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【コラム】今は世界史の転換点:21世紀パンデミックの真只中にて

<コラム> 16th April 2020
 ウイルス学者の加藤茂孝氏によるコラムです(雑誌『流砂』18号より許可を得て転載)。

加藤茂孝(かとうしげたか) 1942年生まれ、三重県出身。東京大学理学部卒業、理学博士。国立感染症研究所室長、米国疾病対策センター(CDC)客員研究員、理化学研究所チームリーダーを歴任し、現在は株式会社保健科学研究所学術顧問。専門はウイルス学。特に風疹ウイルス、麻疹・風疹ワクチン。妊娠中の胎児の風疹感染を風疹ウイルス遺伝子で検査る方法を開発。著書に『人類と感染症の歴史―未知なる恐怖を超えて』(丸善出版、2013年)、『続・人類と感染症の歴史―新たな恐怖に備える』(丸善出版、2018年)がある。


 チャップリンの名作映画に「独裁者」がある。飛行機に乗ったチャップリンが深い雲の中に突入してしまい、上下逆様になっているのも気付かず、 “What time is it now?”と、懐中時計を見て手から落とすシーンが印象的であった。時計は天に向かって落ちたようにみえる。新型コロナウイルス感染症の深い雲の中で世界が苦闘し、進んでいる方向もわからない今は、どんな時代なんだろうか?

 2020年4月7日、安倍晋三首相は非常事態宣言を発した。新型コロナウイルス感染症の拡大に対して、新型インフルエンザ等対策特別措置法に基づく初めての発令である。非常事態宣言と言う言葉には、軍事体制下の戒厳令のような恐ろしさと緊張感の漂う響きがある。WHO(世界保健機関)によってCOVID-19と名付けられたこの感染症はそれほど恐ろしいものなのだろうか?

 非常事態を我慢したあとに、新型コロナ出現以前の社会に戻れる保証はもはやない。好むと好まざるとにかかわらず新たに出現する未知の世界に、我々は生きていかなくてはならない。

 この感染症流行は、21世紀型のパンデミックと言うべき、過去に見られなかった新しい特徴を持ち、大きな影響を人類に与えている。我々は、意識せずして現在、世界史の転換点に立っているのだ。

1. ヒト・コロナウイルス感染症

 コロナウイルスは、電子顕微鏡で見た姿がコロナ(王冠)の形をしていることから名付けられた。日蝕の時に見える太陽の炎もまたその形からコロナと名付けられた。いろいろな動物に、その動物特有のコロナウイルスが見つかっているが、ヒトにもヒト・コロナウイルスが今回の新型を含めて7種類見つかっている。

 最初に見つかったのが1965年で、風邪を起こすウイルスであった。発見された4番目までは全て風邪の原因になるウイルスであり、注目されることはなかった。風邪と言うのは症状の総称で、その原因になる病原体(ウイルスや細菌)は100種類以上もあり、皆自分が罹っている風邪の原因が何であるかを意識すらしないで、ただ「風邪」と呼んでいる。従って1-4番目のウイルスは名前さえ専門家以外には知られていないし、意識されることもなかった。

 ところが、2002年から03年に掛けて、大きな変化があった。SARS(重症急性呼吸器症候群)の出現である。これが5番目のヒト・コロナウイルスであった。2002年11月16日、中国の広東省仏山市で第1号の患者が出た。その後患者を診た広州市の医師が結婚式参加の為に香港のホテルに滞在して感染を広げ、その感染者達がそれぞれの故国に帰って更に感染を広げた。ホテル滞在客の多くが中国人や華僑であった。
 2003年3月3日にベトナムのフレンチ病院で患者の一人を看て、新しい型の肺炎であると見抜いたのは、当時ハノイに駐在していたWHO医官のイタリア人カルロ・ウルバニで、この時初めてSARSという新しい病気であると認識された。熱心に治療に当っていたウルバニ医師は自らも感染し、タイに急送されたがそこで3月29日死亡した。終息する迄の半年で世界で約8000人の患者が出、約800人が死亡した。致死率約10%であった。
 終息に成功したのは、WHOの「緊急でない渡航の自粛」要請であった。この要請にはWHO西太平洋地区事務局長の尾身茂や押谷仁など日本人スタッフの貢献が大きい。WHOが初めて行った自粛要請であった。
 不思議なことにこれ以降17年間、SARSは出現していない。もともとが、コウモリのウイルスであったと考えられており、コウモリからハクビシンなどの動物を介したかもしれないが、ヒトに入る機会が極めて稀にしか起こらなかったからであろうと、米国CDC(疾病対策センター)でSARSの研究リーダーであったポール・ロタと話したことがあった。

