見出し画像

海外でセクハラ・パワハラで告発されるほどジョス・ウェドン監督の『ジャスティス・リーグ』の追加撮影が酷かった件

ジョス・ウェドン監督に対する評価は、MCUを推すのかDCEUを推すのかによって大きく変わってくる。DC支持者にとってウェドンは憎悪の対象になりうる。また日本とアメリカの間でもかなり温度差がある。なぜウェドンはDC支持者と海外勢にここまで酷評・非難されてしまうのか。このノートではその理由について考察する。

▼理由その1:前作や予告編と全然違った

ご存知の方も多いと思いますが、2017年に公開されたジャスティスリーグでは、本来の監督ザック・スナイダーが家族の不幸を理由に降板した後にジョス・ウェドンが交代で入りました。ウェドンといえばMCUで『アベンジャーズ』を成功させた監督ですが、一方でスナイダーの作風とは大きく違っていたため、ファンの間では懐疑的な意見が出ていました。

“The directing is minimal and it has to adhere to the style and tone and the template that Zack set,” says Emmerich. “We’re not introducing any new characters. It’s the same characters in some new scenes. He’s handing the baton to Joss, but the course has really been set by Zack. I still believe that despite this tragedy, we’ll still end up with a great movie.”

これに対してワーナーブラザース会長トビー・エメリッヒは「監督が代わっても追加撮影は最小限であり、かつスナイダーのテイストは維持される」と声明を出しており、ファンとしては「不安は残るが結果を見るまでは分からないから待とう」という情勢でした。しかし、ウェドンが仕上げた『ジャスティス・リーグ』は全くの別物でした。予告編で見られた多くのシーンや台詞が失われており、また前作にあたる『マン・オブ・スティール』や『バットマンVSスーパーマン』で築き上げてきた世界観も失われたものでした。

部分的な追加だけならまだ理解の余地もありましたが、ウェドンはすでに完成していたシーンを再撮影して差し替えたり、アクションシーンのカットや時間を削ってテンポを上げたりすることで、どんどん作品のテイストを自分の色に変えてしまったのでした。このため予告編に見られたシーンの多くが劇場版から消えたり、以下で説明する「サースティ」のように低俗なジョークとギャグが地上波テレビのCMのようにしょっちゅう顔を挟んでくる、まるで不完全なキメラのような心地悪い作品に仕上がりました。

結果として作品『ジャスティス・リーグ(2017年の映画)』は、批評家の支持を得られず、ライト層のファンが鍵となる興行収入は赤字になり、そしてスナイダーの前作・前々作から支援してきたコア層のファンには拒絶されて嫌悪される対象となったのでした。期待してたものが無くて、余計なものが目障りな状態だったのだから、コア層の反応は当然の結果でしょう。

DCファンのウェドンへの心理的な反発として、まず「期待したものを届けてくれなかった」という落胆が大きくあります。馴染みのレストランと思って入ったのに、急に味が変わっていたら誰だって戸惑ったり怒ったりするでしょう?もしくはレストランでメニューの写真を見て注文したら全然違う料理が出てきたらどう思いますか?

しかし、本当の問題はその先にありました。たとえ注文と少しくらい違っても、出されたものが客が納得するくらい美味しかったなら、ここまで炎上はしません。そういう時に人は「良い意味で期待を裏切られた」という表現を使ったりもします。しかし本作のウェドンの仕事はそれに値するようなものではなかったのです。

▼理由その2:追加シーンがどれも酷かった(技術編)

ウェドンは『ジャスティス・リーグ』のために大量に追加撮影を行い、またアフレコで俳優の台詞をかなり変更しました。これが低品質でした。

まず撮影技術の面で低品質でした。具体的には、カット割や衣装や照明、そしてサウンドメイキングに至るまで、ウェドンの撮影部分はどれもチープで作り込みが足りません。予算のない学生の自主映画に毛が生えた程度です。

このような違いは映画オタクがよく見ないと分からないものかもしれませんが、120分も映画を鑑賞していれば意識的に考えていない人に対してもボディブローのようにじわじわ効いてくるというか、逆にウェドンの撮影部分からは印象に残ったシーンが無い(=プラス要素がない)という認知されにくい形で結果に現れたりするものです。

映像が低品質である問題には、5月にスナイダーが離脱した後に11月の公開に間に合わせるため突貫工事をするしかなかったという擁護論がときどき見られますが、本当にプロフェッショナルの仕事をする人なら時間が足りないことを正しく判断できるべきです。ウェドンにはこの資質が欠けていたか、慢心していたと言う他にないでしょう。

スナイダーの後継をウェドンに決めたのも、彼に大量の追加撮影を許可して莫大な追加予算を投じたのもワーナーブラザースの経営層です。しかし、映画制作のことを知らない経営層も、安請け合いして仕事に臨んだウェドンにも責任があります。

