見出し画像

有りがたうさん (1936) 松竹

清水宏監督
 
原作は川端康成さんの
超短編小説「掌の小説」の中の 一編「有難う」
 
「掌の小説」は 「てのひらの小説」と読んでいましたけれど
川端先生ご自身は 
「たなごころの小説」と言ってらしたそうです。
 
で、この「掌の小説」には
詩情あふれる短編が122編も入ってる。
ほとんどが20代の頃の作品だそうで
 
毎日少しづつ読んでいくのが 愉しいのよ。
 
          〇
 
古い古い映画ですが 無声映画ではありません。
そして映画がはじまると すぐに観ている誰もが
のんびりとした 穏やかな雰囲気に包まれます。
 
それは俳優さんの
非常にゆっくりとした テンポの台詞まわしのせいで
まるで絵本を読んで貰っているような 気分になるのです。
 
舞台は伊豆。
下田港から修善寺までの 天城街道を走るバス。
 
主人公は「有難うさん」と呼ばれている
このバスの 運転手さん(上原謙)。
 
バス通りは道幅が狭く
すれ違う人はみな脇によける。
 
そのたびに 
運転手の謙さんは「ありがとう!」と敬礼する。
 
荷馬車のおじさんに「ありがとう!」
乗り合い馬車にも「ありがとう!」
お馬にも「ありがとう!」
 
今日は 有難うさんのバスに
あの土地、この土地を 渡り歩く酌婦(桑野通子)や
いつも威張っている髭の紳士や
町に売られて行く娘さんと その母親などが乗り込みました。
 
貧しい家が多い この土地では
このバスにも 滅多に乗れない人もいる。
 
そんな家の娘さんたちは 
ひと山幾らの値段で 町に売られて行く。
 
そして そんな娘さんたちのほとんどは
二度とこの村には帰って来ない。
 
実は 有難うさんと 
売られて行く娘さんは幼馴染で
お互いに 秘かに恋心を抱いていたのです。
 
有難うさんも 今日は少々 気持ちが沈みがち。
 
それでも 伊豆の美しい風景を織り込みながら
バスはのんびり走り
いろんな人が 乗ったり降りたり。
 
時に 有難うさんは
町の人へのことづけや 買い物も頼まれる。
 
「町で流行歌のレコードを買って来てね」
顔見知りの 旅芸人の娘さんがお金を預けます。
 
道路工事に雇われている 
朝鮮の娘さんたちは 淋しそうに言います。
 
「私たちは自分たちの造った道路を 
一度も歩くことなく 次の現場に行くのです」
 
休憩どき、有難うさんは
一服しながら 黒襟の酌婦と雑談をしました。
 
「僕はもうじき貯金が貯まったら
シボレーのセコハン買って 独立するつもりなんだ」
 
すると酌婦は こんなことを言います。
 
「有難うさん、シボレーのセコハン買ったと思や
あの娘さんは ひと山幾らの女にならずに済むんだよ」
 
酌婦は 運転席のバックミラー越しに
有難うさんが
ちらちらと娘の方を見ているのに 気づいていたのです。
 
終点の修善寺は すでに夕闇。
 
乗客は みんな降りて行きました。
酌婦も 降りて行きました。
 
有難うさんは 
いつものように 木賃宿で一泊する予定。
 
翌日
下田港へ 折り返すバスの中。
 
ゆうべ、売られて行ったはずの娘さんが
すっかり明るい顔になって 母親と乗ってます。
 
娘が 有難うさんに言います。
「私、あの人にお礼が言いたかったわ。いい人だったわね」
 
どうやら 有難うさんと娘は
めでたく一緒になるようです。
 
そして バスは走ります。
 
リヤカーのおじさんに「ありがとう!」
山菜取りのおばさんたちに「ありがとう!」
 
          〇
 
セットをいっさい使わない オールロケの作品。
 
上原謙さん27歳・初主演。
まあ、なんという美男子・・・ ヴァレンチノも真っ青!
 
桑野通子さん21歳 
既に大人の 成熟した魅力がありました。
 
お二人は「アイアイ・コンビ」として
幾つもの映画で共演。
実生活でも結婚するのでは・・・という間柄だったそうですが
そうはなりませんでした。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?