 このSARSが世界に驚愕を与えたのは、ウルバニの説得でベトナム保健省が公表に同意した3月9日になってからである。しかし、2002年11月に広州で、原因不明の肺炎が起きているという情報は早くからWHOも把握しており、中国広州への調査を打診したが、中国はWHOの調査を拒否した。新興感染症の発生という悪いニュースが広がることによって中国経済への悪影響を心配したからである。ウルバニによって新しい型の肺炎であることが明らかになってからは調査をOKした。しかしこの間の発表・対策の遅れが致命的でその後の感染拡大を引き起こし、アジアを中心として世界に広がった。

 SARSが猛威を振るった際、中国の公衆衛生当局と政府高官は国民の信頼を失った一方で、鐘南山(チョン・ナンシャン)の誠実さが称賛を浴びた。国営メディアは当初、SARSのウイルスはコントロールできていると伝えていたが、鐘はそれを否定し、いち早く警鐘を鳴らした。SARS終息後のインタビューで、正直で勇気ある行動をたたえられた鐘はこう答えた。「自分を抑えることができなかった。だから、完全にはコントロールできていないと発言した」。

 終息後、アジア開発銀行によれば、中国を中心にアジア地域での経済的損失は3兆4千億円と推計されている。米国の航空会社はすべて赤字になった。このSARSへの初期対応で、感染症の発生を隠すのは大変なマイナスであるという認識が世界に広まった。特に、感染症対策に重要な、早期発見・早期対応に対して、致命的であることが共有された。

 6番目は2012年に発見されたMERS(中東呼吸器症候群)である。サウジアラビアのラクダからヒトに感染したが、もともとはSARSと同じようにコウモリのウイルスと推測されている。2015年には、サウジアラビアを商用で訪れた韓国人が帰国後に、中東とはるか離れた韓国に広げて多くの感染者と死亡者が出た。
 当時、韓国では当然ながらサウジアラビアからの入国者に検疫上の注意を払っていたが、この商用者はカタールを往復していたので、帰国時の検疫はフリーパスであった。しかし、カタール滞在中にサウジアラビアを訪問していた事実はチェックされなかった。検疫で中東全域の訪問者をマークしていれば発見されていたはずである。
 MERSはSARSに比べて感染者や死亡者の絶対数は少ないが致死率は約35%と極めて高い。ラクダを飼っている中東諸国では、いまだに小数例ながらMERSは続いている。韓国は自国への飛び火でパニックに陥ったことから、これ以降感染症対策に敏感になり、PCR検査の設備や対策人員を強化した。それが後に起こるCOVID-19への対策の際に役立った。

 そして、2019年発生の新型コロナウイルスCOVID-19が7番目である。
 これらの7つのヒト・コロナウイルスを病原性の強さで分類すると、肺炎を引き起こす強毒性のものが毒性の順にMERS,SARS,COVID-19の3種であり、風邪を引き起こす弱毒性のものが4種である。

2. COVID-19

 2019年11月に第1例が湖北省武漢市に現れた。12月30日になって、武漢市中心医院の艾芬(がいふん)医師は原因不明の肺炎を発症した患者のウイルス検査報告書をスマホで撮影し、「SARSコロナウイルス」の文言に印をつけた写真を同僚に送信した。これが新型肺炎発見の最初である。同病院の眼科医師李文亮ら、医師仲間8人と「これは新しい肺炎(7人の患者発生)である」とSNSで注意を喚起しあった。李が眼の診断をした患者も肺炎を発症していた。
 ところが、李は2020年1月3日に警察に呼び出され、「デマを流し、世間を騒がせた」として、2度と発信しないと誓約書を書かされた。他の7人も病院の上司から訓戒を受けて「家族にも話すな」と厳しく沈黙を守らされた。
 武漢が封鎖される前の1月21日、いつもの3倍の1523人の患者が殺到し、そのうち655人が発熱していた。同病院では、4人の医師が死亡し200人以上の医療従事者が感染した。
 3月10日に、艾芬は隠蔽させられた経過を中国の雑誌『人物』のインタビューを受けて話したが、その記事はインターネット公開後3時間で削除された。その日が習近平の初の武漢訪問の日だった。

