カリフォルニア航路へのコンテナ船就航をきっかけに、当時のコンテナ船運航6社による6社コード統一委員会がそれぞれの荷主情報を統合して開発した荷主コードブックです。コンテナ船には、各船社の積荷が相乗りします。そのため、一つの船の積荷に対して各社各様の書類がターミナルに集まり、海貨業者による事務処理はきわめて複雑になってしまいました。これにより貿易書式やコードの標準化が求められるようになり、荷主のコード化もその一環として始まったものと推測されます。

この荷主コードブックは、1971年に海運コード統一委員会(参加社拡大により、前出の6社コード統一委員会より改称)によって著作権や出版権の問題をクリア。国会図書館にも納本し広く一般にも公開、海貨・通関業界に対してはコードの利用について「輸出入者符号表の説明書」を発表して理解と協力を求め、1972年に英国の貿易簡易化機関SITPROの代表が来日した際に紹介するなど、その普及を着実に続けていきました。

なお、この時期には貿易書式全般標準化に向けた気運が高まってきていました。その結果、大蔵省・通商産業省・運輸省の支援を得て、日本貿易会を中心とした貿易関係業界によりJASTPROの前身となる「貿易関係書式標準化委員会(貿標委)」が設立されています。

さて、このころには民間業界が開発したコードである「輸出入者符号表」の有用性を国も認識するにいたりました。1971年3月には、大蔵省関税局が輸出入申告書に「輸出入者符号」として海運統一荷主コードの記載を定めた通達改正を出しています(昭和46年3月29日 蔵関第618号)。この記載実施に先立ち、同省は1年前より海運コード統一委員会と協議。同時にコード記載について通関業連合会とも協議して賛同と協力を得た結果、同委員会発行のコードブック第2版の限定出版権を譲り受けました。これを「輸出入者符号表」として印刷、各地税関に配備し、通関業界にも有償実費で配布しています。この版では、海上貨物荷主に加えて新たに航空貨物荷主約1200社が関税局の要望により登録、符号表追補が別冊で発行されました。

この時点で、輸出入者符号表が民間海運業界にとどまらず、国による活用や航空貨物荷主の収録が始まっており、事実上の日本の標準コードとしての性質を持ち始めていることがわかります。

2.普及

1972年、海運コード統一委員会はそれまでに発行された16回の訂正表を組み込んで整備した「輸出入者符号表」第3版を発行。その後1974年には「輸出入者符号表」の出版権を日本船主協会に譲渡したことで、このコードは「船協コード」と呼ばれるようになり、船主協会がコードの再版作業と関係メンテナンスを実施することになりました。

ちなみにこのタイミング、1974年12月に貿標委は発展的に解消し、財団法人日本貿易手続簡易化協会(JASTPRO)が大蔵省・通商産業省・運輸省共管の法人として設立されました。

先述したとおり、船協コードはその用途や価値が開発当初から大幅に拡張されており、一民間業界団体が維持管理し切れるものではなくなっていました。1975年12月、ここに至って船主協会は「輸出入者符号表の編集及び出版について」という書簡をJASTPRO宛に送付。コードの運用管理の検討を依頼することとなりました。

この背景には、日本においても航空貨物が増加しはじめ、迅速な電算処理の必要性から開発されたNACCS(当時の名称はNippon Air Cargo Clearance System=航空貨物税関手続システム)が近く稼働する予定となっており、この輸出入者符号表がコードとして採用されることになっていたという事情も存在しています。NACCSによる航空貨物処理では輸入者住所の表示を必要としたことから、大蔵省は船主協会に住所追加の検討打診を行ったものの、その対応によるコードブック価格の高騰や一民間団体の負担を越えるという判断があり、然るべき機関において運営されることが望まれるようになったのです。

3.継承

依頼を受けたJASTPROは、早速貿易関係者コード特別委員会を設置。1976年9月、その検討結果として「日本輸出入者標準コードについて」をとりまとめました。船協コードをベースに住所・郵便番号・電話番号を追加することや事業実施体制、費用に関する詳細な検討結果を提示するも、残念ながらこの時点では新標準コード開発の具体化には至りませんでした。

1978年8月、成田空港にて輸入貨物を対象にNACCSが稼働しました。新標準コード開発が間に合わなかったため、NACCSセンターは通関業者協力のもと独力で船協コードから関係輸入者とコードを抽出し、住所の追加を行って「NACCS輸入者コード表」第1版を作成、NACCS利用企業に配布することとなりました。これにより、一時的にコード管理を複数の組織が行うという状況が発生し、コードの重複設定や誤設定の危惧を内包するという不安定な状態で日本の貿易電子化はスタートを切ったのです。

