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「北欧の神秘―ノルウェー・スウェーデン・フィンランドの絵画」(SOMPO美術館)

 東京・新宿のSOMPO美術館で開催中の「北欧の神秘―ノルウェー・スウェーデン・フィンランドの絵画」を鑑賞してきた。
 インテリア等を通して親しみのある地域になりつつある北欧も、公式サイトの序文にあるとおり、美術に関しては「知られざる」存在。本展では、北欧3か国の国立美術館が持つ絵画作品のうち19~20世紀の作品が来日しており、画家の名前は知らなくとも独特の魅力に溢れた作品を楽しむことができる。
 個人的には、コロナの影響で「ハマスホイとデンマーク絵画」を見逃したのを未だに少し根に持っていることと、国立西洋美術館が数年前に所蔵したアクセリ・ガッレン=カッレラの作品から、北欧の美術に興味を持っていた。

北欧の風景画で思い出したもの

 序章~第1章にかけては風景画が多く並ぶ。
 観ていていくつかの感じたのは、光に鋭敏だということ。
 光の効果といえば印象派だが、彼らが外光の中で移ろう色彩を描いていったのに対し、北欧の画家たちは光のまばゆさと、それを遮ってできる陰のコントラストに意識が向いているように思える。

 ここで思い出したのは、数年前にBunkamuraの「ロマンティック・ロシア」で観たロシア絵画。雄大な自然、厳冬期の寒さと短い日照時間という共通点が、絵画にも似たような傾向をもたらすのだろうかとふと思った。

 人間には制圧できない圧倒的な自然への畏怖と憧れを理想化し描く作品は、日本人にも親近感があるように思う。

 飛躍した見方をすれば、中国の北宗画のような山水画に通じるところがないだろうか。日本の作品でいえば、雪舟の《秋冬山水図》、浦上玉堂の《凍雲篩雪図》などが浮かんでくる。

ヴァイノ・ブロムステット《初雪》
(フィンランド国立アテネウム美術館)
ガブリエル・エングベリ《湖上の雪解け》
(フィンランド国立アテネウム美術館)

どちらも水面の反射の表現が綺麗だったけれど、この写真だと伝わりにくく残念……


神話や伝承、神秘的な世界

 続いて写真撮影が可能で、神話などを主題とした作品が並ぶフロア。ここが本展のハイライトである。
 この19~20世紀初頭という時代、音楽においてのシベリウスのように、絵画においても画家たちは自らの伝統に根差した主題を選択することが多かったようだ。

 北欧の人々が育んできた神秘的な神話や伝承は、日本人の「妖怪」に通じるものがあると思う。説明のつかないような現象や、圧倒的な自然の力を体験すると、人はそれを人知を超えたものによる仕業として、名前を付け、かたちを与える。
 残念ながら実作品ではなくアニメーションでの紹介だったが、テオドール・キッテルセンの描くトロルたちの姿は、さながら鳥山石燕の妖怪画のようだ。
 今回展示してある作品から、ギリシア・ローマの神話画のようなドラマチックさよりも憂愁や内省的なものを感じるのは、この土地で暮らす厳しさのようなものを反映しているからだろうか。少し妖しい、怖い……でも引き込まれる、そんな作品たちだ。

アウグスト・マルムストゥルム《フリチョフの誘惑》(『フリチョフ物語』より) (スウェーデン国立美術館)

じっくり目を凝らすと浮かんでくるモノクロームの情景。主人公の思案が伝わってくる


知っている作品たちとの共通点探し

 キャプションを読んでみると、出品されている画家たちは、フランスのほか、ドイツで学んだ人たちもちょくちょくいるようだ。
 冒頭の風景画には精巧な作品もあったが、徐々に会場を進んでいくにしたがって、モチーフを単純化してダイナミックな筆さばきで描く作品や、平面的に処理した装飾的な作品が多くあり、前者ではスイス出身のフェルディナント・ホドラーを思わせるような風景画、後者はグスタフ・クリムトを思い出すような作品が見られた。(おっ、これはムンクっぽい!と思った作品はムンク本人だった。笑)

 特に異彩を放っていたのがこちら、横長の画面に物語の場面を描いていったガーラル・ムンテの作品たち。

ガーラル・ムンテによる作品(ノルウェー国立美術館)
絵巻のように物語の場面が紡がれる。


 以前クリムト展などで観た、ウィーン分離派が刊行していた機関誌『ヴェル・サクルム』を思い出す。
 大胆なデフォルメに力強さも感じる、なんとも印象的な作品だった。ムンテの絵画には、その平面性を活かしてタペストリーになっているものもあった。
 現実世界を超えた主題を取り上げた彼らにとって、同時代の象徴主義的傾向は見事にハマる表現だったようだ。


都市と生活を描く作品たちへ

 最後の第三章では、近代化していく街や、そこに生きる人々を描いた現実の作品に移っていく。
 選ばれた作品を観るかぎりではあるが、やはりここでも陰を感じる。全体的にいぶし銀のような印象を受けるのだ。南仏や瀬戸内に滞在した画家は色が濃く強くなる傾向があると思っているが、やはり土地がもたらす色彩というものがあるのだろう。

 「理想化しない」北欧の情景や、ムンクのどことなく不思議な雰囲気の作品とともに展示が締めくくられる。第2章の印象が特別に強いせいか、なんとなく現実に引き戻された第3章がトーンダウンしたようにも感じられるのだが、それが「神秘」だけでは終わらせない構成になっていると思った。

 なかなか多く触れる機会のない北欧絵画の世界、東京展のあと各地へ巡回もするようなので、気になった方はぜひ。じわじわと深く魅力に入り込んでいく鑑賞体験ができるかもしれない。

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