 艾芬はインタビューの中で、「もし今の状況になるとわかっていたら、咎められても、当時もっともっと情報を広めた」と述べ、何度も「後悔」を口にしている。目の前で倒れそのまま死亡した患者、やっと病院にたどり着いたが息を引き取った患者、感染した家族をICU(集中治療室)に送り二度と会えなかった人…「時間を巻き戻せたら」と艾医師は無念さを滲ませて語っている。

 SARSの折の教訓が新しい政権には生かされていなくて、発生の隠蔽があった。この隠蔽によって、新型肺炎の情報発信と対策が遅れ、その後の急速な感染拡大を呼ぶことに成った。患者の治療に当っていた李文亮は、自らも感染して2月7日に死亡。死亡した4人の医師の1人であった。SARSの場合のウルバニと同じことが起きた。彼らは尊い犠牲者である。

 WHOは遅ればせながら1月30日「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」を宣言した。その後の経過に世界が注視した。武漢で感染爆発と医療崩壊が起きたが、中国政府は1月23日から武漢市を封鎖した。その間に臨時病院2棟(2000床)を作るなど1万4千床の臨時施設をつくり上げた。
 無症状患者は数えられていないとか、新型コロナウイルスの感染が診断上確定してないで死亡した肺炎患者は死亡数に入れられていないらしいなど、報告されている数値には疑問が持たれているが、現在までのところ中国当局の発表によると、約8万人の患者、約3000人の死者で抑え込んでいる。4月8日、武漢市の封鎖は解除され移動は自由になったが、市民への感染防止の厳しい規制は続いている。

 1月18日に武漢を視察した鐘南山は、19日に武漢の容易ならざる事態を政府に報告した。彼は現在83歳と高齢ながら、その後、国家衛生健康委員会の「ハイレベル専門家チーム」のトップに任命された。彼のSARS対策に当った経験が生かされた。断固とした決意で透明性の高い危機管理に取り組んでいることを強調したい共産党にとって、鐘はまさに適任で、中央政府に対する非難の矛先を変える戦略でもある。

 一方、我が国では、2月5日に乗員・乗客約3700名の英国船籍、米国所有のクルーズ船ダイアモンド・プリンセス号が横浜港に着岸した。COVID-19患者を香港で下船させた後と言うことで、国際海運機構ではクルーズ船の感染症対策の規定がないが、着岸した日本が検疫などを対応した。
 乗務員・乗客の上陸を禁止し、船内で隔離を行なった。世界初めての経験であったが、712名の感染者と11人の死者を出した。着岸中はこの大きな数値から外国からは、日本が新型ウイルスを培養しているとさえ非難された。欧米諸国はまだ感染者が出ていなくて、アジア特有の感染症に過ぎないと思われており、高みの見物・対岸の火事であった。

 その後、感染がヨーロッパ、中東、米国、南米、アフリカ、オーストラリアまで拡大して行き、WHOは3月11日にパンデミックと認定した。患者数は刻々と増加しているが、4月15日現在、世界の185か国・地域に及び、感染者200万人、死者12.8万人になり、全く終息の気配は見えない。そして第2次世界大戦後で、最大の世界的惨禍であると言われることになった。
 当初感染者の大部分を占めていた中国やそれに続く韓国は、強硬な封鎖やIT技術による監視体制により拡大を抑えるようになってきたところ、先進国で医療レベルも高いと思われていたイタリア、スペイン、フランスなどのヨーロッパ諸国、米国に急拡大した。