しかし、JASTPROは輸出入者コードの具現化に向けた調査研究とともに、協会内での事業実施に向けた詳細な検討を根気よく継続しました。対外的には1978年3月に「貿易手続簡易化24の課題」における22番目の課題として「日本輸出入者標準コードの開発・設定」を提言します。1980年には「『貿易手続簡易化24の課題』のその後」として続編を発表。2年前の提言に関する進捗について、この時点で「コードのレベルアップを図り、これの保守管理を1983年からJASTPROで行うこととして、その準備を進めている」としています。

 この提言どおり、協会内部における準備が進みます。1980年9月の理事会で「わが国の輸出入者コードの標準化とその保守、管理の実施」が承認され、翌1981年度事業計画においてコード開発調査特別委員会の設置とコード基本データ収集の一部着手が策定されました。ここに至り、JASTPROは標準コードを「検討」する段階から「開発」する段階に移ったと言えるでしょう。続く1982年には、5月の理事会で翌年からの標準コード保守管理に向けたデータ整備とシステム開発計画・保守管理業務の試行が承認され、協会における準備作業は佳境を迎えます。

そして、1983年4月。すべての準備が整い、JASTPROはコードの運用管理を船主協会から正式に継承し、協会としてのコード事業が正式に始まりました。

4.慧眼

さて、ここからは「然るべきコード運営機関」として当協会が選ばれた点について考察してみます。JASTPROは、名前のとおり「貿易関係手続の簡易化」がその使命です。そのための手段として、各種情報のコード化を進めていました。これは、当時は貿易事務量が年々増加し、貿易関係手続が当初の人手による事務処理から、コンピュータによる処理に移り変わりつつある時代であったことも大きく関係しています。

人手による事務処理の場合、人が書類を目で見て「誰が発行し、誰に向けたものか」「対象とする商品や債権債務は何か」を判別、そのうえで必要な分類・集計・処理を行います。この過程で「なに」「だれ」といった情報要素を読み取る際の誤りを減らし、かつ時間当たりの作業速度、つまり生産性を高めることは大きな課題ではあるものの、人の作業速度には限界があり、また、人による作業である限りミスが起こります。

一方、定型処理を大量に行うことが得意分野であるコンピュータは、この課題を解決するための大変有効な手段です。ただし、コンピュータが処理を容易に行うためには、情報要素を英数字による定型符号に置き換える、つまりコード化する必要が生じました。

ここで重要な点は、貿易は自分の組織だけではなく、さらに大きな視点から見ると日本だけで完結するものではないという点です。そこで、当協会では組織独自または日本独自によるコードの乱立を防ぐために、国際機関が進めるさまざまな国際標準コードの開発・普及に対して積極的に協力することをその方針としました。この方針に従い、国連コード勧告集を発行するなど、普及への取組みを続けてきました。

ところが、貿易関係者をコード化した「組織コード」については、この国際機関によるコード開発において対象になっていませんでした。当協会では、コード管理事業を引継ぐ以前の分析をまとめた書籍『日本標準輸出入者コードについて(2)』において、この理由を以下のように分析しています。

組織名というのは、貿易手続上、もっとも広く頻繁に用いられる情報要素であることは疑いもなく明らかである。それにもかかわらず、これに関する標準コードを望む声が意外に盛り上がらなかったのは不思議といえば不思議である。なぜそうなのかについて、一歩、突っ込んでみてみると、一組織にとって自らが書類手続上関係をもつ相手組織の数はさほど多くないし、繰り返し発生する先が多く、また数が多い場合でも自らの都合に合わせて任意の桁数で番号や略号を決めて使うことで、別に痛痒を感じないと考えられているためとみられる。つまり大げさに「日本標準コード」というものを作って(多分、桁数の多いものになるはずだが)、それを押し付けられるより、自分の使いよいもので十分間に合うという考え方である

1979年3月 JASTPRO『日本標準輸出入者コードについて(2)』より

同書ではこの分析に対し、「しかしながら、このような考え方は、一見、合理性を持っているようにみえるが、やはり自己中心の近視眼的なものといわなければならない」とセルフツッコミの如く一刀両断し、他組織との情報伝達やメンテナンスの一元化によるリソース最小化、それによって生まれる国家的・社会的なメリットを挙げて「標準組織コード」の必要性を訴えました。

これらの提言活動や標準コード普及に取り組み続けたことから、JASTPROは事実上の標準コードとなりつつあった船協コードの然るべき運営機関としてふさわしいと判断され、その大役を任されたものと考えられます。

