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『緊急事態宣言による長期的健康影響:自粛中の注意点』 越智小枝 2020.4.9

<科学的知見にもとづく個別の解説記事> Curated by 小出重幸

東京慈恵会医科大学の越智小枝医師(JASTJ会員)が、自粛中の健康影響に対する注意点をまとめ、特別寄稿してくださいました。

越智医師からのメッセージは次のようなものです。

・人混みは避けても、外歩きや外遊びは積極的にしましょう。
・子どものメディア情報への過剰な暴露に気をつけましょう。
・発信する方々は、つねに子どもの目を意識しましょう。
・健康リスクを考え、「継続可能な範囲でできる限り(ALARAの原則)」の予防をしましょう。

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『緊急事態宣言による長期的健康影響:自粛中の注意点』  東京慈恵会医科大学 越智小枝

 新型コロナウイルスの感染拡大で、政府は緊急事態宣言を発表し、これに伴い、長期の休校、イベントや集会の中止、移動の自粛など、私たちの生活にも厳しい要請が続いています。このように大規模、長期にわたる社会活動の低下は、経済効果だけではなく、私たちの健康にも、大きな影響を及ぼします。

 2011年、東京電力の福島第一原子力発電所事故後の福島では、放射線被ばくに対する恐怖から、数多く人たちが、外出を控える結果となりました。この結果、精神的なストレスと、身体を動かす機会が減ることによって、様々な健康被害を招いてしまったことが報告されています。

 今回のパンデミックと原子力発電所事故後の状況には、異なる点も多くあります。しかし、「眼に見えないものへの恐怖」、「社会活動の低下」という点では、共通部分も多いと感じます。私も地域医療に携わりながら、福島で眼にした健康被害を手がかりに、今回の「外出自粛」期間に向けて、健康被害を避けるにはどうしたら良いか。その工夫を考えてみます。

高齢者の運動不足

 緊急事態宣言で一番心配されるのは、高齢者の運動不足です。

 様々なイベントや、デイサービスなど、一連のケアが中止になることで、高齢者の外出機会が、急速に減ってしまうからです。同時に、お子さんやお孫さんが訪問する回数も減り、孤立を深めてしまうケースも増えています。

 さらに今回の宣言では、「外出しないこと」、「家にいること」が強調されました。その結果、家から一歩も外に出ずに、室内に引きこもってしまう高齢者も増えています。

 原発事故後の福島県では、避難生活を送る高齢者の運動不足が、大きな問題となりました。震災1年後に、相馬市の高齢者を対象に行われた運動機能テストでは、仮設住宅の住民の6割は、「片足で15秒以上立つことができなかった」という報告があります。この割合は、仮設住宅以外の同年代の人たちの2倍でした(1,下図)。

 握力には大きな差が出ませんでしたので、避難生活は、特に下肢の筋力に影響を及ぼすことが示唆されます。狭い空間での生活や精神的ストレス、隣人との交流の減少、徒歩圏内に商店がないことなどで、高齢者が出歩く機会が著しく減少したためと考えられます。

仮設検診

 高齢者の下肢筋力の低下は、転倒骨折による寝たきりリスク、ひいては生活の質の低下、寿命にも関わります。今回のパンデミックでも、このような2次災害が起こらぬよう細心の注意が必要です。

 いうまでもなく新型コロナウイルスは、人から感染するため、人と会わない、人混みに行かない、人と距離を取ることが必要です。しかし、人との距離がきちんと取れ、接触感染のおそれがないのであれば、屋外は、室内よりもむしろ安全とも言えます。また同居の家族同士であれば、家の外に出ても感染リスクは変わりません。是非お互いに声を掛け合って、距離をとっての散歩や体操などを、心がけていただきたいと思います。

子どもへの影響

 福島県では原発事故の後、放射線被ばくを避けるために、子どもの外遊びやプールが一時期制限されました。また登下校時に車で送迎する家族も増え、子どもの外遊びが大きく減りました。この制限は、子どもたちに様々な影響を及ぼしました。

 肥満の懸念

 下の図は2011年と学校保健調査(2)の結果から、福島県の肥満児童の割合を抜き出したものです。震災2年後の2013年には、5~9歳までの5年齢階級のすべてで、肥満の子どもが多い、という「肥満率」の評価、全国最悪となり、その影響は2014年まで続いていることが分かります。また災害時に3~4歳であった子どものも、災害後に肥満率が上昇した、という報告もあります(3)。

 また2012年に行われた小学生の運動能力テストでは、反復横跳びや持久走の値が2010年に比べて落ちた、というデータもあります。握力やソフトボール投げの値は良いので、室内にいることにより子どもたちもまた、下肢の運動能力が落ちてしまうことが心配されます。