 米国CDCは、ウイルス遺伝子を検出するRT-PCR(逆転写―ポリメラーゼ連鎖反応)の自家製キットを作り2月5日に配布したが、不具合があり早々に使用を諦めた。ウイルス遺伝子が入っていない事を確認するために入れる陰性対照が汚染されていたからである(おそらく、遺伝子があったかのように出る偽陽性)。
 以前から米国FDA(食品薬品局)がキットはCDCのものに限るという規制を作っており、州や民間会社には作成させなかった。規則で作成を1機関に絞った場合失敗した時の欠点が露呈した。CDCのこの失敗により2月24日この規制を廃止して、どの機関でもキットが作成されるようになった。
 また、トランプ大統領は、CDCの勧告を軽視し、当初軽視し続けた。ところが、3月に入ってニューヨーク州を中心に急速に感染が拡大し、世界最大の感染国になった。
 アフロアメリカンやヒスパニックなどの経済弱者に被害が多く出ている。医療機関へのアクセスが悪いこと、持病を多く抱えその治療も十分でないことが背景にある。CDCの弱体化には、トランプ政権になってから経済第一主義に変わり、健康福祉費は大幅に削られCDC予算も減少し、機能低下したことが背景にある。

 ヨーロッパの拡大の背景には、EUの存在がある。感染症の拡大の原因は、人の移動であるが、国境がほとんどなくなったEUで患者も容易に国境を越えて広がった。

 SARS・MERSが早期に抑制出来た背景は、患者が必ず症状を出す事であり、対策はその症状のある人を集中的に隔離治療することで抑えられた。COVID-19の厄介なところは、明確な症状を出す患者が感染者のわずか20%しかないことで、残り80%を確実に見つけ出す事が出来ないところである。

 すべての生物(動物、植物、細菌、古細菌)の目標は極めて明らかで、自分の遺伝子を如何に残すかの1点である。生物と無生物の間にいるウイルスも、目標は全く同じであって、自分の遺伝子を残すことである。毒性の強いウイルスであると自分が感染した宿主を殺してしまい、それに伴って自分も死に、自分の遺伝子を残せなくなる。賢いウイルスは宿主を殺さずに子孫を広げようとする。COVID-19はその意味で大変賢い。宿主に選ばれてしまったヒトから見れば、大変厄介なウイルスである。

 このウイルスへの対策に当っては、ウイルスの戦略を知りそれに効率よく対抗する以外にはない。その時に、単なる思い付きや次の選挙に勝つためとか、政権の支持率を上げるためとか、経済に打撃を与えないためとか、人間側の事情を最優先してはいけない。そこを間違えれば必ずウイルスからしっぺ返しを食うことになる。政治が科学の上に立ってはいけない。

3. ペストと新型コロナの世界史への影響の類似性

 ペストは現在まで3回の世界的流行があった。中でも、第2回の1347-1351年の大流行は、黒死病として良く知られ、推定で最大7500万人の死者が出たとされている。この流行は、ヨーロッパの人口の1/3から1/2の減少があったと言われるくらいの惨禍を齎した。
 しかし、単なる人口減少だけではなく、社会に多大の影響を与えた。現在と比べて人口は少なく、生産力も低く、移動手段も遅く、情報伝達も限られていた時代なので、変化は数世紀にわたってゆっくり起こり、最終的には歴史的な社会構造の変化をもたらした。中世から近世への移行の引き金になった。

(1) カトリック教会の権威の失墜

 当時は医療も教会が担い、実際の担当者は神父であった。しかし、ペストに対しては全く無力であり、教皇の祈りもまた無力であった。教会・教皇の権威は失墜し、1415年のフスの焚殺やマルチン・ルターにより1517年に始まる宗教改革の源は、ペスト流行にあった。

(2) 固有文化の尊重

 カトリック全盛時代のヨーロッパの公用語はラテン語であった。ラテン語の読み書きをできない民衆は低く見られていた。教会の権威が失墜して、民衆は自分の言語を使用し始めた。イタリアのボッカチオが書いた「デカメロン」(1348-1353年)やイギリスのチョウサーが書いた「カンタベリー物語」(1387-1400年)は、母国語で書かれた初めての本である。マルチン・ルターはラテン語・ヘブライ語・ギリシャ語などの古典言語で書かれていた聖書を母国語のドイツ語に翻訳した。聖書の国語化の始まりである。

(3) 近代医学の夜明け

 教会の医療行為が全く無力であったことから、教皇は感染の原因を明らかにする目的で死体の解剖許可を与えた。これがベサリウスの「解剖書」(1543年)の発行につながり、近代医学もここから始まったと言える。

