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挑戦して得たもの

今、小児がんの子どもたちの手術のためにカンボジアに来ている。
来ていると言ってもコロナウィルスのせいで入国して14日間のホテルへの強制隔離の最中。
もうしばらくはこのままここにいなければならない。
窓から中庭のプールが見えるが鳥以外は何者もそれを使う者はいない。
世界中のホテルは大抵、こんな状況だろう。

この大型ホテルも多分、数日前にプノンペン空港に同じ便で到着したお客、数十人以外は泊まっていない。夜はどの部屋も明かりが灯らないからよくわかる。
今も夜で、外では鳥かトカゲかわからないけど鳴いている。


本来はカンボジアでは手術が難しい小児がんの手術は日本の大学や小児病院のチームが毎月、カンボジアに来てやっていた。コロナウィルスのパンデミックの前までは。
しかし、2週間の隔離が義務付けされてからは渡航が難しくカンボジアに来てはくれなくなった。
 カンボジアで例えば1週間の手術期間を設けても、入国して2週間隔離、そして帰国後も日本政府からの隔離要請で2週間となり、移動も合わせると一月半ほどの時間が必要になるし、国内外移動によるコロナ感染を日本の病院はかなり恐れているので、ほとんどコロナウイルス感染が発生していないとされているカンボジアからの帰国でも渡航を許可してくれないかもしれない。子どもの重症化はしないとわかってはいても既にコロナウイルスは人々から冷静な判断をさせる能力を奪っている。いつも理屈で理性的であれと言っている医師や病院管理者たちは、自らの責任を追求されることを恐れているのだろう。
政治家だけを責められない。


 だから彼らがまず護るべき子どもたちの万が一(コロナの子どもの統計死亡率ほぼゼロ)の為に確実に海外の子どもたちの命が何十人もほぼ100%失われていくという現実を私は受け入れなければならないのだろう。
 いや、それはやはり納得してはいけないことなのだ。
だから、こうしてここに私の大切な人生の14日間を差し出して隔離されている。
 

 夜、ぼんやりと窓際で椅子に座り外を眺めてる。
忙しく生きてきた人生だからこんな時間も必要なのかもしれないが得るものよりも失うものが多い気がして、そしてそれが誰かの得体の知れない強制力によってなされていることに少し腹立たしい気もする。
 感染している確証もないのに感染者として扱われる、あるいは感染している確証もないのに、感染しているとして振る舞わなければならないその人類の知恵のなさにホントは辟易している。

 そういえばこうやって夜の空を毎日1人で眺めていたことがあった気がする。
 そう、あれば25年程前。
ミャンマーにたった1人で乗り込んだ頃。まだ、30歳だった。
当時のミャンマーの私のいたところは毎日がほぼ停電。1週間ぶっ続けで来ないときもあった。電気は来ても1日2時間程度、しかも計画停電ではないのでいつ来ていつ来なくなるかもわからない。
 だから夜はいつもロウソクだった。ロウソクなどクリスマスと誕生日に使うものだと思っていたけど、毎日毎日それを使い光を得ていた。なんともありがたいとものだった。

こんな感じあの時以来だろうか?
誰とも会うことも会話することもなく、1人で空を眺める。
ぼーっとして徒然に想いをはせる。


医者として途上国での医療を志し、ジャパンハートという組織も作り、なんとかここまでやってきた。何を得て、何を失ったのか?

ミャンマーには長い間もう行けてないのでスタッフたちから僕の声が聞きたいと連絡が来る。
先月もその前の月も、ネットを介して話をしてる。
あるいは、いろんな事で日本やカンボジアの仲間たちと連絡を取って同じ目標に向かって生きていけてる。
 私たちがいたから、ちょっとくらいこの世界が良くなっていくその目標に向かってる。

そんなことを思っていたら、失ったものはたくさんあるのだろうが
気が付けば、本当にたくさんのいい仲間に囲まれていた。
得たものはこれなだと思った。
いい仲間たちといい時間。

自分のことを必要としてくれる、自分のことを大切に思っていてくれるたくさんの仲間に出会えていた。

だから、無理をして頑張ってきてよかった。
もしもあの時に自分に勇気がなければ、そんな仲間は今ここにはいないだろう。
もしもあの時にお金や名誉や地位を求めていたら、きっとこんな仲間にではない人たちに囲まれていたと思う。

人生は長い時間かけて辻褄が合うようになってる。

これからもいい人生を歩みたい。

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(認定)特定非営利活動法人ジャパンハート 創設者・最高顧問。小児外科医。1995年、ミャンマーで海外医療活動を始め、その後、カンボジア、ラオスと活動の幅を広げる。現在も年間3分の2を海外活動地での医療活動にあてている。 https://www.japanheart.org/