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何者

「社会人になったらね、『何者か』であることが求められるのよ。だってもう『学生』じゃいられないから。『学生』っていう肩書きにはいつまでも縋っていられないでしょう?」
とある人生の先輩が、私にそう言った。いやいや、学生だって「ただの学生」ではいられないのよ。

「何者か」でないといけないのかな。
「何者か」であろうとして、今日も暇を、色とりどりの予定で埋め尽くす。
けど「何者」にもなれていない今日を終わらせることができなくて、今日もまだ目を瞑れない。

暇だなあ。
暇すぎる夜が、今日も更けていく。

「あなたは何者?」

暇を持て余した私は仕方がなしに外に出る。足元がおぼつかない。

街に出る。
ホッピー通りの赤提灯に照らされながら、四方山話に花を咲かせるほろ酔いの大衆。
浅草神社の玉垣に刻まれた、数世代前の寄進者たち。

彼らはきっと、ただ「彼ら自身」であって、他の何者でもないのだろう。

たくさんの時代を越えて、幾多のとるにたらない人々のなんでもない営みを記憶してきたこの土地が、何者でもないちっぽけな私をそのうちの一人として迎え入れ、定義づけ、あるがままの存在を許すかのように温かく包み込む。

そうか、もう答えは出ていたのかもしれない。そう思いたいだけかもしれない。とりあえずそれでもいい。

おぼつかなかった足元が、しっかりとした踏みごたえのある土地に支えられ、確かな一歩へと変わっていく。

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