 ベネチアで船の上陸を港外で40日間待たせる検疫も始まった(1377年)。検疫quarantineの語源はベネチア方言で40日を意味する。

(4) 産業構造の変化

 荘園制を支えていたのは、農奴であったが、ペストによる人口減少は農奴にも及び荘園制も揺らぎ、賃金制の小作農に代わり始め、同じく賃金をもらう労働者を生み、遥か後世への産業革命へと繋がって行く。また、他方で荘園制から人手のいらない放牧への転換も行われた。

 中東で紅海・地中海貿易を抑えていたエジプトのマムルーク朝(1250-1517年)もペストの影響を受けやがて衰退へと向かう。

(5) ユダヤ人の迫害

 イエスを売ったユダヤ人への憎しみは、既に1世紀からキリスト教の広がりと共にヨーロッパに広がって行った。ペスト流行時も、ユダヤ教の戒律を厳格に守っていたユダヤ人の感染は少なく死者も少なかった。ペスト感染の不安に駆られていた民衆は、ユダヤ人が毒をまいたという風説を拡大して行きユダヤ人を大量に虐殺し、彼らの財産を奪った。ユダヤ人たちは、東欧のポーランドやリトアニアなどに逃げた。後に20世紀になってナチスドイツでさらに過酷さを増したユダヤ人迫害もこの時に顕在化している。



今回のCOVID-19も歴史を変えるパンデミックであると思われる。

(1)流行の背景

 COVID-19流行の背景こそ21世紀的である。モノ・ヒト・カネ・情報の大量・迅速な移動がそれである。モノの動きは年々加速しているが、21世紀に入ってからの中国へと中国からの動きは、「一帯一路」以降特にすさまじい。ほとんど世界経済を動かすところまで来ている。たまたま中国で発生したが、発生した所が、その中国であった事が、初期の情報隠しとその後の世界経済への多大な影響と結びついている。中国を出、中国に入る人の数も急速に拡大している。カネまたしかりである。

 世界的に見ても人の移動の大量・迅速化は驚くべきである。日本を例に取ってみても、2019年に、日本を訪れた人が約4000万人、日本から出国した人が約2000万人もいる。情報の速さと量は言うまでもない。

(2)IT加速による勤務形態の変化

 外出自粛や都市封鎖が世界で広まった。その余波で、テレワークと言う言葉による在宅勤務が広がり、インタ―ネットを使ったOn-line(web)会議が瞬く間に普及した。今後On-line診療、On-line面接、On-line授業も広がるだろう。それに伴いキャンパスのいらない学校も出てくるだろう。工場に勤務しなければいけない製造業では自動ロボット化が加速する。契約・出勤簿など出社しなければ進まない押印という伝統作業も、早晩消えるのではないか?

 通勤中の感染を減らすために、今まで、掛け声だけで進んでいなかった時差勤務やフレックスタイム勤務も普及し、勤務形態にも大きな変化が生じた。

(3)情報・感情・不安の世界化

 インタ―ネットの普及で既に、情報は世界化していたが、日常生活においても世界化が進んだ。パリ、ロンドン、ミラノ、ニューヨークなどの見慣れた光景が、同じ光景の様でありながら外出自粛・禁止で無人化した光景に代わり、かつそれが自分の隣にあるような錯覚が生じた。感情と不安さえ世界化した。

(4)国際協調よりも自国優先

 世界的なパンデミックは、世界の英知や技術を結集して対策に当らなければ解決しない。それに気がついた人類は第2次世界大戦後に国連を発足させ、WHOを設立した。結核・AIDS・マラリア・SARSなどの感染症対策、禁煙運動など人類共通の健康問題に対してWHOは大きな貢献をしてきた。
 その動きに反して、COVID-19で自分自身や自国民への危害が近づいてくると、国民は自身の防衛、国家は国際協調から自国優先に走り始めだした。国境閉鎖、物資の国内優先使用などである。小さな例ではあるが、マスクの個人的な奪い合いや買い占め、国家間の買い占めさえ始まっている。
 イギリスのEU離脱やアメリカファーストを唱えるトランプ大統領による国際協力よりは自国利益のみと言う姿勢が余計にこの傾向を加速している。トランプ大統領は、WHOへの拠出金をなくするとさえ言い始めた。 

