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同じ闘い

昔は戦後の高度成長でゼロから這い上がらねば、そして負けた国のコンプレックスやら欧米への憧れを抱きながらも権力に反発する生きるエネルギーがもう少し人々の中にあった様に思う。

私は団塊世代ジュニアなので、リアルタイムで教師や他の労働者のストライキや運動を日常に感じて育ち、嫌なこと、自分の尊厳が侵害されたら闘えば良いのだ、と学んだ。

今は長く続く政治不信や経済不況などで将来に希望が持てず、世間は弱肉強食、何でもビジネス、生き残りをかけて殺伐としている。学校の中でも社会に出ても同じではないかと思う。

そんな中、不登校、ひきこもり、自殺する若者が増えている…それは精一杯の反抗、抗議、周りを全て敵に回しても自分を守る本能的な闘いなんだと、社会にNOを突きつけているんだと思う。

だけど大人たちはそんな若者をなじり、見下し、問題児扱い。何故ならマイノリティだからだ。

昔闘っていた人たちもマイノリティ。民衆はさほど変わらないと色々な問題を見ていて思う。同調圧力に屈してしまう、多数派に流れてしまう。戦前戦中戦後も今も。

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