▼理由その3:追加シーンがどれも酷かった(ギャグ編)

次に問題だったのが、ウェドンによって追加された大量のジョークやギャグです。これが低俗で下品なものばかりでした。撮影技術は時間が限られた追加撮影だったのでまだ言い訳できるかもしれませんが、脚本(台詞)については基本的にクリエイターが一人で頭を使えば工夫のしようがあるので、弁解の余地がありません。

先日の投稿でも詳しく説明していますが、ウェドンの追加シーンでは、たとえば「最愛のパートナーを失った女性達が欲求不満で性欲モリモリなジョークをぶちかます」という、なかなかにドン引きなジョークを見せつけてきます。これは現在販売されているソフトの日本語字幕だけで理解するのは難しいので、ぜひ私の解説を読んでみてください。「言語の壁の向こう側」にある問題がきっと見えてきますよ。

上記の投稿で詳しく解説した「サースティ・ジョーク」は、最も下品なものでしたが、一応リストも書いておきます。(この他にも複数あり)

ジョス・ウェドンが追加撮影した低俗ポイントのリスト(抜粋)
・ハングリーとサースティの言い間違え
・夫が誘拐されて激昂しテレビの取材で放送禁止用語を連発する初老の女性
・あなたいい匂いがするわ - え、昔からだよね?
・生き返ってみてどう? - う〜ん、ムズムズする(は?どういう意味?)
・ブ、ブ、ブ、ブランチって何なのさ?(このネタは後で何度もこする)
・スーパーマン「痛え。もう一回死にたい」(皆がどんな気持ちでお前を)
・サイボーグ「俺もつま先が痛いよ、なんつって!ロボットなのに痛がるわけねーじゃん!ははは!」(声が違うので別人が吹き替えしてる?)
・わぁ〜ぉ。お前ってエエ女やなぁ〜(真実の投げ縄)
・ブルースに「元彼が忘れられなかったくせに」と言われてキレるダイアナ
・でも翌日には「スーパーマンの復活はあなたのお陰よ」とデレるダイアナ
・ダイアナのおっぱいの上にバリーが顔から落ちるラッキースケベ

ユーモアのセンスは知性を反映するなんてよく言われますが、ユーモアに最も大事なのはTPOを見極める力です。こんな低俗なジョークやギャグをこれ見よがしに追加することが、この作品にとって本当に良いことだったのでしょうか

ジョスティスリーグを観た時に感じることをまとめた動画↑

▼理由その4:そしてウェドンのスキャンダルに発展

プロの現場で映画に携わっている撮影クルーならわかるレベルの低さ(自分の名前がクレジットされるのが嫌な人もいたと思います)。そして英語にある程度堪能な方であればわかるジョークの下品さ。これらが海外の熱心なファンを中心に2017年公開直後からずっと一貫して非難され続けていたのですが、ついにこの時が来てしまいました。

こうした作品を生み出した撮影現場にはやはり問題行動があったらしく、2020年にサイボーグ役のレイ・フィッシャーがジョス・ウェドンを告発しました

ジョス・ウェドンの撮影現場での映画『ジャスティスリーグ』のキャストとクルーへの扱いは、気持ち悪くて、虐待的で、プロ意識に欠けて、まったくもって受け入れられるものでは無かった。彼は当時の会社の経営層のおかげで監督として振る舞うことができただけた。アカウンタビリティはエンターテイメントより優先されるべきだ(A>E)

このnoteのタイトルで私は「告発されるほど」と書きましたが、実際に「告発されていました」。悲しい気持ちになりますね。

文末の「Accountability > Entertainment」は最近では「A>E」と短縮して書かれることも多いです。ウェドン個人だけでなくワーナーブラザースの経営層に対しても告発しているので、彼は自身のキャリアが犠牲になるのを覚悟で、信念に従って生きることを選んだと解釈できます。

フィッシャーの告発を受けてワーナーブラザースは第三者の調査委員会を設置しました。いったん調査は完了扱いとなりましたが、調査結果には不服であるとして、フィッシャーはいまだに当時のワーナーブラザース経営層が関与するプロジェクトへの参加を拒否しています。(フラッシュの最新作の脚本からサイボーグが除外されたのはこのためです)

上記で私が紹介した動画の1分30秒頃で、ジョスティスリーグではサイボーグのシーンが、ダサいスパッツ姿に変えられているのが分かるので確認してみてください。「ダサい」と書いたのは私の個人的な感想ですが、ぜひ実際の比較映像をご自身の審美眼で判断してください。彼のインタビュー記事を読むと、このようなことが日常的に繰り返されていたのだと思われます。

