SARS-CoV-2に対する免疫をめぐる論文3報

<科学論文> 9th August 2020 Curated by 西村尚子
※2020年8月6日時点での見解です。引用の際は最新情報にあたってください。

 列島が新型コロナの第2波に見舞われています。救いと言えるのは、今のところ、第1波にくらべて重症化率も死亡率も低く抑えられていること。早い段階から、日本を含むアジア地域の重症化率と死亡率が低いことや、地域によらず子どもと若年層の重症化率と死亡率が低いことが指摘され、「BCGワクチン接種によるオフターゲット効果」や子どもの自然免疫活性などが議論に上がっていました。ここへ来て、これらの状況を説明しうる複数の科学的根拠が報告され始めました。一方で、アウトブレイクした都市でも抗体(IgG)保有率が想定外に低いこと、無症状のまま感染していた市民が相当数いることがわかり、PCR検査の拡充などで無症候性感染者を介した感染拡大を防ぐ必要があることなども指摘されています(西村尚子)。

(日時はすべて現地時間)

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【1】重症化予防にMMR(はしか、おたふく風邪、風疹)ワクチンなどの弱毒生ワクチンが有効か
6月19日
米国微生物学会誌
DOI: 10.1128/mBio.00907-20

 米国Louisiana State University Health-School of DentistryのPaul L. Fidel Jr.と 同Tulane University School of Medicineの Mairi C. Noverrは、「弱毒生ワクチンが自然免疫を訓練・増強し、COVID-19の重症化(免疫暴走による炎症や敗血症など)と死亡率を下げるのに役立つ」との説を提唱した。著者らは従来より「自然免疫を訓練しておくことが、その後の病原体感染による敗血症合併率を下げる」と提唱しており、本論文においても、マウスにあらかじめ弱毒性カンジダ(Candida dubliniensis;Cd)を接種し、その14日後に強毒性の黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)とカンジダアルビカンス(Candida albicans)を腹腔内注入したところ、非Cd接種のコントロール群が10日後までに敗血症で大半が死に至った一方で、Cd接種群は大半が生存したと述べている。医療従事者やハイリスク者に対する弱毒生ワクチン接種を「低リスク高リターン」だとし、MMRワクチンを候補の1つに挙げている。

* MMRワクチン
はしか(Measles)、おたふくかぜ(Mumps)、風しん(Rubella)の3種混合ワクチン。日本でも1989年に導入されたが、風しんワクチン成分による無菌性髄膜炎が多発したとの報告により1993年に中止された。現在は、小学校入学前までに、はしかとおたふくの2種混合ワクチン(MR)を2回受けることが勧められている。

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【2】非感染者の35%に「SARS-CoV-2に反応するT細胞」が認められた
7月29日
nature
https://www.nature.com/articles/s41586-020-2598-9doi.org/10.1038/s41586-020-2598-9

 ドイツ、Technische Universität Berlin and Charité–Universitätsmedizin BerlinらのJulian Braunらは、25人のSARS-CoV-2感染者と68人の非感染健常人を対象に、末梢血におけるCD4 陽性の反応性T細胞(*)を調べた。その結果、感染者では83%で「SARS-CoV-2のSタンパク質に反応するT細胞」が検出されたが、非感染者でも35%に同じ「SARS-CoV-2のSタンパク質に反応するT細胞」が認められた。著者らは、この反応性T細胞がエピトープ(*)とする「SARS-CoV-2のSタンパク質のC末端」と、ヒトに感染する他のコロナウイルスのエピトープに相同性がみられることを根拠にあげている。つまり、過去に普通の風邪を引き起こすコロナウイルスに感染した際にできた反応性T細胞が、SARS-CoV-2に対して交叉性をもつ可能性を示したといえる。著者らは、「交差性を示す反応性T細胞の機能は未解明」とする一方で、子どもや若年層に新型コロナの軽症者が多いことの理解に役立つかもしれないと言及している。

*反応性T細胞
抗原に対し、高い免疫応答性を発揮するT細胞のこと。T細胞には様々な種類と機能(ウイルス感染細胞の排除、他の免疫細胞への司令、過剰な免疫反応の抑制等)がある。

*エピトープ
抗体が結合する抗原の部位。抗体は病原微生物や高分子物質などと結合する際、その全体を認識するわけではなく、抗原の比較的小さな一部分のみを認識して結合する。その抗体結合部分をエピトープと呼ぶ。

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【3】スペインのSARS-CoV-2抗体保有事情が明らかに
 マドリードでも保有率5%、PCR検査を受けていない無症候性感染者が多数
7月6日
Lancet
https://www.thelancet.com/journals/lancet/article/PIIS0140-6736(20)31483-5/fulltextdoi.org/10.1016/S0140-6736(20)31483-5

 スペイン、National Centre for Epidemiology, Institute of Health Carlos IIIのMarina Pollánらは、無作為に抽出された市民約6.1万人を対象に、SARS-CoV-2の抗体(IgG)保有率を調べた(調査期間は4月27日から5月11日まで)。
 その結果、陽性率は、迅速診断キットによる検査で5.0%、免疫アッセイを用いた検査で4.6%だとわかった。さらに抗体陽性者について、①性差はない、②10歳未満の陽性率は3.1%未満、③マドリード周辺の陽性率は高いものの10%強で沿岸部は3%未満と地域差が大きい、④陽性者の約3分の1は無症状、⑤2種の抗体検査とも陽性だった人で以前にPCR検査を受けた割合は19.5%のみ、といったことも明らかになった。著者らは、感染拡大を抑制するには、PCR検査を受けずにいる無症候性感染者への対応が鍵になるとしている。


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