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栃木県那須町「森の編集室」誕生物語──化学物質過敏症の引越③

山奥住んだら? と言われましても……

あなたと、あなたの大切な人にもかかわることです。

前回、那須の不動産屋さんについて書くつもりが、前振りが長すぎてそこに至れませんでした。

最後の一行が冒頭のフレーズです。香害は空気の問題。空気はみんなの問題。被害を訴える人たちは、いま、痛みを感じているわけですが、それ以外の人たち、そして生きとし生けるもの、空気を必要とし触れるものたちの問題です。

でも、そんな大きな話こそ伝えにくい。水に溺れるようなことがあれば別ですが、私たちは普段空気を意識してはいません。ところが、香害を訴える人は、この空気が胸いっぱい吸い込むことができたとき、心から有り難いと思います。それが日常。過敏症になるまで、そんなことは思いもよりませんでした。

過敏症になると、ひとときでも深く息が吸える日常にある人はまだ恵まれていることがわかります。ほぼ24時間我慢を強いられるということもあるのです。学校や職場が香料の空気であれば、いつも胸を閉じるようにして、実際息を浅くすうようにして過ごさねばなりません。

といったことを、訴えてもまったく同情すら選られないことがあります。化学物質過敏症の人は、空気を吸えば痛みの起きる状態になることを理解してもらえないと、暮らしの全てが不自由で困難なのですけれど。

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たとえば、住まい。「山奥ですんだら?」「隣家のないところへ転居したら?」と香害の訴えにそうした言葉を返す人がいます。……はい、そうしたいと思います。だとしても、易々と転居はできません。

事情が許しても、転居先の環境がよくても、家そのものが大問題。家が新築ではだめ。中古でも柔軟剤などのマイクロカプセルが貼り付いた家もだめ。消臭剤を置いていたらだめ。リフォーム直後もまったくだめ。

そして、まずはそんな条件の家探しにつきあってくれる不動産屋さんがいないと、話は前に進みません。

過敏症の家探しには、まず避難宿泊所の確保

話はまた遠回りしますが、那須に都心から来られた方の印象は、町の人たちがみなさんとても親切、ということ。みなさんが口を揃えていうのです。

たしかに、ジャパマの代表・中田も雪のある日、「田んぼに脱輪した」と連絡があったのですが、ほどなく帰社してきました。おじいさんが通りかかり助けてくれたというのです。そして、後日お礼に伺うと「あがれ、あがれ」と言われ、そのおじいさんと茶飲み話に花が咲き、今度はなかなか戻ってきませんでした。

那須町は人口の半数が「移住者」だそうですが、長い時間をかけて先達たちが体得したことがあるのかもしれません。移り住む者とそれを迎い入れる者が上手に関係を作る。暮らしの知恵がある町なのかもしれません。

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ところが、そんな那須町には賃貸物件が少ないです。町の至るところに「別荘」が点在し、規模は大きく、空き家は目立つのですが、貸しだそうという方が少ないのです。いずこも別荘は数年は楽しむけれど、あとは年々管理だけの状態になることが多いようです。

私が那須に暮らすことを考えたとき、那須まちづくり広場の代表・近山恵子さんは、お知り合いに声をかけてくださり、短期安価で宿泊のできるマンションや、賃貸住宅を紹介くださいました。これは、本当に助かりました。都内から4時間ほどかかる那須町に化学物質過敏症の私が家探しに来るには、避難所、香害のない宿泊所がまず必要でした。

お宿にお借りしたマンションは、共有スペースに香害はあるものの、室内はセーフ。布団やリネン類は持参して、敷布団は利用させていただきました。エアコンも奇跡的に私は大丈夫でした。紹介いただいた家は驚くほど家賃は安く、手頃な物があったものの、残念なことに、田んぼが近い、室内が消臭剤のマイクロカプセルが貼り付いているといったことで、「難しいなあ」とみんなで顔を見あわせることになります。

次に、那須町の移住促進事業で紹介されている家を内見(家の中をみせていただくこと)に行きました。いま思えば、実に生活に便利な地域にある隣家の少ない物件でした。「ここは過敏症的には悪くない」と思ったものの、そこに○がつけば、次には、過敏症の条件とは別の「できればこうであってほしい」という思いにかられます。

心惹かれた「それでいいのだ」

みなさんも家探しをするときに、気になるポイント、望むべくはこんな条件ということがあると思います。それを贅沢ともいうのですが、過敏症のことだけを考えて妥協をすれば、それは長続きがしないと思いました。やはり、ここに暮らしてみたい! というときめきのようなものもが必要です。

とその頃は、まだ余裕があり、そんなことも思っていました。

そうこうしているうちに、近山さんの知り合いが家を探していると聞いた元養豚業を営んでおられた方が、ご自宅のひとつを貸してもよいと言ってくださったのでした。伺ってみると、びっくり。敷地内に複数のご自宅があり、貸してもいいよというその家が、人が入れるくらいの暖炉をしつらえた元民宿。その名も「それでいいのだ」。

いや、もう心惹かれました。周囲は牧草地。烏骨鶏が鳴き、猫や犬も愛らしく、家主さんも実に魅力的。でも、でも、民宿。小ぶりとはいえ、民宿。薪でたく岩風呂も立派。ガス炊きの風呂もあり。うむむむ。魅力的だけれど、お店でもやる??

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これも今思えば使えたではないか。化学物質過敏症の人も泊まれる宿。避難の宿になったかもしれない。

とにかく小ぶりな家、仮住まいの家というのが当時は精一杯で、自分達には手に余ると決心がつきませんでした。いや〜、なんて考え足らず。お金も時間もない移住。一年間の四季を過ごして先のことは考えようということで後ろ髪を引かれながらその家をあとにしました。「これでいいのだ」と表札には書かれていたのに、思い切ることができませんでした。

……ということで、また不動産屋さんのことに辿り付かないうちに字数がきてしまいました。すみません。次回はかならず。

この連載は、たぶん過敏症の人や香害被害を感じている人が読んで下さっているのだと思います。今回は以下のご本を紹介します。今度、化学物質過敏症の原因仮説について考えていくうえで、予習になる内容です。

慢性的な痛みについて、また原因のわからない痛みについて、かなり専門的な内容ですが、できるだけ読みやすくわかりやすく編みました。どうぞご購読ください。P松田


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