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夢列車

「あなたは一体どこへ行くの?」

「自分でも分からない。当てのない旅をしてる。二週間ほど、列車でね。何時間も窓の外の風景を眺めているのはいいものだよ。普段は考えもしなかったアイデアが思い浮かぶ。

たとえば、君と僕が黄昏時の夕日を並んで眺めていたとしよう。僕はその美しい光景に胸を打たれ、自然の雄大さみたいなものにちっぽけな自分を見出す。

でもその隣で君は、前に別の男と見た夕日をこっそり思い出して、退屈なそいつとの思い出の旅に出かけちゃってるかもしれないんだ。

そんなことないって?
例えが悪かったかな。

まあ僕が言いたいのは、人が考えてることっていうのは永遠に分からないってことだよ。目の前の風景を、ましてや感情なんてものを共有することなんてできるわけがないんだ。」

「随分いじわるなことを言うのね。」

「だってそうだろう?僕が今喋ってる言葉だって、君が問いかけた瞬間に僕の頭の中がグルグル動いて思い浮かべたイメージを、なんとか言葉にして伝えようと悪戦苦闘した先にソロソロって出てきたものに過ぎないんだよ。

だから厄介なのは、昨日僕が言ったことと、今日の僕が言うことはもちろん違うってこと。そう、この窓から見える風景が刻々と流れていって、ひとつとして同じ風景が現れないのとちょうど一緒さ。

こう考えてみると、僕たちが生きる現実って、もっとこう、モヤモヤとした、すごく脆くてあやふやなものだと思わないかい。」

「あなたの感覚と一緒かどうか、自信がないけれど。何をしてるときだったかはもう覚えてないのだけれど、きっとどうでもいいことだったのでしょうね、急に一枚のベールがかかったみたいに、自分の見ている現実をずっと遠くに感じたことがあるの。確かにそこに現実はあるのだけど、手を伸ばしても、決して触れられないテレビ画面みたいなのの中に収まっちゃって、届かないの。まるでそこにいる現実の私を、もう一人の、夢の世界の私がじっと見ているような。

いや、たしかに普段の意識は現実の私が握っているんだけどもね、そのときは夢の方の自分に取られてしまったみたいだった。本当の私は現実の方ではなく、夢の方だったんじゃないかって、そう思えて急に恐ろしくなったのよ。」

———まもなく、〇〇に到着いたします。お降りの方は、忘れ物にご注意ください。

「僕が電車でずっと会話していたのはどっちの世界の君なのかい?」

「さあ、どうかしら。私なのか、それともあなたなのか。もう次の駅だわ。ここで降りたいのでしょう?」


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