小学肥満

 子どもの肥満や運動能力低下は、糖尿病などの疾患だけでなく、将来的な人生の設計にも影響すると言われています(4、5)。今回のパンデミックでは、子どもたちの外遊びは特に制限されていませんが、人混みを避けた結果、子ども同士の接触が制限されてしまい、外遊びができていない子どもが増えないか、心配です。ご家族で連れだって積極的に運動されることが大切だと思います。

 情操面の懸念

 子どもたちは、身体だけではなく、心も成長段階にあります。このため情操面にも、環境の影響を大きく受けます。国際的な紛争地域では、子どもたちが「戦争ごっこ」、「処刑ごっこ」などの遊びを始めることが報告され、情緒面の悲惨な影響例となっていす。今回のパンデミックでも、両親など家族に大きなストレスがかかれば、子どもたちもその影響を受けてしまう恐れがあります。

 福島県内のある幼稚園の先生から、原発事故の後、新しく入園した幼稚園のお子さんの中には、ストレスと緊張のあまり、「親と離れても泣けない、泣かない」子どもたちがとても多かったと、聞きました。

 また外で遊ぶことができなくなったために、「砂場での遊び(みんなで砂山を作るなど)」の機会も減り、その結果、協調性を求められる遊びや、コミュニケーションの不得意な子どもたちが増えた、との体験談を聞きました。今回のパンデミックでも、自粛が長期に及んだ場合には、同じことが起こり得ます。子どもを他の子どもたちと接触させないことで、どの程度、影響を受けるのか、調査・見当が必要ではないかと考えます。

 もう一つ懸念されるのは、子どもたちがメディアに触れる機会が増加することです。学校が休校になり、ネットを介したe-learningが増えることで、テレビやオンラインメディアなどを目にする機会が急速に増えています。登校しないことにより、相対的にメディアから得る情報量が多くなることは、避けられないでしょう。

 これまで大人を対象としていた日中のテレビ番組、ワイドショーや、Twitterなどの発信にも、常に子どもの目にさらされている、という意識が必要ではないでしょうか。

 精神面への影響

 また、高齢者やお子さんではなくても、長期の自粛や休業は多くの方の精神面へも影響します。福島の例を出すまでもなく、災害の後のメンタルヘルスは災害時の大黄な問題であり、これまでにも精神的応急処置につき様々なガイドラインが出されています(6)。

 今回の緊急事態宣言を受け、国際双極性障害学会から出された提言書が和訳されています(7)。この提言によれば、体の体内時計を崩さないためには、運動・友人との会話・睡眠など毎日行う活動を同じ時間に行うこと、日光を浴びること、夜のブルーライトを避けることなどが重要のようです。

ALARAの原則

 放射線防護においては、被ばく線量を評価する「ALARAの原則」というものがあります。これはas low as reasonably achievable(実現可能な範囲においてできるだけ低く)の略称です。これが「As low as possible(可能な限り低く)」ではない理由は、被ばく線量を下げることだけに専念してしまうと、その結果別の健康リスクを呼び込んだり、大切な文化が失われてしまったりする、可能性があるからです。

 新型コロナウイルスのリスク低減についても、同じことが言えると思います。

 一切外に出ない、全く人に触れない、たばこを全面禁止にする――現在の新型コロナウイルス拡大・重症化防止のために、それらは理想的な対応かもしれません。しかし、それが実現不能な対応であれば、その対策は単に違反者や隠蔽者を増やすだけの結果になってしまいます。その結果、感染経路を追うことが困難となってしまう、という困った結果になりえます。

 この1か月、多くのことを我慢しなければならないことは事実です。その中でも、人にうつさない努力を心がけていただくと共に、常に自身の心と体の健康を考え、生活のバランスを心がけていただければと思います。

Take Home Message

・人混みは避けても、外歩きや外遊びは積極的にしましょう。

・子どものメディア情報への過剰な暴露に気をつけましょう。

・発信する方々は、つねに子どもの目を意識しましょう。

・健康リスクを考え、「継続可能な範囲でできる限り(ALARAの原則)」の予防をしましょう。


参考文献

1. Ishii T, et al. Preventive Medicine Reports 2015: 916-919.

2.統計で見る日本 学校保健統計調査 http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/NewList.do?tid=000001011648

3. Yokomichi H, et al. BMJ Open 2016;6: 3010978.

4. Mesa JL, et al. Nutr Metab Cardiovasc Dis 2006; 16(4): 285-93.

5. Haapala EA, et al. Vaisto J, Lintu N, et al. Physical activity and sedentary time in relation to academic achievement in children. J Sci Med Sport 2017; 20: 583-589 2016.

6. ストレス災害時こころの情報支援センター  https://saigai-kokoro.ncnp.go.jp/support/index.html

7.  新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の世界的大流行下における、こころの健康維持のコツ https://www.secretariat.ne.jp/jsmd/2020-04-07-covid-19.pdf?fbclid=IwAR2FG5pfy6Od8uqiGk0aksbbq-xjAB7IJ9HMl7KIA3oTbBl9PFphPvZFpVs


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