5.進化

その後、JASTPROはかつて自身が提言したとおり、コード情報に住所・郵便番号・電話番号を追加。協会内にコード管理センターを設置し、コードの新規登録や削除、変更のタイムリーな実施による保守管理、コード表の頒布を通じた普及業務を開始しました。

現在においても、JASTPROコードはNACCS用輸出入者コードとしての用途を中心に広く活用されており、NACCSの拡張(航空貨物通関に続いて海上貨物通関がシステム化され、この時点で「Nippon Automated Cargo Clearance System」と改称、現在では港湾関連システムも統合して「Nippon Automated Cargo and Port Consolidated System=輸出入・港湾関連情報処理システム」となっている)と歩調を合わせるように改良進化を続けています。

 具体的には、1994年にコードの真正性を高めるため、3年毎の更新登録制度を導入しました。IT時代が本格的に始まった2001年にはコードブックを電子媒体(CD-ROM)に移行。その後、貿易に参入する事業者数の増加を踏まえて、2008年には5桁数字から12桁英数字へとコード体系の変更を実施して登録数上限を引き上げるとともに、社内に複数の通関担当部署を持つコード登録者の要望に応えて枝番(12桁のうち下4桁)の仕組みを導入しています。これにより、同一コード内で最大10,000の事業所登録(支店、工場、部署など)を可能としました。2016年には法人番号情報との紐づけも開始したことで、NACCSを利用した手続きに必要な情報を全てカバーしています。

ここで、NACCSについても少し詳しく触れておきましょう。NACCSは、1970年代に開発された日本の行政手続システムで最も成功したシステムの一つです。貿易手続は、コンピュータ化される前の紙の時代においても、各種書式が英文タイプライターを使ってローマ字(英字)で作成され、日本の税関への輸出入申告もローマ字打ちの書類で行われていました。このような慣習の中で開発されたシステムだったため、当時のコンピュータでは扱うことの難しかった漢字を使うことなく、親和性の高い英数字のみでシステムを構築できたことが、システムの普及と成功に大きく貢献したと思われます(前回ご紹介の通り、登記システム等漢字を扱えるシステムの実用化は1980年代の後半を待つことになります)。

一方で、法人名称、住所等のローマ字表記を正確かつ迅速に入力することは多大な手間であるため、コードを入力するだけで必要な情報が補完入力されるJASTPROコードは貿易関係者の間で重宝され、NACCSの利便性向上にも貢献してきたと言えましょう。また、表記ルールの管理をJASTPROが一元的に行っていることも、コードの一貫性が保たれる要因であり、長く使われ続けている理由でもあります。

6.真価

2022年現在、JASTPROコード約87,000社におよぶ継続して貿易取引を行う輸出入者様にご登録いただいております。通関業者、船会社、航空会社、倉庫業者、運送業者、銀行、保険会社、税関等といったNACCS利用者は、JASTPROコードを入力することで輸出入関連手続きに必要となる英文申告者名称や住所等の自動入力や検索ができます。また、2013年以降NACCSに統合された植物検疫、動物検疫、食品等輸入届等でも利用されていることから、輸出入に必要な手続きの迅速化・省力化・正確性向上に寄与する、日本で唯一の「貿易関係者を網羅したコード」となっています。当協会によって発給・管理が徹底された真正性と、貿易に関わるプレイヤーを広くカバーする網羅性こそが、JASTPROコードの大きな価値なのです。

以上、連載第2回はJASTPROコードの歴史や価値を徹底的に掘り下げてご紹介いたしました。次回最終回では、日本のベース・レジストリ戦略が目指すデジタルトランスフォーメーションに対し、JASTPROコードがどのように貢献できるか?について、チャレンジングな課題も含め「REBORN JASTPROコード」をキーワードに大言壮語(?)を繰り広げます。お楽しみに。(つづく)

参考文献

  • 貿易実務ダイジェスト:1971年6月号 財団法人 日本関税協会

  • 日本輸出入者コードについて(2):1979年3月 JASTPRO

  • JASTPRO 5年間の歩み:1980年3月 JASTPRO

  • 『貿易手続き簡易化24の課題』のその後:1980年12月 JASTPRO

  • 日本貿易関係コードの手引きー日本貿易標準コード特別委員会報告書ー:1984年3月 JASTPRO

  • 貿易実務ダイジェスト:1984年4月号 財団法人 日本関税協会

  • JASTPRO 10年の歩み:1985年2月 JASTPRO

  • 貿易手続き簡易化のためにー10周年記念特集号(資料集)1985年2月 JASTPRO








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