そして2021年になって、同じく再撮影や追加アフレコに当時反発したとされていたワンダーウーマン役のガル・ガドットも、自身の口から「不適切な対応を受けた」ことを公式に認めました。フィッシャーの告発を受けて実施された調査の中で、ガドットもウェドンから「私が書き直した脚本の通りにするんだ。さもなくば映画の中で君を全くのバカみたいに見せることもできるんだぞ。なぜなら私は監督だからな、これは君のキャリアにも響くぞ」と脅されていたことが匿名の関係者から報告されていたのですが、この本人証言はその裏付けになるとされています。

他にもガドットは、フラッシュが胸にラッキースケベするシーンは「こんなのは子供達が憧れるスーパーヒーローのあるべき姿ではない」として撮影を拒否したので、ウェドンは彼女の不在時にボディダブルを使って撮影した、という逸話などが有名です。よく見ると体型が僅かに異なります。

なお先の調査結果によると、2017年追加撮影の当時にガドットは『ワンダーウーマン』のパティ・ジェンキンス監督と二人でワーナーブラザース上層部のオフィスに赴き、ウェドンの振る舞いについて直訴までしたそうです。これはかなり異常な事態でしょう。

画像1

誠に遺憾ながら、ワーナーブラザースはジョス・ウェドンの資質を正しく見抜けなかったと言わざるを得ません

以上が海外のファンを中心に、もはや『アベンジャーズ』を成功させた功績など吹っ飛んでしまうレベルでウェドンが非難され、そして現在もそんなウェドンの肩を持つワーナーブラザースがバッシングされる理由です。

何かと「MCU vs DC」という対立構造に目が行きがちかもしれませんが、海外のファン達はもっとシンプルな理由(ウェドンの非人道的な行為)で怒りを表明しているのです。

なお本件に関してウェドン側からの公式な声明はいまだにありません(つまり肯定も否定もしていないということです)。

画像2

要点まとめ

長くなってきたので一度まとめます。

ジョスティスリーグが非難される理由
・予告編詐欺レベルの方針変更
・突貫仕事の雑な追加シーン
・セクシャルな話題が中心のジョークやギャグ
・人種差別とパワハラで告発された

セクシャルなジョークやギャグについては、日本に関しては、言語の壁が非常に厚いこともありジョークの低俗さがあまり伝わりにくいのと、そもそも日本ではセクシャルな表現に対してそこまで厳しい文化的な土壌がまだあまり形成されていないこともあり、強い嫌悪感を抱かないまま最後まで鑑賞できる方が多いのかなと思われます。しかし世界では"MeToo"に代表されるように女性の権利について運動が積極的なので、看過されるようなことは無いでしょう。

人種差別についても同様に日本では世界と温度差があると思います。"BlackLivesMatter"や"StopAsianHate"の米国での盛り上がりは大変なものでしたが、日本ではいまいち浸透していなかったことからも明らかです。これは日本がこれまで人種差別をあまり経験してこなかった国なので認識に差が出るのは仕方がない部分もあると思います。

方針変更や追加シーンのクオリティの低さへの指摘については、単純に日本と世界では熱心なファンや映画オタクの数に大きな差があるだけだと思います。シンプルに、人数が増えれば、声は大きくなります。

以上が、日本と海外で温度差が生まれている要因です。

▼ ▼ ▼

しかしここまで来ると、なぜウェドンは『アベンジャーズ』では無傷で済んだのか気になってきませんかそこで私はある結論に辿り着いたので、次回はそれについて投稿します

画像3

▼ ▼ ▼

余談ですが、実は、このノートで散々述べてきた酷いジョーク(サースティ)が出てくる会話シーン(クラークの死を悼むロイスとマーサ)はスナイダーカットにも出てきます。しかし撮影場所も台詞も音楽も、完全に別物です。スナイダー監督本人がSNSにティザー画像を投稿しているのでリンクを貼っておきます。

視聴環境がある方はスナイダーカットをご覧になってはいかがでしょうか。本当の意味で高品質な撮影技術や脚本の素晴らしさが詰まっています。こういう何気ない日常会話のシーンでこそ真価が問われるものだと私は思います。

願わくば、皆さんに良い映画体験があることを。

了。

この記事が少しでも面白かった人はスキを押したり、シェアに協力いただけると大変うれしいです。noteにログインしなくてもできます。もう少し下までスクロールするとハートマークを押す場所が出てきます。次の投稿の励みになります。よろしくお願いします。

コメントも賛成意見も反対意見も受け付けますので、お気軽にくだされば幸いです。



最後まで読んでいただきありがとうございます。ぜひ「読んだよ」の一言がわりにでもスキを押していってくださると嬉しいです!