4. 弱点が露になる

 高校時代漢文で「年寒くして松柏の凋(しぼ)むに後(おくる)るを知る」という論語の言葉を習った。人の価値は平時では分からないが、艱難の時代にあっては、それに耐えて残りうるか否かで良く分かる、という意味である。これはCOVID-19の時代の国家においても、同じことが言える。

 中国は、初期の情報隠しが、初期段階での抑制を不能にしたが、その後の共産党政権の強硬な武漢封じ込めと、ITによる個人活動の監視、他地区からの大量の医療者の派遣などで、ほとんど抑える所まできた。中国はCOVID-19発生國のマイナスイメージの逆転の為に、COVID-19抑制のために国際協力を打ち出したりして攻勢に転じようとしている。

 イタリアは、財政悪化の立て直しに国民の健康福祉関係費を大幅に削減してきた。国立病院を統廃合してベッド数を減らした。従って医師の数も減り、有能な医師が多く国外に出て行った。そこへ入った新型コロナによりベッド不足・医師不足で短期間に医療崩壊が起きた。

 フランス、スペイン、米国は当初アジアの病気に過ぎないと対岸の火事扱いで、軽視し準備が遅れた。SARSの時に活躍した米国CDCは、RT-PCRキットの自前調達にこだわった事、トランプ政権下での予算削減と、思い付きのトランプ発言で右往左往し、実力を発揮していない。

 早くからの情報収集努力とIT技術を採用した患者の追跡機能を活用したのが、台湾・シンガポール・香港である。台湾は、SARSの折に、情報が全く届かず多くの患者と死者を出した反省から、患者が1例も出ない内から検疫体制・検査体制・患者追跡情報の把握の準備をしていた。ITの若き専門家を対策担当の重要ポストに据えている。これが、大きく働き患者も、死亡者も出たが極めて少数例に抑えている。

 日本は、新型インフルエンザの対策で、最低限の法的な準備をしていた。感染症指定病院のリストなども持っていた。

 遅れたのは、1月24日の専門家委員会の設置であり、さらに言えば、前以て議論して備えておく常設の研究対策組織の欠如であった。専門委員会は優秀なメンバーを集め、委員は良く働いていた。RT-PCRの大量検査システムの構築を軽視した。
 また、思いつきで指示を出す政治家にふりまわされた。最終決定は政治家の責任ではあるが、科学的データに則って十分理解検討したうえで決定すべきである。安易に政治が科学の上に行ってはいけない。リーダーの不在である。

(6) 経済恐慌の恐れ

 ペスト時代に起きたように、今現在既に世界的で長引く経済不況が起きているし、今後さらに大きな影響が出る可能性が大きい。恐慌になるかどうかは不明であるが、経済的な大打撃はSARSの比ではない。数十倍か100倍にも及ぶと予想される。経済不況は1年では終わらない。

 21世紀の20年でWHOが「新興感染症」と呼ぶものの流行が5年毎くらいに起きている。人の感染症で分かっている限り80%、おそらくすべてが動物由来である。資源探索・自然開発・食糧増産・人口増大・観光などで、ヒトが今まで踏み入れたことのない地域に入り動物との接触機会が増えることにより動物が持っていた感染症が人に入るようになってきた。
 SARS、新型インフルエンザ、MERS、ブラジルでのジカウイルス(蚊が媒介するウイルス病で妊婦が感染すると小頭症児が生まれやすい)の広がり、今回のCOVID-19。それ以外にも西アフリカやコンゴ民主共和国でのエボラ出血熱の再流行がある。このうち日本に入ってきたのは新型インフルエンザと今回の2回である。
 日本では10年に1回と思われているが、世界を見渡せば5年に1回以上起きている。つまり新興感染症は人類の続く限りいつでも起こるものである事を肝に銘じて、常に備えていなくてはならない。小火(ぼや)が起きる度に、消火器を持ってあちこち消しに行くのではなく、防火システムを完備して備えていなくてはならない。

 感染症対策は、地球温暖化、テロ、核戦争、自然災害などの対策と同じようにリスク管理の対象なのである。賢く柔軟に備えたい。

 そして、ピンチの今は逆に、チャンスの新しい時代でもある。
 後世、この時代を振り返って、世界史を変えたパンデミックと言われるであろう。

          


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